第179話 授業

 

 ※

 教室に戻って九久津から返信がきてないか、スマホのチェックしたけどなにもなかった。

 校長室で話し込んだとはいえ、まだ朝、応答がなくてもしょうがないか。

 なんとなくそのまま当局のWebにアクセスする。

 画面をスライドさせるたびに、非日常があった。

 ページが変わるごとに現実離れした世界が俺の目に飛び込んでくる。

 バシリスクは九久津によって確かに退治されてた。

 俺はあの場にいたけど、Webにある情報より知ってることはすくない。

 たとえばバシリスクの攻撃の特徴なんかがそうだ。

 バシリスクは頭上から獲物を襲うことを得意としてる、そんな性質を知ることができた……なぜだか背中の右側・・・・・うずく……痛くないけど、痛い、いや痛かったことがあるそんな気がする。

 鋭い物で背中から刺されるような痛み、これはきっと俺の体験じゃない。

 なかのやつか? なあ、おまえは俺になにを伝えたいんだ。

 俺はどことなく、なかにいる者との同居に慣れてきていた。

 また、ページをスライドさせる、バシリスクと九久津のことで画面が埋まってた。

 九久津はやっぱりスゲーな、早く、治して戻ってこい。

 俺はそれからもしばらくWebを見てると、いつの間にかホームルームの時間が迫ってることに気づく。

 寄白さんはあの古めの髪飾りをして臨んでる。

 最近のお気に入りなのか?

 あるいはリボンのローテーションだけじゃバリエーションがすくないからかもしれない。

 一時間目、理科。

 体育じゃなくて良かったぜー!!

 これはまあ、昨日しっかりと時間割を確認したから当たり前だ。

 助かったぜ文科省体育じゃなくて。

 授業がはじまったけど開始五分で、放課後までの時間の長さに絶望する。

 あー延々すぎる、このさきにパフェがあるとは到底思えない。

 「細胞壁があるかどうかが動物と植物の違いだからな。みんな覚えておけよー」

 理科の先生は淡々と授業を進める。

 やっぱり先生も俺らと同じく、まだ一時間目だ、早く仕事終わんねーかなって思うのか?

 「はーい」

 「先生」

 「なんだ佐野」

 おっ、最近の佐野は勉強熱心だ。

 佐野はきっと俺と違ってふつう・・・の人間として大学に行って就職して人間ひとの世界で生きてくんだろうな。

 いや、この学校の生徒でいえば俺と寄白さん以外の生徒はみんなそうだろう。

 よく言う、棲息む世界が違うってやつだ。

 でも、俺は俺に与えられた力で人生を全うする、誰かのために。

 まあ、それでも高校の勉強は頑張ろう、九久津も言ってたし学べることはスゴイことだって。

 ふつうに学校に行って学習する、正直、めんどうだとも思う。

 朝はゆっくり寝てたいし、それでも心の底からぜんぶを投げだしたいとは思わない、なかには勉強したくてもできない人もいるんだから。

 「先生。さっき人間の細胞の数はだいたい六十兆個って言ってましたよね?」

 「ああそれがどうした? あっ?! あれか最近の結果だと人間の細胞は三十七兆個だったってやつか?」

 「いいえ。どっちも初耳です」

 「そっか。最近の研究結果では人間の細胞は三十七兆個だと判明したらしい。通説だった六十兆個よりも信憑性があるからそっちで覚えたほうがいいぞ。んで、なんだ?」

 「ああ、えっと。髪の毛一本なら細胞の数はいくつですか?」

 「ん……? まず結論から。髪の毛は根元ねもとにひとつ細胞があるだけだ。つまり毛根な。それが細胞。髪の毛全体は細胞じゃなくタンパク質ってことになる。ちなみに爪もな」

 「へー」

 「わかったか?」

 「はい。わかりました」

 佐野ますます、やる気だな。

 まあ、これが高校生の本分ほんぶんだし。

 佐野は先生の言葉をそのままノートにカリカリ書いてる。

 おばあちゃんが亡くなってからの佐野は見違えたように勉強に打ち込んでる、おばあちゃんは戦争で”学ぶこと”を奪われたらしい。

 日本語の文字を”読む”ことはできるけど、ひらがな以外を”書く”ことはできないらしい。

 佐野自身なにか思うことがあったみたいだ。

 も、文科省、いいよ。

 二時間目に美術なんてセンスあるわ~。

 情操教育じょうそうきょういくは大事よ。

 そこまで覚えることもなく、かつ体力も使わない、それでいて眠くもならない、ナイスセンスだ文科省。

 よく考えれば、今日の二時間目を美術にしたのは文科省じゃない。

 先生たちの職員会議だ。

 「先生。ミロのヴィーナスに腕があったらその価値はどうなってますか?」

 佐野、二時間目もやる気だな。

 主要五科目以外だって立派な勉強だ内申書にもすくなからず影響はある。

 「う~ん。そうだな腕がないことで芸術的価値が上がったとも言われてるので、もしかしたらいまより評価は低かったかもしれない。ただ反対にすべてがパーフェクトで出土してもいまより評価は高かったかもしれない。結果論かな」

 「そうですか。じゃあ逆に僕がいま本物のミロの腕を発掘したとしたらそのは評価されますか?」

 「お~お。もしろいこと考えるね。それが完全にミロと一致した場合は相当な評価を受けるだろう。なんたって誰でも知ってる石像のパーツなんだから。ただし年代にもよるけど、日本でよくわからない腕だけの石像を発掘したとしても、それだけじゃ

価値も値段も二束三文だろう」

 「なるほど」

 「結果。芸術とは創られる評価でもあるから絶対的な数値があるわけじゃないってこと。よくあるだろ。価値がわからずに捨てられちゃう名画とか」

 「はい、ありますね。取引価格、何十億円とかの絵ですよね」

 「そうそう。見かけじゃわからないってことさ。ただこの時代だと、#腕、発掘。みたいなのがSNSで拡散されて、どこかの富豪が高額で買い取ることはあるかもしれない。ネットで広がった時点で、”あのネットで有名”って枕詞まくらことばがつくからね」

 「結局、知名度が価格に直結するってことですか?」

 「まあ、そうだな。その作品のバックグラウンドの付加価値は大きいかな。とくに苦労人のストーリーがあると価値は上がりやすいよ」

 「苦労の果てにこれを創りましたってことですか」

 「そうそう。人はそういうサクセスストーリーや美談が好きだから」

 「わかりました」

 今日の三、四時間目は国語と古文の連結授業だった。

 いま俺らのクラスは漢字の小テストをしてる最中だ。

 おんなおんなろうはな、なんだこれ?

 女郎花じょろうばなとしか読めん。

 騙されるな、俺。

 これはあくまで漢字の小テストだ、そのまま女郎じょろうなんて呼ぶものを出題しないだろう。

 なにか別の読みがあるに違いない。

 思考パターンを変えるんだ。

 三兄弟なら長男、一郎。

 次男、次郎。

 三男、三郎。

 そこに待望の女の子が誕生したとしよう、それならどう名付ける。

 その選択肢はひとつしかないだろう、なあ、そうだろう、そうだよな、そこに名付ける名前……ズバリ女郎じょろう

 女郎じょろうしかない!!

 ……む、無理だ。

 どこの誰が、待ちに待った妹に女郎なんてつけるんだよ。

 はう?!

 時間がどんどん過ぎてく、この問題を捨ててつぎ行くしかない。

 さらば女郎花じょろうばな

 「はい、つぎの答えです。これは女郎花おみなえしと読みます」

 お、おみなえしだと。

 ”じょろうばな”との共通点は”な”の一文字のみ、これは初めからわかってないとまったくわからない漢字だ。

 まあそこはしょうがない、だが”おみなえし”とはなんだ?

 せ、先生、その答えを言わぬままに”ところてん”に行きますか、”ところてん”はわかりますよ、夏場にときどき食べますからね。

 夏バテのとき、あのひんやりツルツル感は助かります。

 けど、なんだ?

 おみなえし。

 ああ、なんなんだおみなえしって?

 エネミーなら”おみなえ師”、それは――”おみなえ”をする人アルよ。って答えるぞ。

 ちょっとだけ陰陽師おんみょうじ感でてるし。

 「なあ、佐野、女郎花おみなえしってなに?」

 「植物の名前」

 「ああ~植物か」

 日本語の植物や花の名前ってそのまま読めない漢字が多いからな~。

 紫陽花あじさいとか向日葵ひまわりはなんとなく読めるけど、漢字と発音に違いがありすぎんだよな、ただ名前と感じには由来があってって、あっ、これは御名隠しに通じるものがある。

 御名隠しは日本語特有のものだもんな、そっか、そういう国なんだ日本って。

 けど俺、そういうの好きかも漢字や言葉の意味とか。




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