第182話 透明な涙

(……”まさか”が”もしかして”になるかも? でもそうなった理由がわからない。ただこれキッカケであの・・ことが訊ける)

 「ねえ、沙田くん。今朝、美子と沙田くんが教室に戻ったあとしばらくしてから

升教育委員長経由でやんわりと注意を受けたんだけどね……」

 教育委員長ってぬらりひょん、じゃなくて、あの白髪で白鬚のおじいちゃんだよな。

 その教育委員長が何用で?

 それともぬらりひょんがついに本性を現したか?

 「なんですか?」

 「沙田くん」

 校長は空気を丸呑みしたような仕草を見せたあとに俺の名前を呼んだ。

 「今朝、当局のWebにアクセスしなかった?」

 なんか拍子抜けだ、なんつーか、スゲーふつうの話。

 なのに校長はどこか温度差のあるトーンだった。

 「しましたよ。なにか問題でも? 僕は能力者だから閲覧してもいいんですよね?」

 「うん。そこは沙田くんもWebを閲覧する資格はあるわ。ただね注意を受けた大元って言うのが総務省なのよ」

 「総務省? なにか大ごとですか?」

 「沙田くん。Webの閲覧じゃなく……」

 校長と目が合う。

 はおろか、眉ひとつ動く気配もない。

 「問題になってるのは関係者IDとパスでログインしたってことなんだけど……」

 それはつまり不正アクセスを疑われてるってことか?

 「いえ、そんなことしてな、い、いや、あのとき無意識で画面を触ってたから、けど、あれ、正確な記憶が……どうだっけ」

 あのときもなかのやつと一体化してたようなしてないような感じだったからな。

 ホームルーム直前までWeb見てたけど、スゲー集中してたよな、俺。

 ああいうときって、外部のやつじゃないと俺がどうしてたのかなんてわかんねーよな。

 俺は俺で画面に集中してるわけだし、しかもスマホをのぞかれないように、人がいない場所を選んでたから俺がどんなふうだったかなんて誰も知らないはずだ。

 「疑うわけじゃないんだけどどうやってパスを解除したの? 一応、当局関係者だから不正アクセスとはみなさないってことなんだけど」

 「ほんとに記憶が曖昧なんです。けど僕はログインなんかしてない……いや、したの……か……な?」

 バシリスクの特徴を見てたときも、なかのやつと同期してたように感じたんだよな。

 過去の痛みや傷にまでシンクロしたような……。

 思い返せばあの感覚はシシャの反乱のあとからはじまった……気がする。

 俺の特異体質が消えたのもあの日か。

 やっぱりあのときに体調の変化があったんだ、ラプラスの出現とツヴァイドライが引金……。

 「さらにね」

 校長は机の引きだしをサッと開いて、一枚のプリントを掲げたと同時に引きだしを閉めた。

 プリントには長めのアルファベットと数字の羅列が書いてある、それこそアドレスのようなものだ。

「総務省が証拠として沙田くんが使用してる電子端末のIPアドレスとアクセスログ、それにスマホの個体識別番号を送ってきたの。だからきっとログインしたのは間違いないと思うわ」

 俺のスマホの情報は筒抜けか、契約自体は親名義なのに。

 さすがは国の機関なんでもできるんだな、いやなんでもするんだな、それが国防ってやつか。

 校長たちと当局がそれほど親密じゃない理由がだんだんわかってきた。

 お互い血の通う関係じゃないからだ。

 お役所仕事ってこういうことを言うんだろう。

 俺は潔白だ、断じてそんな不正は行ってない、ただ心当たりはある。

 そう俺のなかにいるなにか……としか言えないけど。

 「習慣のよう勝手にアクセスした感じだと思います。指が勝手に覚えてるっていうか、テレビを観ながらでもフリックでログインを成功させるようなことです。ただそれはではありません」

 けど、そっか、この無意識フリック入力を応用すればスマホを直置きして文字を打てるな。

 近衛さんのあの動きにちょっと憧れあるし、あれができたらなんかデキるやつ感もある。

 「その感覚は私にもわかるわ。ネットショッピングのときもときどきそんな感覚になるし。でも僕じゃないってどういう意味?」

 (あの桁数のアルファベットと半角英数字を偶然に並べてログインできるわけがない。即席であの並びは作れない。いったい何通りの組み合わせがあるっていうのよ)

 「僕じゃなくてなかのやつボクですね」

 俺がそう言い終える前だった。

 「なかのやつボクじゃなくってどういうこと? ツヴァイとかドライのこと、えっ、ちょ、ちょっと、さ、沙田くん泣いてるの? それともドライアイとか? 目が」

 「ド、ドライアイ……?」

 いや、それはきっと違う、この状況って……俺は人指のさきを下瞼にあててから確認する。

 そう”赤”ではない涙かどうかを。

 透明な涙だった。

 さっきの胸のもやもやと照らし合わせると……点眼薬は完璧に効いてる。

啓示する涙クリストファー・ラルム】の血の涙を完全に抑え込んだ……ってことはやっぱり俺のなかにいるやつがなにかを知らせたかったってことだろう。

 これも俺が儀式を知ってることに関係がありそうだ。

 それにスマホからの当局Webのログインについても。

 やっぱりこいつか?

 どんな意図で俺のなかにいてなにを伝えたいんだろう。

 悪いやつじゃないのは知ってるんだけど。

 (升教育委員長の一言――ほほほ。それが不思議なんじゃが、沙田くんがログインに使ったIDとパスは)

 ――キーン。

 乾いた鐘の音が響いた、そこに音がまたつづく――コーン。

 ――カーン――コーン。

 チャイムの音。

 ヤバっ、けど、これは予鈴よれい、でも昼休みの終わりが近いのは事実。

 本鈴ほんれいが鳴るまでに教室に戻らないと。

 校長室からの教室までの距離を考えたらグズグズしてられない。

 (九久津堂流くんなんじゃよ。謎じゃな~?――升教育委員長の言葉が意味することって?)

 「校長すみません。チャイムが鳴ったので。あとは放課後にでも」

 「う、うん、そうね」

 (どうして沙田くんが堂流のIDとパスで、それにさっきの{たぐ}って話しかた、そこに{りさん}がつけば、いつも堂流が私を呼んでたイントネーションになる)

 「では失礼します。ちなみにこの涙はドライアイじゃなくて魔障でいま言ったなかのやつボクってのが原因です。体のなかに潜んでて、なにかのメッセージを伝え終えると消えるらしいです」

 「そうなんだ?」

 「はい。そうです」

 「じっさいに沙田くんの魔障その症状を見たの初めてだったから……」

 「まあ、いまは目薬で症状を抑えてますので、じゃあ失礼します」

 「えっ、あっ、うん」

 (でも沙田くんと堂流の直接の接点なんて……鵺。あの日くらいしか思いつかない)

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