第191話 幻の大陸

 

繰は息を飲みながら思った、余計な一言で彼女の魔障専門看護師としてのプライドを傷つけた。

 それはよく考えればわかることだ、一般の看護師にも守秘義務があるのに魔障専門の看護師がわざわざパンケーキの写真を撮って――今日はこれ食べました。なんて写真をUPするわけがない。

 それは自分を含めた寄白家、九久津家、真野家も同じことだと気づくのが遅かったのだった。

 放たれた言葉は取り消すことはできない、そう、言ったことを撤回することなどできないのだ。

  繰は彼女の職業そのものをけなしてしまった、そんな後悔の念を抱く。

 「ほんとにごめんなさい。無意識だったんです」

 「繰さん。ずいぶんと無防備ですね?」

 喉を鳴らして生唾を飲む繰。

 戸村の手首が繰の首の皮膚に一ミリまた一ミリ近づく。

 刃先がほんのすこしだけ皮膚に密着する。

 (つ、冷たっ……)

 ヒヤリとした金属の冷たさは体温でじょじょに生暖かくなっていく。

 「……」

 「私は看護師です。ここでこのナイフをすこしくらい動かして出血させても、応急手当くらいはできます」

 「ほんとにすみません。あなたのような人に……すみません」

 「繰さん」

 戸村は一定のリズムで繰の名前を強く呼ぶことで沈黙させた。

 「……い、いったい、なんですか? そこまで怒ることですか?」

 つい反射的に口を開いた繰。

 「私がこのナイフをあなたに刺して逃げたらどうなりますか?」

 「えっ……?!」

 「一般論で答えてください」

 「き、きっとここの店員さんが私を見つけしだい、救急車と警察を呼ぶと思います」

 「そうです」

 「さ、さっきのことに怒ってるんですよね? 写メ撮るって、私の失言に」

 「あんな一言に毎度毎度、看護師がナイフ振り回してたら、看護師なんて務まりません」

 「じゃあ私を怨んでた。それとも会社? もっとほかの理由ですか?」

 「あなたに怨みなんてありません。むしろ同士・・だとさえ思ってます」

 「同士……? じゃあなんで? まさか株式会社ヨリシロうちの株価が下がってる」

 ――ことな、ら。

 繰がそう言いかけても、戸村はまったく意に介さずに話をつづける。

 「でも、どうして傷害事件で警察がくるのか考えたことはありますか?」

 「はっ? えっ、えっと。だって人に危害を加えたら警察がくるのは当たり前じゃないですか」

 「私が繰さんの首にこのナイフを刺して逃げたならどうして警察がくるんですか?」

 「そのナイフで私が死んだ場合は殺人。仮に死ななくてもあなたは殺人未遂になるからです。日本いや、世界にそういった法律があるからです」

 「そうですね。では、いまこののシュチュエーショーンが、う~ん、そうですね。南米の秘境で行われた場合、日本の警察はきてくれますかね?」

 戸村は拳の力を抜きナイフをぶらぶらとさせている。

 繰はそこで気づいた、戸村にはもう自分に対する殺意などないことに。

 それどころかなにかに対して怒っているわけではないことも、もとより自分に危害を加えるつもりさえなかったことに。

 怨恨を理由に自分を殺そうとするなら、この店に入った時点で人気ひとけのなくなったすきに隠し持った、もっと殺傷力の高いナイフ・・・・・・・・・・・・で刺せばいいだけだ。

 パンケーキを切るナイフなんてのは所詮はそのていどの切れ味だろう、いま首の側で揺れているナイフで確実に仕留めるなら”切る”でななく”刺す”ことが正解だから。

 初動はナイフを振りかざすように持っていなければならない、すぐに突き刺せるように。

 「こないでしょうね」

 「ですよね。南米ですものね」

 「でも私が帰国してから、その事実を日本の警察に言って脅迫された証拠があれば、戸村さんの帰国と同時に日本の警察に逮捕されると思います」

 戸村は首を傾げてから一度うなずき、繰の意見に同調してからナイフをテーブルにコトンと置いた。

 「すみません」

 「戸村さんいったいなにを?」

 「繰さん完璧な答えです。私があなたを呼び止めたのは、この世界は一般の人が思ってる以上に終焉おわりが近いということです」

 「えっ、どういうことですか? というかあなたは何者ですか? 本当に看護師?」

 「ジーランディアについてどのくらいご存知ですか?」

 戸村は繰の問になにひとつ答えなかった。

 それどころか問に対して問で返してきた、だがそこには戸村の真意が見え隠れしていることに繰は気づいた。

 「え、えっと? ジ、ジーランディアですか?」

(ヤヌと話したときに言ってたっけ。いま日本の外務省が調べてるって。やっぱりこの人ただの看護師じゃない。ジーランディアって深く考えたことなかかったな。でもこの状況からするとあの場所ってAランク情報なの、かな? だとしたら戸村さんは自分の言いたいことしか言わないだろうな)

 「そう。ジーランディア大陸です」

(私が知ってる情報はかつて存在した幻の大陸でアンゴルモアの発露した場所くらいってこと。戸村さんの言う終焉おわりが近いって、それはつまりカタストロフィーを意味する? 最近アヤカシの様子がおかしいのもそのせい? それとも蛇?)

 「この世界には過去にあったとされる大陸がいくつかあります。アトランティス大陸、パシフィス大陸、ムー大陸、メガラニカ大陸、レムリア大陸。またこれとは別種ですが創生のときにあった超大陸のパンゲア。ほかには北半球のローラシア大陸、南半球のゴンドワナ大陸があります」




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください