第166話 仮面の男

 

ヤヌダークはロベスとの距離をとった。

 だがロベスは、影のようにその間合いにぴったりとついていく。

 ヤヌダークとロベスの足音が寸分なく揃う、戦局的に優位なロベスは気味の悪い冷笑を響かせた。

 (この距離感……。主導権はあっちか)

 「あんたこの前トレーズナイツのなかに裏切り者がいるって言ってたわよね? あれってブラフなんでしょ?」

 「そう思うならそう思えばいいし。けど俺はあのとき嘘だって断言したはずだけど」

 ――ねっ。語尾を強調させた。

 (くそっ。白か黒かわからない。それに私を評価した人に訊いてみるって、まるでトレーズに知り合いがいるような口振りだった。仮にそれが本当なら裏切者がいるってことになってしまう)

 ロベスは右手をあげる。

 赤いマントがバサっと風にひるがえった。

 ヤヌダークはとっさに防御態勢をとると交差させた腕のあいだからロベスをのぞき込んだ。

 「あっ、やっぱり本当だった」

 ロベスはまるで蚊でも払うようにバッっと宙を切ってから、その矛先を収めた。

 ――かもしれない。くつくつと笑う。

 (いまの手は……おとり。そうよそうなのよ。私が嫌いなのはそのどっちつかずで曖昧なとこ。本当にやりづらい。敵が嘘って断言したら本当かもって思うじゃない……でもロベスの言うこと、意味なんてないのかもしれない。……ダメだ。また踊らされてる)

 「あんたいったいなにを知ってるの?」

 「なにも知らない・・・・・・・ことを知らない・・・・・・・ことを知ってる・・・・・・・

 (また意味不明な言い回しにされた。結局知ってるの? 知らないの?)

 「てか意味を考えろよ。トレーズの?」

 ロベスは小刻みに肩を震わせ空笑そらわらいして、牽制するようにまた右手をかざした。

 くうを切る腕から一瞬、綿菓子のような煙がくゆった。

 ユラユラと白い靄が風に乗る。

 (つぎの一手も囮のはず)

 ロベスの手から焦げたニオイと同時に焚火たきびのような火の手が上がると、そのまま勢いよく手を覆った。

 (しまっ)

 ヤヌダークの隙をついたようなロベスの先制攻撃かと思われたが、焚火の上から水をかけたように瞬く間に火が消えた。

 「どう驚いた?」

 「なっ」

 (くそっ。また、遊ばれた)

 「トレーズの意味? フランス語の十三でしょ。それがなに?」

 ヤヌダークを顔をしかめながら訊く。

 同時に湧き上がる怒りを冷ますように、言葉に熱量を込めた。

 次第に心は冷静さを取り戻していった。

 「十三だよ。十三。トレーズナイツにいる十三人。当然いるだろ?」

 「なにが? 裏切者のこと?」

 「そう。裏切者ユダが」

 「ユ……ダ」

 (そういう意味か。トレーズナイツはフランス大統領直下の十三部隊の十三人。使徒にたとえるなら十二使徒。しゅを裏切った使徒がユダ。それを穴埋めしたのがマティア。入れ替わり含めて総勢十三人。最近トレーズに昇格した私をマティアに見立てた。なら私にトレーズ内にいるユダを探してみせろってことか? いいや、トレーズに裏切り者なんていない。私だってやられてばっかじゃいられない。すこし揺さぶってみるか)

 「私が”やらなくていいことをした”ってなんのこと? バシリスクの見張りを倒したこと?」

 「へ~見張りだったのに気づいたのか?」

 (やっぱりあれは見張りだったのね。ってことはロベスはバシリスクの主側ぬしがわの人間。蛇はやっぱりヨーロッパ圏にいる。ついでにあいつはとても重要な秘密を握っている)

 「って見張りってなんのこと? あれ・・は違うんじゃない」

 ロベスは話の中身を百八十度変えてから、両手をパッと広げてコメディアンのようにおどけてみせた。

 (ひとつ確信できた。ロベスはいまあれ・・って指示代名詞を使った。見張りだろうが護衛だろうがロベスあいつはバシリスクと悪魔の位置関係を知っている)

 「よそ見してると怖~い人がきちゃうかもよ。くく。後ろ気をつけて!!」

 その言葉にヤヌダークは悪寒を走らせた。

 流し目のまま、寒気を感じたそのほうへと首を一ミリ、また一ミリと傾ける。

 もちろん前方にいるロベスからの不意打ちに備えながら。

 見据えたさきにいる、何者かと目が合う。

 (あの男の眼……。その眼に映るすべてを憎悪の対象にしてる)

 その男はヤヌダークを睨むようにじっと見ていた。

 まるで空爆された廃墟を前に、為す術なく立ち尽くしているように。

 (底なしの闇。黒目の奥に宿しているのはこの世への怨恨うらみ

 セミロングの黒い髪に青いマントをまとい、顔の右半分を仮面で覆っている。

 その仮面がもし左右対称でひとつであったなら、仮面の中央にはアゲハ蝶の模様が彫られている、そうまるでロベスの仮面とひとセットのようなデザインをしている。

 「ウスマ」

 ロベスは親し気に声をかけた。

 ウスマと呼ばれた男はロベスの問いかけに答える気配もないどころか、その場から一ミリたりとも動かずにして、口からでる言葉さえ噛み殺すように口を結んでいる。

 (ウ、ウスマだって……あの殺陣さつじんを引き起こしたあの。ロベスと知り合いなの? しかもモンゴルからなぜフランスここに。こいつも蛇の件に噛んでる? でも間違いなく、世界中でなにかが起こってる。そしてそれは良いことではない)

 「さあ、楽しみになってきた。もう十日もきったしな。××埠頭のやつ」

 ロベスはその場に似合わない、口調でヤヌダークに言った。

 「××埠頭になにがあるって言うのよ?」

 「それは行ってのお楽しみ。あと今日はお土産忘れちゃった」

 「土産?」

 「この前のゴブリンとオークみたいな余興だよ」

 ヤヌダークはロベスの言葉を聞きつつもウスマを気にかけていた。

 ウスマは彫刻のようにただ黙ってその場所にいる、いやある・・と形容してもいいほどだろう。

 (真一文字の口元。言葉が無意味なことを知ってる人……。戦火のなかでなんども見てきたあの眼。救いなんてないことを知ってる人の眼)

 「そんな余興なら、いらないわよ!!」

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