第180話 六角第三高校校長 佐伯金好(さえきかねよし) 

弁当を食べて終えても、昼休みはまだ三十分以上余ってる。

 パフェまであと五時間目と六時間目の二つ、に、二時間もあるのか、それでも頑張ろう。

 俺はさっそく校長室のほうに足を向けた。

 寄白さんは、山田けさの件もあって教室に残ってるはずだ……そう、一足先に校長室に行って椅子の裏に隠れてなければの話だけど。

 山田にあんな言われかたをしたんだ、寄白さんがこないのも無理はない。

 けど山田のやつ、いっつも寄白さんを見張ってんのか?

 もしかして寄白さんを好きとか、いや~それはないな、いや、わからない……けど案外……。

 寄白さんの微妙な変化に気づいてたよな――今日はあの髪飾りはしてないんだ?――って言ってた。

 その言葉は、俺と寄白さんが山田が廊下を曲ったのを見届けた直後だった、山田は廊下の角から突然、のけ反るように顔をだして、そう一言告げて、また廊下に消えた。

 あの顔つきはまるでなにかに憑りつかれたような表情だった。

 憑りつくという表現でもいくつか種類があるだろう、でもあれはすこし恐怖を覚えるような感じだった。

 寄白さんはときどき古い髪飾りを頭につけたり、つけなかったりしてる。

 俺もそれは知ってるけど、まさか山田がそれに気づいてるとは。

 今朝もホームルームではつけてたけど、あれは山田に言われたからなのか?

 校長との会話は朝から一転して弁当の話からはじまった。

 俺が転入して間もないころ、寄白さんが俺の弁当に塩を盛った話をすると、やっぱり俺を四階に呼ぶ口実だったと判明した。

 やっぱりか、そうだよな~、あのときの淡い期待は完全に打ち砕かれた。

 非常階段で告白が待ってるなどと言うのは都市伝説だった。

 寄白さんがレバーに手をかけて、物々しい音をさせてた【L側非常階段】。

 あれもじつは能力者が触れると自動で開く仕組みだった。

 救偉人である文科省の二条さんが、勝手に四階に入ってきたのもそういう理由からだ。

 要は一般人では絶対に四階には行けないということ。

 九久津の言ってた。

 ――あれは万が一あの螺旋階段が発見されても、うかつに近寄らせないための抑止効果。……と、実際は“四階建て”の校舎を“三階建て”だと有耶無耶にするためのささやかな抵抗――

 ――まあ、それだけで全員が引き返してくれるとは思ってないけどね……子供だましな部分もあるし。本来、学校の怪談ってのは人を遠ざける嘘だったんだよ。――

 って話。

 結局は能力者である人間や当局の関係者以外は入れないという鉄壁の守りってことだった。

 裏を返せば能力者だけがあの扉を開けられる、あの扉で能力者かどうかの判断もできるってことになる。

 じっさいそういうふうに能力者かどうかを試すこともあるそうだ。

 只野先生に聞いた、能力者特有の人体構造に扉が反応するんだろうと思う。

 ふ~、さすがは近衛さん、毎度毎度、驚かされるな。

 そのシステムにしたのもこの校舎を造った近衛さんだからこそだろう。

 国立病院から学校、それに六角市の結界までスゲーな。

 なにげない弁当話がここまで飛躍するとは……そう思ったときだった、校長室の固定電話が鳴った。

 俺と校長は同時に驚く。

 校長は手際よく受話器をとり光ったボタンを押した。

 「はい。もしもし。六角第一高校校長寄白です」

 校長は片目をつむって俺に合図した。

 ――ちょっと、ごめんね。

 言葉で聞こえたわけじゃないけど、そうこえた。

 俺も声をださずに――はい。と言った。

 『もぉ~し~!! あ~俺っち佐伯だよ』

 「あっ、佐伯校長。その節はどうも」

 校長は受話器ごと頭をさげた。

 『いやいや、いいのいいの。ちょっと連絡遅れちゃったけど。バシリスクの退治おめでとう』

 「はい。ありがとうございます。でもあれはご存知のように九久津くんが」

 (ほかの校長たちはバシリスクを退治した翌日にメールをくれたけど、佐伯校長はまさか一週間後に直電。バシリスクが出現した当日も電話をくれたのよね。直接言葉で言いたいタイプなのかしら?)

