第203話 創世の神話 安定

 それからまたしばらくの時間ときが流れる。

 新約死海写本は書き終えた、このときの俺はもう俺だ。

 人と人との交流もはじまりつつあるようだった、俺はほんのすこし前に“火”を与えた、そしておこしかたと使いかたも教えた。

 人の驚きようといったらなかった。

 けれど、わずかなあいだにもう使いこなしている。

 知識の吸収力には目を見張るものがある、まあ、それはなんど目でも同じだ……いや繰り返すたびに学習能力は高まっているのか。

 人類は火によって無数の脅威から保護される、たとえば寒暖差、細菌汚染、闇夜での活動時間の延長など恩恵は数え切れない。

 本能的に火を使う理由を知っているのだろう。

 辺りを見回すともう小麦が風にそよいでいた、金色こんじきの穂は収穫を待っているようだ。

 また時間が進んでいく。

 そんなときにあいつはやってきた。

 八つの頭をしたがえながら、俺の前で中央の頭部だけが俺に問いかけてきた。

 ――運命。同じことだ。

 「違う」

 ――……よかろう。

 「オマエだって世界に不必要というわけじゃないんだ」

 ――どんなことになってもか?

 「俺がどんなこと言っても、オマエはオマエのやりたいようにやるだろう」

 ――当たり前だ。誰にも干渉されない。

 「俺にはそれは止められない。それがオマエの存在理由だからだ」

 ――いずれくるその日を待っていろ。

 あいつは重い体をうねらせて去っていった。

 人はあいつを見ても驚きはしない、それは抽象概念の一種、と捉えているからだろう。

 ただの畏怖いふの対象であり、命を脅かすような危険生物ではないという認識だ。

 それを証拠にあいつを壁画に書き残すらしい。

 俺のことも一緒に描いてもいいか?と訊かれたが断った、するとべつのなにか・・・を俺にくれるらしい、火をもらった礼だという。

 稲穂の実が揺れている。

 太陽が沈む間際の空とちょうど同じ色をしていた。

 繁栄を願うにはちょうどいい。

 猫じゃらしというしなに似た小麦が、絨毯じゅうたんのように整列して揺れている。

 猫……そう言えば、前回俺のことをと呼ぶ者もあったな。

 そんな壮大な畑を眺めていると、宿やどみが世界を回ってきた。

 「運命。これを」

 宿の手には大人の頭ほどの大きさの髑髏しゃれこうべが握られていた。

 ただそれはとても透き通っていて本来の骨よりも硬い材質のものだ。

 「……」

 俺は髑髏しゃれこうべを手に持った。

 ずいぶんな重さだ。

 そのまま角度を変えて見回した。

 これは……。

 「十三個のうちのひとつ」

 俺は宿に聞こえる聞こえないかくらいに言った。

 「では、前回のクリスタルスカルですか?」

 宿は俺の言葉をきちんと聞きとっていた、そのまま髑髏しゃれこうべに手をあてる。

 俺が持っているものは本当の髑髏しゃれこうべではなく、表面がツルツルの驚くほど精工に造られた水晶の頭蓋骨だった。

 「いつかのオーパーツわすれものだ」

 これが前回のクリスタルスカルものなのか、あるいはその前のクリスタルスカルものなのか、もしかするともっと前のクリスタルスカルものかもしれない……。

 「宿。それでどうだった?」

 「ええ。ずいぶんと安定してきたようです」

 「わかった。つぎは人に貨幣の概念を与えようと思う」

 「わかりました。運命によって人類は早く進化しますね」

 「ああ。こんかいはもっと早く進化の促進を図る」

 人々は、欲しい物があると別のなにかと交換して生活をしていた。

 それでも魚一匹に対して木の実十個などの価値ができあがっている。

 ただ、こんかいは丸い石・・・貝殻・・省略ばして、早めに貨幣という物を造ろう。

 辺りから――ドンドンという音がする、そこに口笛のような風を走る音が乗った。

 ほかに音色の違ういくつもの笛が重なっていった、それぞれがそれぞれに調和しはじめる。

 これは音楽。

 ――ドンドンとなにかを叩く音はリズムだったのか。

 このとき人はもうすでに音楽を奏でていた。

 これが雅楽ががくという名の音楽だと教えてくれた、こんかいもまた雅楽が生まれたということか。

 俺のために奏でてくれた音楽。

 律儀りちぎに火を授けた恩を返してくれた、俺はそこから”みやび”という一文字をもらった。

 そして俺が背負う俺の名前を決めた、運命雅さだめみやびそれが俺だ。

 雅楽という由来を帯びて、俺はいま”運命雅”となった。

 もう、いいだろう。

 俺は早巻はやまきの時間を捨てて、現在進行で歩んでいく、これからの一秒はただの一秒。

 時間の速度領域と同化する。

 ただしその代償に俺の力は軽減されて、人に馴染んでいくはずだ。

 「ひ」

 俺は目の前にいる人物にそう声をかけた、いや声をかけるつもりはなかった、ただ口からそう言葉がもれていた。

 その人はすぐに反応して振り向く。

 俺はあとにつづく言葉を自然に発していた――みこ。と。

 それは俺が運命雅さだめみやびになってから、わずか数年後だった。

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