第17話 そして二人は出逢った。

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 ――沙田雅 転入初日。

 早朝、六時二十五分。

 寄白は姉、繰のいる校長室にいた。

 一般的な校長室とは違い、繰、独自のセンスをふんだんに取り入れている。

 オフホワイトで統一された家具一式。

 使い勝手よりもデザイン重視で、流線型の書類棚はさながらオブジェのようだ。

 欧米デザインの赤いソファーに座ってコーヒーをたしなむ繰。

 こだわりのカップとソーサーのセット。

 ホワイトに金色の二本ラインが横に走るしゃれたデザインだ。

 淹れたてのコーヒーからは未だ湯気が立ち上っている。

 「お姉。本当に?」

 寄白は背中の形が残るほど、フワフワな背もたれに腰をかけた。

 繰の対面でソファーの深くに沈んでいく。

 繰のチョイスは少し高くても良い物を購入することだ。

 「ええ。必ず必要になるから……」

 「信じられない」

 「ちなみに今日が登校日よ」

 「ふぅ~」

 寄白は左耳にふれ、ためらうことなく一番端から十字架のイヤリングを取り外した。

 ゆっくりと右の眼前に掲げる。

 {{クレアヴォイアンス}}

 十字架が大きく点滅した。

 「……こいつか?」

 「どう居た?」

 「ええ。バス停でバスを待ってる」

 「早い登校ね?」

 「……」

 寄白は無言で十字架のなかを眺めつづける、外部出力したパノラマ映像を見るように周囲と一体化した感覚になった。

 空気感までが伝わるようなリアルさに、寄白はまばたきひとつせず夢中になる。

 「ふ~」

 繰は静かにコーヒーを含んだ。

 「……う、嘘、私の視線にかすかだけど反応した」

 寄白はピクリと頬を動かした。

 「でしょう。あの子、素質あるのよ」

 繰はそう言うとカップをソーサーにゆっくりと置いた、陶器と陶器が触れるカチャという音が部屋の静けさを裂いた。

 「彼は何者なの?」

 「美子。それはいずれわかるわよ。しばらく見学してなさい?」

 「わかったわ。六角第四高校ってまだ瘴気が乾ききってないわね? 今もミニチュアダックスフンドいぬさわられてる」

 「まあ、あんな解体工事だけじゃね。瘴気の溜まった校舎の天井を引っ剥がしただけだし!!」

 「お姉は荒いのよ。あっ、ランニングしてる女の人が迂回していった」

 「じゃあその人も感じるタイプなのかもね? あそこは別に工事専用の迂回路は作っていないもの。瘴気に当たりそうな人が自分の判断で遠回りできるように作らせた道だし」

 「ふつうの人はそのまま通れるの?」

 「そうよ。なにも感じない人はそのまま通っていくわ。建築法的にはなんの問題もないし。なによりうちの工事は安全第一。ただ人間よりも感覚の優れた動物だと変調をきたすことはあるかな~?」

 「あっ?! 看板の四つ角、土にまぎれて盛り塩してる」

 「そうよ。私なりの優しさ」

 繰は、ふたたびコーヒーカップを手にとり、ふぅ~と息を吹きかけてひとくち飲んだ。

 「……お姉。いま何時?」

 「えっ?」

 のんびりしていた、繰はジャケットの袖を少しまくり腕時計を内向きにして眺めた。

 シャンパンゴールドのボディに白の文字盤と黒のインデックス。

 天辺から『ⅩⅡ、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸ、Ⅹ、ⅩⅠ』と文字通り時計周りに並んでいる。

 時刻は六時三十分を回っていた。

 「え~と。六時三十二分ね」

 「へ~、あの男子、工事現場のカゲが見えてるみたい。目で追ってる。たぶん人の気配としての認識だけど……」

 「なかなかのものね~? すべてのカゲを捕えてるの?」

 「いや。多少は見失ってる」

 「だいたいこんな朝から作業員がいるわけないじゃない」

 「そうよね」

 同意する寄白。

 「この時間から働かせていたら、うちは真っ黒のブラックどころか瘴企業(しょうきぎょう)じゃない……」

 「……」

 (すべったかしら……?)

 二人の間にしばらく沈黙が訪れた。

 これはギクシャクして張りつめた沈黙ではなく、家族間における信頼の無関心。

 (向こうに夢中か……)

 「バスに乗った。テレビから会社うちのゴタゴタが流れてる」

 「彼はなにか反応してるの?」

 「いいえ。というか若い子たちはみんな他のことに夢中。べつに株式会社ヨリシロなんてどうでもいいんじゃない?」

 「そうよね。若い子はニュースなんかより、ゲームしたり音楽を聴いてるほうが楽しいだろうし」

 「正直お姉が社長になったって一高うちの学生には関係ないことだし。……んで何時に、ここ着くの?」

 「七時四十四分ごろには六角第一高校前に着くはず。転入生ってことはシシャの噂が立つわよ?」

 「そうね」

 寄白は不機嫌そうにうなずいた。

 目元の十字架も一緒に上下した。

 揺れるポニーテールまで機嫌が悪そうだった。

 「美子だって最初は美少女シシャって言われてたじゃない?」

 「まあ……」

 苦虫を噛みつぶしたような顔をみせ――けど、今じゃただの不思議っ娘。シシャ候補の噂なんて消えしまったわ。とつづけた。

 「人の噂なんてそんなものよ」

 繰は諭すように微笑む。

 「だよね」

 寄白は目の前からイヤリングをそらすと右手で握りしめた。

 「……沙田くんに逢ってくれば?」

 「……そうする」

 寄白は雑にソファーから立ち上がった、その勢いでひるがえったポニーテール。

 左手で右耳にイヤリングを戻すとふたたび三つの十字架が連なった。

 一度、髪を掻き上げ、髪の毛を結っていた二本のリボンをシュルシュルと引き抜いた。

 きれいに解かれた髪が、気泡を含んだようにフワっと広がると、艶のあるストレートヘアになった。

 「そのリボンもだいぶ劣化してきたわね?」

 「しょうがない……」

 そう呟いたあとに、リボンを甘噛みして右側の髪を束ねて巻いた。

 左側の髪もリボンできつく結わえる。

 ツインテールが完成すると左右の触覚になる髪の毛を引きだす、すこしくすんだリボンと対称的に潤いある髪が宙を泳いだ。

 「さあ、行ってきますわ」

 「ええ、わかったわ。いってらっしゃい美子」

 「それではお姉様。またあとで」

 こうして寄白美子と沙田雅は出逢った。

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