第172話 門番(ゲートキーパー)

 

――ギギギギ。カラカラ。ギギギギ。カラカラ。ギギギギ。カラカラ。ギギギギ。カラカラ。

 金属の噛み合う音が高速で鳴っている、一定のリズム刻むその音はまるで意志のある生き物のようだ。

 フレアの先端がいびつに歪んだ太陽のオブジェがある、捻じ曲がった朝日を絵に書いたようなそれらは角度を変えて幾重にも重なっていた。

 前方から後方に伸びた分厚い太陽の奥行きはおよそ一メートル。

 重複した太陽はひとつの透明なケースとなって、異音を放つ機械仕掛けの歯車たちを内包していた。

 忙しなくグルグルと回転するギミックは、最前面にある微動だにしない三本の針とは無縁だ。

 この時計は構造上中身と外観が連動してないことが読み取れた。

 「11時57分49秒……」

 一条はスケルトン、あるいはシースルーなどと呼ぶその時計ものの時刻を読みあげた。

 体感で一秒、さらに一秒、また一秒と経過していく、だが目の前の秒針はまったく動く気配がない。

 一条はいまだ時計を見つめている、その視線は時針、分針、秒針を逸らした、仕掛けなかみに向けられたものだ。

 この時計は歯車が欠けてもきっとときを刻む、そう終焉まで残り僅かな刻を。

 ただし、この時計が刻んでいるのはこの世界に流れる時間とは別の速度域の時間ときだ。

 一条はこの仕掛けに世界の縮図を見ていた、いつかの会話を思いだしながら。

 ――この世界は大小様々な歯車が噛みあって、すべてが連動して動いてるからな。

 ――おっさんの言う通り。ただしすこしくらい歯車が欠けようがどうってことはない、世界はその穴をまた別の仕掛けギミックで修正して回りつづける。

 ――まあね。正直、この世界の重要人物ひとりが死んでも世界は止まることはないからね。

 二条と鷹司と自分が交わしたセリフだ。

 つまりは時計の中身が破壊されようと、この大きな時計が止まることはないことを意味している。

 わがもの顔の針たちは独立した存在なのだ。

 「なあ?」

 一条が首を傾げて、ふと脇見した。

 「はい」

 ちょうど人ひとりが腰かけられるような岩に座している仮面の者が返事をする。

 黒いマントを羽織り、金髪のポニーテールで顔の上半分を仮面で覆っている男だ。

 その仮面がもし上下対称でひとつであったなら、仮面の中央にはアゲハ蝶の模様が彫られているだろう。

 黒いマントにはヨーロッパのどこかの王国のような紋章が施されていた。

 「ぶっちゃけ。あとどれくらいだ?」

 「さあ」

 男は低音で紳士的に応答するが、一条とどこか顔見知りだという雰囲気が漂っている。

 その証拠に男はいまだ岩に腰かけたままで、訪問者をもてなす素振りがなかった。

 だがものすごく親しいという距離感でもなく、そこまで他人行儀でもない、なん年かの付き合いのある取引相手そんな関係性だろう。

 「って、まあそうだよな。前回きたときより一分九秒進んでる。危険水域からは脱してねーってことか。逆に沈んだ」

 「一条さん。ほら」

 「なんだよ。ツソン」

 一条にツソンと名前を呼ばれ男は時計の針を指さして、サソリの尻尾のような爪でトントンと空気を突いた。

 おもむろに目をむける一条の表情が一変する。

 「なっ?! 11時57分50秒。終末時計の秒針が一秒進んだ」

 「きっと、秒針の変わり目だったんですよ」

 「あと二分十秒か……」

 「でもその二分十秒は一年後かもしれないですし、二年後かもしれないですし。あるいは……十年後かもしれません」

 「笑わせんな。十年なんてもたねーよ」

 「俺も同じ意見ですね」

 「一年……もたねーかもな」

 一条の呟きは、虚しく消えた。

 ツソンは足を組みかえて態勢を変えると辺りに視線を散らす。

 「目には見えないですけど、そこらじゅう負力だらけなんでしょうね」

 (つい十時間前にあのホッキョクグマ見たばっかだし。その前はタテガミを捨てたライオン。原因がすべて負力ってわけじゃねーけど。Y(時間)軸からの警告? それとも忠告? どの道、時間はねーってことだよな。近衛の話だとX(並走)軸も干渉してきてるようだし。さらにボナパルテの口から蛇の名前がでるってことは六角市内の騒ぎも面倒なことになりそうだ……下手すりゃなにもかも全部道連れってことか)

 「でも、ときどき時間は戻りますから」

 ツソンはすこしだけ声を弾ませた。

 「なん年か前のノーベル平和賞で三十秒戻ったんだっけ?」

 「そうです。わずかながら人の希望がひとつなぎになったんでしょう」

 「……ほかに時間が戻った前例ってなにがある?」

 「長くつづいた戦争の終結や核兵器開発の一時停止など、それに絶縁状態だった国交回復などですかね。要するに多くの人間にとって喜ばしい出来事。けどそれは特権階級マイノリティの不利益とも言いますけど。それと別角度ですけど画期的な治療薬の開発でもあれば刻が戻る理由になります」

 「最後のムリムリ」

 一条が投げやりにブンブン音を立てて手を振った。

 蚊を払うようにいまだ空気を裂いている。

 「開発に成功した特効薬が既得権益きとくけんえきで、潰されてきた前例をいくつか知ってる」

 ――“希望”とは、すぐ手に入る状態になって渡すべきだ。

 いまさらなながら、九条の言葉は的確に的を射ていると一条は痛感した。

 ツソンは――ふっ。っと意味深に笑った、それはどこか憐れみを含んでいるようだ。

 「既得権益と言えば戦争もそうですよね。あれも間違いなくビジネスですよ。俺の知人にね、ものすごく戦場を憎んでるやつがいるんですよ。あまりに憎しみがすぎて、ちょっと問題アリなんですけど」

 「誰だって戦争は憎いだろ。先導してるやつ以外は。わりーけど。もう帰るよ」

 「ジーランディア内部なかに入らなくていいんですか? 滞在時間ほんのちょっとじゃないですか」

 「内部たって各国の首脳陣以外は島の一階層しか入れねーだろ。意味ねーよ」

 「そうですか。けれど一条さんがここに立つためにどれだけの組織が許可をだし

、どれだけの書類を作成したんですか」

 「いいんだよ。それが仕事だ。俺はこの目で時刻を見れればよかったんだ。じゃあな」

 (負力が溢れてアヤカシが産まれる、そこに付随する忌具と魔障。だから世界が病んでく。そして時計が進む……逆でもいいのか世界が病むから負力が増大する、そしてアヤカシと忌具も生まれ魔障が起こる、そして針は進む。完璧な悪循環ができあがってるな。誰も断ち切れないデフレスパイラル。これを途絶えさせる方法は……希望……か。漢字ならたった二文字なのにな……遠いな。希望ってのは)

 「わかりました。では、またのお越しをお待ちしております。外務省・・・の一条さん」

(この世界が創られたとき最初は希望の世界だったのか? 希望が薄れて絶望にシフトしたのか、それとも最初から絶望だった世界の濃度が増えただけなのか? 鶏がさきか卵がさきか……世界の中心にあるロンギヌスの槍を引っこ抜けばわかるか)

 ジーランディア大陸に入国するつい三十分前、一条の元に日本から新たな”新死海文書”の解読文が届いていた。

 それはやはり朗報のたぐいではなかった。

 【殺戮の魔王。戴冠たいかん間近】

 (また俺の仕事を増やしやがって。魔王ってなんだ。またアンゴルモアじゃねーだろうな。あれは大王か。けどこういう預言めいたものの象徴って解釈が多いだけで大体、同一人物なんだよな。となると、ここ最近名を馳せはじめた蛇ってやつが魔王ってことか? 蛇は旧約聖書でルシファー、イコールサタンであり魔王……ほんと時間がねーな。世界も。二十四時間働く自分おれも)

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――――――

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 ツソンは唇を歌口うたぐちに当てると静かに息を吐いた。

 人の橈骨とうこつ尺骨しゃっこつそれに指の骨が螺旋状に巻き付いた真っ黒のフルートから空気を震動させるような気味の悪い音色が響く。

 おどろおどろしい不協和音が鳴りつづける。

 生気なく虚ろな表情の人間が体の前で両手を縛られていた。

 真っ白なローブを羽織った者の手首には手錠代わりのロープが食い込みうっ血している。

 そんな人間たちが連なってとぼとぼと歩いていた、裸足のためか足の裏や甲からもうっすらと血が滲んでいる。

 前を歩く者の腰紐と後方を歩く者の手のロープが結ばれて、ひとつ隊列をなしていた。

 列が行くのは小高い丘の上で、その終着点は断崖絶壁の崖だった、まるで景色をナイフで切ったようにストンと落ちている。

 ツソンの音色に合わせて、人々はゆっくりゆっくり歩幅を縮めていく。

 崖の先端で先頭を行く者の爪先が前方に傾いてからはすぐだった、前の者に引かれてつぎからつぎへと落下していく。

 その様相は綺麗にドミノが倒れていくようだ。

 ――ばしゃん。ばしゃん。と人の数だけ入水じゅすいしたときに大きな水飛沫が舞う。

 (これは自然治癒力を失くした地球の救済。自浄の代理作用なんだよ。ハーメルの笛がなぜ忌具なのか俺にはわからない)

 ツソンはいまだ泡立つ水面みなもを眺めながらフルートから人型の骨をとりはずすと、クジャクの羽根のような黒い翼を装着させた。

 (セイレーンの笛。これも罪を洗い流すにはちょうどいいだろう。ジーランディアここは世界のゴミ箱……。よくいったものだ。けれど誰に対してのA級戦犯なのか? 国連の存在意義とは……)

 終末時計、現在の時刻。

 11・・56・・15・・

第四章 END




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