第164話 隠蔽~消えた魔鏡。【ディオ・スペッキオ】~

 

一条がジーランディアに上陸する一時間前。

 「あと一時間弱です」

 白人男性は、船内で物思いにふける一条の元へ時間を告げにやってきた。

 「わかった。世界中連れまわして悪かったな」

 「いいえ」

 白人男性は首をゆっくりと横にふった。

 その挙動に社交辞令の意味合いはいっさいない。

 「けど。おまえイタリアのアヤカシ対策部のコーディネーターだろ? 管轄はずれ

すぎだろ」

 「一条さんにはお世話になってますし」

 「気にすんな」

 「……うちの父が失脚したとき、ボクの家族を気にかけてくれたのは一条さんたちだけです。イタリア当局はすぐに手のひらを返しました。ボクら一家がどれだけ苦労したことか……」

 「おまえも大変だったな。……まだ……見つかってないんだろう?」

 一条は白人男性の手先を一瞥いちべつした。

 あかぎれの手とささくれた指は寝る間も惜しんで家族を養ってきた証だ。

 「はい。行方は掴めていません」

 「イタリアのレベルファイブの忌具【ディオ・スペッキオ】……」

 「イタリアうちの政府はいまだ紛失を認めていません。これからも認めることはないでしょう。イタリアの国防省で忌具保管庫の責任者だった父だけが責任を押しつけられて終わりです」

 「国のメンツってやつさ。どこの国でも同じだ」

 (そんな世界だから、負力は倍倍ばいばいで増えてくんだろうけどな)

 「……国のためなら個人やその家族なんてどうでもいいてことなんでしょうね?」

 「集団を守るためって大義名分でな。公表するリスクをとるか、わずかなリークの危機に備えるか……隠してたほうが騒ぐ人間にんずうはすくない。小さなゴシップていどなら情報操作で失態を封殺することも楽だろうし」

 「それでもボクが潰れなかったのは、一条さんたちのおかげです」

 「おまえは立派だ。本当にあの苦労をよく耐えた」

 (……俺は心からそう思う。憎悪と復讐心だけを心の拠り所にして、誰かを傷つけるためだけに生きてる能力者がモンゴルにいる。妖刀による歴史的な広域指定災害魔障。殺陣さつじんを引き起こした能力者が)

 「それも一条さんのおかげです」

 「いや、俺っていうか、鷹司のおっさんが日本でまあまあ力を持ってるからな。イタリア政府と交渉したんだろう。ああ見えておっさんは情に熱いしな」

 一条は鷹司のことをおおむね理解している、それだけの付き合いがあるからだ。

 気象庁からの回答を国立病院にFAXしたあとすぐに日本を出発った、その飛行機のなかである考えごとをしていた、それは九条の頼みごとだ。

 九条が一条に頼んだことはあと二つ、密室での四仮家の金銭授受問題と九久津堂流データの削除の件だ。

 一条は鷹司がなぜ九久津堂流のデータを消したのか、それを白紙の状態から憶測するとわりと簡単に謎が解けた。

 調べるまでもなく鷹司の思考や行動パターンを読めばわかることだった、ただしそれは鷹司が至極単純しごくたんじゅんな思考回路と突発的な行動をとる人物だからではない。

 もし一条が鷹司と同じ立場で真相を知っていたなら、まったく同じことをするだろうと思った、それが近衛や二条、九条でもやはり同じことをするだろうと、あれは保身のための奸計かんけいではなく九久津堂流の矜持きょうじのため、近衛はもとより鷹司もまた九久津堂流に一目置いていることを一条は知っていた。

 それを踏まえて帰国後に九条にそれを伝えることにした。

 ただ一条がそれよりも心に引っかかっていたことがある、それは九条にも伝えていないことだ。

 空間掌握者ディメンションシージャーゆえにわかることでもある。

 一条が九条に伝えていたのは”バシリスクとの戦闘時亜空間でありえない爆発がおこったことによる魔契約の懸念”だけ。

 一条が気になったもうひとつの懸念材料とは、九久津が召喚憑依能力者のキャパを無視した召喚憑依を繰り返していたこと、とくにカマイタチの連続召喚だ。

 確かに召喚憑依能力者のキャパは外的要因で増減することはよく知られた事実である。

 一条自身の経験則でしかないが、魔契約でキャパシティは増えないはず……どころか逆に容量を圧迫するのではないか?