 『ああ。まあね。でも男はそうでなくっちゃさ!!』

 「でも、このたびは皆さまにご迷惑をおかけしまして」

 『いやいや、ぜんぜんぜんぜん。それはお互い様だから。僕のエール。神社ジンジャーエールが効いたんじゃないかな。六角神社じゃないけど、ちゃんとおまいりしたからさ~』

 「そ、その可能性もあるかと思います」

 「でしょ。僕、上京してまでお詣りしてきたからさ。けど、お詣りするのに金欠で参っちゃたよ。まいる前なのに参るみたいな」

 (得意の韻を踏んで……なにを言いたいんだろう?)

 『それで。本題なんだけど』

 「は、はい。なんでしょうか?」

 『つぎの株主総会でヨリシロの新しいIRアイアールでるかな~と思って』

 「えっと、それをいま口頭でお伝えするとインサイダーになってしまいますので」

 (電話ごしで会社の経営状況や財務状況なんて言えるわけない)

 『そ、そうだよね。いや、そ、それならいいんだけど……さ』

 「申し訳ありません」

 『ほら、でも最近、株式会社ヨリシロの株価って……』

 「えっと、そうですね。それは存じております」

 『現在の時価総額が同じ時期の前年比マイナス40%でしょ?』

 「すみません。返す言葉もありません」

 『40はヤバいよね。マズいよね。それって1億円ならなにもせずに4000万円が吹き飛んだってことだからね』

 「はい。仰る通りです」

 『い、いや。いいんですよ。電話で本題って言ったけど。本当は寄白校長がバシリスクの件で落ち込んでるかな~と思ってさ。ほら、ね。えっと、じゃあ、今日はこのくらいで失礼しようかな』

 「そうですか。本当に申し訳ありませんでした」

 『う、うん。あっ、そ、そうだ。昨日あったワンシーズンのライブって株式会社ヨリシロが企画したんでしょ。それにあの駅前の柱のキャンペーンも。なんかそういうエンターテイメント事業に力を注げば株価も持ち返すんじゃないかな? そっちに先行投資するとかさ』

 「そうですね。ワンシーズンはトップアイドルですので。その方面の企画も広げていけたらいいと思っています。それではこれからもご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」

 『あっ、じゃあ、きょ、今日はこれで失礼するね』

 校長はなにか難しい話をしてる、俺はそのあいだスマホでニュース記事を読んでた。

 昨日あった、コンビニでの偽造通貨の事件が今日もあったらしい。

 なんでそんな偽金で買い物をしようとするのか、俺には理解できない、絶対バレるだろう。

 画面の下に漢字の”米”のような記号があって、そこに小さなマメ知識が載ってる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 【*】

 元号は平成に決定する前に、ほかに二つの候補がありました。

 それは修文しゅうぶん正化せいかです。

 ただし昭和の頭文字が「S」のために修文と正化が候補からはずれ、頭文字が「H」になる平成になったとされています。

 ちなみに平成は慶応けいおうに決まる前の候補10個のうちのひとつで、没になった元号であります。

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 へ~、こんな経緯があったんだ。

 じゃあ平成の世界じゃなく”修文の世界”か”正化の世界”があったかもしれないのか、初耳だな。

 俺がスマホ画面に集中してても、金の話と校長の謝ってる声が耳に入ってきた。

 仕事の関係かな。

 耳を立てて校長の話を聞いてたわけじゃなけど、そんなような内容だった。

 まあ、社長との兼務だからしょうがないのかもしれない、今朝の印紙もそういう仕事に使うんだろう。

 「けれどつぎの株主総会では悪くはない発表はある、か、と」

 『そ、そう?!』

 「これ以上は金銭が絡みますので、情報の前出しは控えさせていただきます」

 (蛇も金銭で動いてる可能性が高いのよね。ただヨリシロの時価総額がゼロになったとしても蛇にとってはたいしたダメージにはならなそうだけど)

 『うん、うん。わかったよ。じゃあシクヨロ』

 「はい。では失礼いたします」

 おっ、電話終わったみたいだ。

 (本当なら、学校で会社の話をするなんて……校長失格。それに社長も失格。私はなにからなにまで中途半端。お昼になってからちょっと辛いことつづくな。沙田くんに言わなきゃいけないこともあるし)




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