第181話 「知ってること」と「知ってていいこと」

 仕切り直しというわけじゃないけど、ここはアイドルの話からでもはじめてみよう。

 なんとなく空気も重い感じだし、受話器越しにもワンシーズンの話がチラっとでてたからその方向でいくか。

 あらためて思うけど、電話相手との話題にでるくらい有名なんだよな、ワンシーズンって。

 「昨日、魔障になった娘がきてましたよ」

 「……ん?」

 「それがあのワンシーズンのメンバーだったんですよ」

 「知ってるわよ」

 会話としてなんの突っかかりもなく話がつづいた。

 なぜだか校長はそのことを知ってた、誰に聞いたんだろう?

 「なんで知ってるんですか?」

 「昨日のイベントは株式会社ヨリシロうち主催だったからね。そこで具合が悪くなった娘がでたって連絡があったの」

 そういや昨日、只野先生がそんなこと言ってたな、イベントプロモーターだったっけ?

 それをヨリシロがやってるって。

 「株式会社ヨリシロって芸能関係の仕事もしてるんですね?」

 さすが大企業のヨリシロだ、なんにでも関係してる。

 「うん。そうね。うちは手広くいろいろと。会社の形態で言うなら総合商社に近いかもしれないわ。それとワンシーズンのミアちゃんはうちの生徒だから、ちょっと贔屓目ひいきめかも。なんとなくね」

 はっ? 校長。いや校長様いまなんと仰ったんですか?

 うちの生徒? えっと、よく考えろよ、俺。

 うちの生徒とは一高の生徒ってことだよな?

 確かにあのミアって娘は六角市出身って言ってた。

 それとこれとを繫ぎ合わせて導きだされる答えは……。

 年齢で言うならちょうど高校生の歳だ、なら六角市の、えーっと、俺があれこれ考えてるところに校長がぶっこんでくる。

 「ミアちゃんアイドルになるかどうか悩んでたから、私が背中を押してあげたの。応援するからチャレンジしてみなさいって」

 えー!!

 ということは校長のおかげでミアって娘はアイドルになったてことか?

 しかもワンシーズンのメンバー。

 それはよく聞く恩人ポジション。

 「そ、そうなんですか?」

 ――むかしはこんなに小さいくてね~。

 ――よく一緒にご飯を食べたものよ~。

 のやつか。

 ミアって娘が母校訪問企画したら、ここにくるのかよ。

 「いまだに籍は残ってるけど。ただ、もうそろそろどうするか決めなきゃって悩んでたな。転校、休学、退学。いまは私の裁量で学外活動として認めてるけど」

 さすがは校長、理解ある大人だ。

 というか大人なのに頭が柔らかいというか、校長みたいな人が多ければもっと世の中は平和な気がする。

 「ちなみに在校生のほとんどはその事実を知ってるけどね」

 校長は俺を――あれ、知らなかったの? ふうに見てる。

 「マ、マジっすか?」

 ヤベっ、タメ口になった。

 ぜんぜん知らなかった。

 「うん。けどミアちゃん、雛が怪我した日くらいからまったく登校してない

のよね。授業自体はeイーラーニングで受けてるけど」

 誰も教えてくれない、ってこんな話、訊かないと答える人もいねーか。

 「いざアイドルになると、相当悩みごとが多いらしくてね」

 「それはあると思います」

 「沙田くんどうしてそんな内部のことわかるの?」

 校長は俺を――キミ、アイドルだっけ? ふうに見てる。

 「えっとですね」

 えっ、あっ、そっか、校長はなにが原因でアスって娘が魔障になったのかまでは訊いてないんだ。

 あれを言うべきか言わざるべきか悩むな。

 「なにか知ってるの?」

 校長はほとんど関係者みたいなものだし、いいか。

 昨日魔障の患者が現れたことは知ってるんだし。

 「そうなった原因はメンバー間のイザコザじゃないかって看護師さんが言ってたので」

 「えー?! 魔障の原因ってそっち・・・なの? てっきり罰当たりなのかと、ほら、いまのアイドルって体当たり企画で心霊スポットなんかに行ったりするでしょ?」

 「原因は違うみたいですよ。なにやら嫉妬だとかが渦巻いてるようで」

 「まあ、年頃の女子がたくさん集まればそうなるか。とくにワンシーズンってアイ。マイ。ユウ。ユアの四天王がいるからね」

 そうなんだよな、あの四人のことはたいていの人は知ってるからな。

 鉄壁の知名度、ほかのメンバーはそれをどう乗り越えるのか。

 って、俺が考えるよりもメンバー達のほうがその辛さを知ってるだろうけど。

 「そうですよね~。けどまさか国立病院があの山研・・だったなんて知りませんでしたよ」

 無意識に口をついてそう言ってた。

 「六角市の人はみんなあそこを山研って呼んでるのよね~」

 「あっ、すみません」

 ヤバっ!!

