第201話 創世の神話 開闢(かいびゃく)

 ――運命さだめ……?

 鱗に覆われた、蛇ともりゅうともとれる頭部が俺に言葉を吐いてきた。

 うさぎであれば耳にあたる場所にツノがあって、その周囲にも剣山のように細かい突起物がある。

 冷徹れいてつそうな、赤い瞳と俺の視線がぶつかる。

 獣は喉の奥から深い息を放つ、その獣臭けものくさい風は剥きだした牙のあいだをすり抜けてきた。

 小さな木ならば一息で簡単に倒してしまうだろう。

 ただしここ・・に木々があればの話だ、が。

 見渡す限り木々ひとつ存在しない世界。

 虫、一匹の存在も許されない環境。

 「オマエはいつでも他者だれかカルマを背負いほだされる」

 喘息のような喘鳴ぜんめいと空気を振動させる重低音が語りかけてきた。

 口腔内は唾液で湿っていてヤケに赤みが目立つ。

 まるで朝日でも食い散らかしたようだ。

 さらに俺の目を釘づけにしたのは、その体の大きさだった。

 その巨体でしか丸太のような首は支えられないだろうな。

 「理解わかってる」

 「戯言ざれごとを。なんど繰り返せば気づくのだ?」

 異形の頭部は八つあり、そのひとつは人語じんごを習得していてスラスラと会話をつづける。

 ほか七つの頭も獲物おれに狙いを定めていて一点おれを凝視している。

 巨石きょせきのような体が合計八つの頭を支えている、それだけの体積があるのだから当然のことだろう。

 長い首をそれぞれ不規則に揺らして威嚇するように接近してきた。

 俺の顔の前でシューシュー鼻息を荒くさせると、獣臭い微風は、ふたたび俺の体をかすめていった。

 同時にクジラほどの大きさの尾を揺らす。

 ――ズッシーン。と重い音がする、そいつが動くたびに周囲の空気はピリリと委縮した。

 そいつの鼻のさきが俺の頬に触れる……いや触れているのかどうかはわからない、であることは、まだにはわからないから。

 けれど、きっとなんだろう。

 ここが寒いのか暑いのかもわからない、ただ、すこしさきに目をやると赤とだいだいが混ざり艶光つやびかりりしたドロドロの物体が噴きだしている、あれはマグマだ。

 俺があのマグマに触れることができるのかできないのかもわからない。

 あれは熱いのか冷たいのか?

 温度なんてのはそれぞれの個体によっての感じかただ。

 熱帯魚にとって適温とされる最大公約数的な温度は、摂氏せっし二十四度から二十八度。

 たとえば一度で生きる魚にとっての二十度台は死を意味する。

 逆説的に考えて、生存可能な環境下で測る温度を基準に、暑いのか寒いのか? 熱いのか冷たのいか?を判断しているにすぎない。

 世界が変われば融点も沸点も変わる。

 経験則から言えば、いまのこの状態は雲が蒸発するほどの環境……マグマは脇からピキピキと凍結しはじめた。

 いまはまだしょうがないか、灼熱も極寒も同類項としてある。

 いや、これは俺の速度領域の捕らえかただ。

 「それでも俺は……」

 俺は巨大な生き物の目下もっかで口ごもった。

 決意か逡巡のどちらかの選択を迫られているようだったから。

 前回あのときは失敗だった……のか……?

 「つくづく因果な運命だな。いや、オマエにとって“因果”も“運命”も同義か?」

 「ああ」

 俺はそう答えるしかなかった。

 「時間ときは不可逆だ。決してさかのぼるな」

 時間ときとは、ある点から点への流れ。

 ときは、点と点を結んだなかある一点。

 つまりときの連なりがときを形成すると言ってもいい。

  現在いま現在いまである、けれどこう思った瞬間にさえ現在いまは過去へと流れていく。

 もう何百年分を費やした。

 「理解わかってる。因果律じかんに干渉はしない」

 「オマエにそれができるとは思えんな」

 そいつは笑った、いや、そう見えただけかもしれない。

 でも確かに片方の口の端をニヤリと吊り上げている。

 ただ、俺にはそんな怪物の表情の見分けかたなど知らない、それでもわかってしまう、それが俺とこいつの因果いんがだから。

 ただ、それは前回までの関係においてだ。

 「つぎは、いったい、いくつの特異点とくいてんが集結するのだろうな? 【終焉おわり開始はじまり】そのとき、ふたたび相見あいまみえようぞ?」

 特異点は時間の支配から解放された存在。

 時間の強制力から、ゆいいつ解脱げだつできる者。

 「ああ。幾星霜いくせいそうを経てそのときにな……ただし、俺は終焉おわりを前提になんてしない。その眼で確かめろ」

 「未来永劫えいごうを願うか。ひとつ忠告しておいてやる。けっして望み通りの結果になどならん。七つのラッパが吹かれたのは七つの罪を犯しすぎたからだ。罪の洪水。罪の決壊けっかい。箱舟を沈没させるほどの大罪。あれには恐れいった」

 「きっと変えられる」

 「オリジナル・シンげんざいはまだ残っている。それを背負う者に繁栄などあるものか」

 巨大な生き物は、岩のように大きな目をギョロリと見開き、体躯を百八十度、ひるがえした。

 真横には二又ふたまわに分かれた鈍色にびいろの槍が刺さっている。

 ロンギヌスと呼ばれるものだ。

 ロンギヌスがどこに刺さっているのか、いや、刺さってさえいないのかもしれない。

 聖槍せいそうからはポタポタと赤い雫がしたたっている。

 「そうだとしてもオリジナル・シンげんざいは何度となくその中身を変えてきた。前回・・の罪を今回・・も被るとは限らない。その都度歴史ストーリーは変わる」

 「Y(時間)軸は消滅。Z(単位)軸は均衡を保ったまま。X(並走)軸は破損。X軸の残骸がこんかいのX軸にもくい込んでくるだろう。……中途半端な三点軸をどうするつもりだ?」

 「いまはまだわからない」

 「……まあ、いいさ。どのみち物語の最終章にオマエはまた、すべてを忘却の彼方へ消し去っているのだから」

 八つの長い首は俺に背を向けたまま扇状に広がって天を仰いだ。

 「それも運命うんめいだ。オロチ!?」

 俺がオロチと呼んだ、その怪物は振り返ることはない。

 ――ズズズ、ズズズ。と巨大な音をたてて歩いて行く、二本の足は前進を止めることはなかった。

 大きな山が動くがごとく、オロチは轟音をとどろかせたあとに咆哮した。

 高音域と中音域と低音域が混成した叫びが空気を破裂させる。

 東雲しののめがクレバスのように割れると天道が伸びてきた。

 暁の空に太陽が顔をのぞかせる。

 遮るものなく、すぐに橙色だいだいいろ後光ごこうは放射状に散った。

 地上に足元あしもとはなく、天空に空もない。

 昼夜ちゅうやもなく、右も左もない、東雲しののめがどこにあって天道がどこにあったのかも、もう定かじゃない。

 産れたばかりの朝が目覚める。

 刹那も永遠も変わらない。

 産声うぶごえの代わりに燦々さんさんと陽射しが降り注いだ。

 遙か遠くの遙か近く・・・・・・・・・白色矮星はくしょくわいせい超新星爆発スーパー・ノヴァを起こす。

 日光と月光の境界線もなく、光は延々と降りつづけた。

 




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください