第160話 平成(へいせい)・修文(しゅうぶん)・正化(せいか)/H・S・S

 「どうした?」

 「現状報告です」

 「そうか。それで?」

 「その刀を目撃したという追加情報はありません」

 「……しかたがないな」

 「あの。こんなことを言うのも烏滸おこがましいのですが……」

 近衛の部下は恐縮しきりにそう言った。

 「かまわん。言ってくれ」

 「はい。お言葉に甘えさせていただきます。その刀を目撃したという一般人は本当に空飛ぶ刀それを見たのでしょうか?」

 「一般協力者が嘘をついていると」

 「はい。目撃者はたったりじゃないですか? 近衛さんがそこまで信じるには理由があるとは思うのですが……」

 「空飛ぶ刀を見た一般協力者の名前は”戸村伊織”という」

 「女性ですか?」

 「ああ」

 「あの。そのどこに信頼がおける情報だという根拠があるのでしょうか?」

 「彼女は病院の看護師だ」

 「じゃあ。国立病院の」

 「そうだ。九条と一緒に診察することもある」

 「なるほど」

 部下はすぐに納得した。

 どこか眉唾まゆつばものだとも思っていた、それでも近衛が信じている・・・・・ことが、部下にとっての信じる理由でもあった。

 ふつうであれば、一般協力者が口頭だけで言った目撃情報を、なんの証拠もなく鵜呑みにすることはない。

 ここで部下の信頼度が極端に高まった理由は、まず戸村伊織そのじょせいが国立病院の看護師であったことだ。

 国立病院の看護師であれば、アヤカシをはじめ忌具、魔障は身近なものだ、知識としても、ふつうの人とは天と地ほどの差がある。

 そして九条と一緒に働いているということが、まるで銀行の格付けのようにさらに信用を高めさせた。

 そんな場所・・に身を置く人間、さらには上司である近衛と同期の九条いしの同僚、信じるに値するには十分な人物だった。

 「疑ってすみません。刀の件は引きつづき調べます」

 「ああ。頼むよ。それになにか不審があればすぐに言ってくれ。高校生の沙田くんでさえガツンと言ってくるからな――じゃあ、情報管理を見直したほうがいんじゃないですか? バシリスクのときにそう言われたよ。それを官房長に進言すると官房長自身もそう思ってたみたいだけど」

 「か、官房長まで伝わる意見なんて、と、とんでもないです」

 部下は目を見開くほどに驚き否定した。

 当局内においての官房長の地位は神にも等しい。

 「なにを言ってるんだ。おまえだって国交省の職員。超のつくエリートだ」

 「いえいえ。あっ、つ、つぎの情報です」

 「国家一種に合格したんだろ?」

 「ええ。はい」

 「それをエリートと言うんだよ」

 「はい」

 部下も近衛に褒められて悪い気はしなかった。

 「自信を持て」

 近衛がそう返すと、部下はコクっとうなずき一枚の紙を広げる。

 「つぎの情報を読み上げていきます」

 「わかった」

 「――現在拘留中だった男は消えた。というよりも消失・・、恐らくは本来の世界に戻ったのだろう。政府、財務局及び造幣局が調べた結果間違いなく本物。この日本くにの技術の粋を集めた硬貨だ。個人や大規模な犯罪組織でも偽造は不可能――」

 「なるほど」

 「あの。これはどういうことか、僕が訊いてもいいのでしょうか?」

 「かまわないよ。ここ数ヶ月のあいだ、日本各地で謎の偽造硬貨が使用されたのを覚えてるか?」

 「あっ、はい。ありましたね。北海道コンビニエンストアで777円硬貨が使用されたとか。じゃあ、その777円硬貨は本物だってことですか?」

 「そうだ」

 「でも、あれは確か”修文しゅうぶん30年”という聞きなれない元号げんごうの硬貨だったはずですが。いまは平成です。それが本物とはどういうことですか?」

 近衛はおもむろに部下のほうへと向き直した。

 「昭和が終るときに、つぎの元号候補は三つあった。それが平成へいせい修文しゅうぶん正化せいか

 「そうだったんですか?」

 「そして昭和のあとは平成の世になった。それははなぜかというと三つ元号案をローマ字表記したとき、平成HEISEI修文SHUBUN正化SEIKA、それぞれの頭文字は”H”、”S”、”S”になる。このため昭和の”S”とのバッティングを避けて頭文字が”H”の平成になった」

 「そんな経緯いきさつがあったんですか?! けどそれが修文硬貨と、どう繋がるのか、あっ?!」

 「察しがいいな。おまえはやっぱりエリートだよ」




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