第189話 すれ違う想い

――ピッ。

 「お待たせしました」

 九久津はビニール袋に入っていない、剥きだしのフルーツグミを受け取った。

 「ありがとうございます。このままでいいです」

 「ではシール貼りますね」

 店員が売店オリジナルテープをパッケージの端に貼った。

 「お願いします」

 (俺にはまだ、ダミーの健康食品が必要だ。もう毒を蓄えないためのカモフラージュが)

 九久津が制服に着替えて、Y-LABの前にあるバス停に立ったとき、まるで目の前にアヤカシがいるように表情を険しくさせた。

 (まだ、つけられてるか……? 沙田に返信せずに、そのまま行ったほうがいいだろうな。大袈裟だけどNSAのように電子機器のなかを監視されてる可能性もある。かと言って虫の報せを使うのも、沙田ならすぐに使いこなせそうだけど……)

 九久津は立ち尽くしたままで、その場でリハビリでもするように右腕を二、三回上下運動させる。

 なめらかに関節が動いた。

 「腕はスムーズだ。化石化ミネラリゼーションはもう見た目以外は気にならないくらいだ」

 九久津は後方を流し目で見た。

 (……俺たちが相手にしてるのは、もっと強大ななにかかもしれない)

 九久津は何者かの気配を感じながらも、そのままバスに乗り込んだ。

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 社はすらっとした五本指を立てた。

 「このままで大丈夫です」

 「かしこまりました」

 ブックカバーを断わり『ジャク・ザ・リッパーは実在したのか?』と『殺人者の思考回路』の二冊を受け取った。

 「ありがとうございました。またお越しください」

 緑色のエプロンをした店員がそう言って頭をさげる。

 エプロンの中央には全国展開する書店のロゴが我が物顔で居座っていた。

 社も一礼して背を向けると、肩にかけたスクールバッグに本を仕舞った。

 辺り見回しながらその階のエレベーターまで歩いていく、周囲からは声を潜めつつ社を賛辞するような声がぽつぽつ聞こえた。

 そんな日常に慣れているから気にもとめない、エレベータの前で正三角形を逆にしたボタンを押すと、一階のボタンが黄色く点滅した。

 (エネミーなら、この時点でもう三回は連打してるかな。上行きの感じが好きなんて変わった感覚よね)

 文字盤の数字が1、2、3と上昇してくる。

 社がちょうどCDショップの前を通りすぎたところだった、いったん通りすぎた白と黒のモノトーンのタイルブロックの上を二歩、三歩と後退させる。

 白のタイルを踏み、黒のタイルを踏む、社の目をかすかに過っていったのは『ワンシーズン』のロゴだ。

 いまの若者であれば潜在的にそのロゴが頭に残っていて見かければ――ああ、あれね。と誰もが気づくようなデザインだ。

 春のピンク、夏の海をイメージした青、紅葉のオレンジ、冬の白

 右の「ワ」から「ン」までがピンクから白へとグラデーション変化している。

 そんな人目につくロゴに、社もまた目を引かれた。

 「ワンシーズン」

 重い声でそう呟くと、社は顔を険しくさせた。

 そのグループ名は嫌でもあるメンバーを想起させる。

 ――九久津くんの好きな人って誰?

 あの日の言葉が頭を過る。

 言葉だけじゃない、あの教室をそのまま呼び起こさせた。

 その風景には、社がまだ一校に在学していたときの先輩白金美亜がいる。

 九久津の机の前に立ち、あの言葉を放つ。

 (美亜先輩……なにを訊こうと)

 社は知っていた、美亜の問いに九久津の口から自分の名前はでないことを。

 九久津の口からほかの娘の名前も聞きたくない、だから教室から逃げるように飛びだした。

 (今日だって九久津くんがくるわけない。まだ病院だし。そうよ。きっとこない。それでも心の準備が。なんとなく本屋さんに逃げてしまった。昨日だって内心、偶然逢ったらどうしようって……)

 社は期待しないわけではなかった、今日、九久津がくるかもしれないことをわずかに胸に秘めふたたび道を急ぐ。

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 ――いらっしゃいませ。おひとり様ですか?

 俺はその声がしたほうを見た。

 階段のきわに立ってた店員さんの声とともに社さんの――友達がさきにきています。という返答がきこえてきた。

 店内が女子だらけじゃなかったら、社さんを見た人が騒ぐだ、ろ、う、と思ったら別の意味でみんなザワめいてる。

 綺麗やら、細いやら、社さんに憧れるような言葉がコソコソ聞こえた。

 店内の誰かが不意に口にした――ワンシーズンに入れそう。その言葉に社さんはほんの一瞬だけ眉をひそめた。

 社さんも九久津と同じでなんとなく流行に興味がなさそうだからな。

 あっ、写メを構えてる人がいる、スゲーな?

 てか社さんを撮ってどうする。

 女子が女子を無断で撮影するってのはどうなんだ?

 周囲の人にとって社さんはフォトジェニックの対象みたいだった。

 芸能人もこんな感じなんだろうな、大変そうだな。

 社さんが俺らの座席にきて、俺はこの店でなんとなくちゅうハーレムになった。

 いや店全体で考えればおおハーレムだ、と言ってもただの状況にすぎないけど。

 「ほら。エネミーまだ口にクリームが」

 社さんのこの面倒見のよさ。

 やっぱ、パフェ食べ終わってることを知ってる感じだな、もしかしたら、最初から、食べててもいいって伝言してあったのかもしれない。

 あとは校長がくれば……みんな揃う……って九久津はやっぱりこないか、メールの返答もないし。

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