 いつもの癖、というか長年の呼び名でつい”山研”と呼んでしまった。

 言い慣れた呼びかたはそうそう変えられるもんじゃない。

 それも無理はないと自分を弁護する、物心ついたときからそう呼んでたんだから。

 ”山研”、正式名称はYORISHIROヨリシロLABORATORYラボラトリーY-LABワイラボっていうんだった、ただそれも昨日知ったことだけど。

 校長もY-LABとそこに併設されてる国立病院の建物が”山研”って呼ばれてることを知ってた。

 まあ、六角市民の愛称だからな。

 校長だってれっきとした六角市民だ、それくらいのことは知ってて当然か。

 「僕も知らないうちにそう呼んでました。株式会社ヨリシロの系列施設なんてまったく知らなかったので」

 「まあね。根付いた名称を今更変更するなんてほぼ不可能だし。市民のかたには好きなように呼んでもらってかまわないんだけど」

 校長もその辺りのことはよくわかってた。

 いちいち目くじら立ててもしょうがないだろうし、愛称なんだから。

 この話題はこれで終わりにしよう。

 「けど、いつのに儀式やったんですか? 真野エネミーに会ってびっくりしちゃいましたよ」

 「儀式ってなんの?」

 「なんのって? だって真野エネミーが誕生したってことはあの・・儀式をしたってことですよね?」

 校長なに言ってんだろ?

 エネミーが存在してるんだから……儀式と言えば、死者を産む儀式以外ないのに。

 「さ、沙田くん……エネミーを誕生させるのにどうして儀式をするってわかったの?」

 「えっ、だってそんなのふつうに知ってますよ」

 「ど、どこの誰に訊いたの?」

 校長の表情が一変した、そして辺りの空気も変わった。

 そこで俺は理解する、それは知っててはいけないことなのだと。

 「どこの誰に訊いたわけでもなく、僕の記憶のなかに死者イコール儀式で出現するって知識がありますけど……」

 あれって関係者以外知らないことなのか。

 関係者以外が知っててはいけないことで一般常識じゃない……って校長の顔がそう言ってるようだった。

 六角市の常識で考えると……シシャは六角市の十五歳から十八歳までなかに紛れ込む、それが六角市民が知ってる噂だ。

 シシャが儀式によって誕生すること……って、そ、そっか、多くの市民はそもそもシシャがどこのが誰なのか、ど、どころか、本当に存在してるのかもわからないんだ。

 「儀式あれオフィシャルな情報じゃないのよね。それにシシャを産む儀式なんて一度だけ・・・・催事もよおしだったはず」

 校長の言葉に間が空いた、俺はその言葉の意味を知ってる。

 真野絵音未がブラックアウトするという前代未聞の事件が起こったからだ。

 アレがなければ、あの儀式をもう一度行う必要はなかった。

 「ただ死者の反乱でもう一度行うことになってしまっただけ。まあ沙田くんも能力者だからどこかでその情報に触れてても不思議じゃないといえば不思議じゃないんだけどね」

 「……僕はどうしてそれを知ってるんでしょうか? ……紙魚しみって虫が和紙の上をちょこちょこ歩いてて。儀式がすこし中断したんですよね」

 「し、紙魚って。あ、あの小さな虫のことよね?!」

 校長が突然、いままで聞いたことないほどの大声をあげた。

 俺、そんなヤバいこと言ったかな?

 「そうです。本のなかにいるエビのような小さな虫です」

 (沙田くん……どうして? 仮になんらかの理由で儀式のことを知ることはありえる。でも儀式を行ったときに紙魚が和紙の上を歩いてたのはたった一度しかない)

 「あの、校長?」

 (そうそれは真野絵音未を生みだした、たった一度のあの日・・・だけ)

 「校長? 校長? それがなに……か……?」

 俺の声は届いてない。

 まるで心だけ儀式そのの日に飛んでったように、どこかを一点見つめている。

 この表情は誰がどう見ても考えごとをしてる顔。

 (……だってあの場所にいたのうちのお父さんとお母さん。それに九久津くんのお父さんとお母さん。さらに真野家のおじさんとおばさん。最後はそこに立ち会った雛のお父さんである宮司。そして私。あ……あとひとりは……)

 「校長?」

 校長はまだなにか考えごとをしてるようで俺の話はぜんぜん届かない。

 (堂流だけ)

 「あのもしかして紙魚のことそれを知ってるのも変ですか?」

 「えっ?」

 校長はビクっと肩を竦めながらやっと応答してくれた。

 意図して考えごとをはじめたわけじゃないだろう、ふとした瞬間に過去の出来事が甦ったんだ、そうあの儀式の日に。

 「えっと、うん。そ、そうね」

 「そうなんですか{た}。でも{ぐ}僕はあのとき……」

 「さ、沙田くん、いま話してるときに――”たぐ”。って聞こえたんだけど」

 「えっ? いや、僕はなにも言ってませんよ」

 (イントネーションが……まさか……よね?)

 なんか心が騒ぎはじめた、驚いたあとのドキドキがつづくような……

 俺の感情じゃない誰かの心を外側からみてるような、例の感覚、まさかまた赤い涙が?

 ヤベーこのドキドキ早く収まらないかな。

 校長はまだ動揺してるし。




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