 あのときの九久津は空き容量のギリギリまで使用していたはずだ。

 一条は背反二律はいはんにりつの状態にいまだ頭を悩ませている。

 「鷹司官房長にもお世話なりました」

 白人男性は深々と頭をさげた、それは一条を通して鷹司にも礼を言っているようだった。

 この白人男性は知っている、間接的だとしてもイタリアたこくの政府人事に日本が干渉することがどれだけ大変なのかを、それ相応の対価を求められることを。

 だが鷹司がいったいどんな方法を使ったのかは知らない、そしてま一条またもそれを知らない、一条にとっては目の前の彼がこのように仕事をしているそれが答えだと思っているからだ。

 「おっさんに頼めることなら頼めばいいんだよ。ただな」

 一条の――ただな。のイントネーションはすこしだけよどんでいた。

 「なんですか?」

 「いま日本でもそれに近いことが起こっててな」

 「近いこと……? どんなことですか?」

 「忌具が動き回ってるらしいんだ」

 「い、忌具が?」

 「そういうことができる能力者なのか、あるいは忌具自身が自分の意志で動いてるのかはまだわかんねーけどな」

 「……忌具が動くなら【ディオ・スペッキオ】が動いた可能性もあるってことですか?」

 「可能性を言うならあるだろうな。そういや保管庫内の紛失した空白はどうなってんだ?」

 「えっと。聞いた話だとレプリカでごまかしてるとか」

 「レプリカ……か。ただあまりにチープなレプリカじゃ偽装にもならねーだろ?」

 「精巧なレプリカらしいですよ」

 「精工たってそんなの誰が造ったんだ?」

 「……これから行く場所にいるみたいです」

 「ジーランディアに忌具のレプリカを造れるやつがいるってのか?」

 「はい、そう聞いてます。腕のいい職人かなんかでしょうか? あの大陸のことはわからないですけど」

 (ジーランディア大陸……この世と真逆の世界……。でも表の世界と持ちつ持たれつでその存在を許されてる。いや人のエゴがそれを必要としている。終末時計とも連動した世界のゴミ箱・・・・・・

 「レプリカはいいけどよ。【ディオ・スペッキオ】本体の装飾アルファベットは?」

 「発動していない以上文字は浮かび上がっていないと思います。よく忌具辞典などではサンプルとして適当なアルファベットが描かれていますけど。ですのでレプリカに文字はないと思います」

 「つーか、もしかしたら文字が浮かび上がったままの【ディオ・スペッキオ】がこの世界のどっかに放置されてるかもしれねーんだな?」

 「紛失した以上どんな可能性だってあると思います」

 「けどどうやって厳重な警備を掻い潜って、イタリアの忌具保管庫から【ディオ・スペッキオ】は消えたんだろうな?」

 「見当もつかないですけど……あのころは各国能力者の交流会がさかんに行われていましたから。でも、そのときって忌具保管庫の視察で内検ないけんも多かったですよね」

 「時代だな。まあ、内検でレベルファイブまでは行かねだろうーけど。なんにせよあのころはセキュリティが甘かったのは確かだ。なんらかの方法で国外のやつが持ちだしたってこともありえなくはない」

 「どさくさにまぎれてってことですね。けど持ちだす側だって、相当な覚悟がないと……」

 (日本で動いてる忌具もレベルファイブのレプリカだと仮定すると絵画はスーサイド絵画、藁人形は呪術人形か……どうやってレプリカの証明をするか、あるいはレプリカじゃない悪魔の証明をするか。二条どうする? 各国の規定も厳しくなった現在いまじゃそう簡単に忌具保管庫はひらけねーぞ)




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