第159話 思案

 

近衛は、不可侵領域が六角市の地下にどんな影響を与えているのかを探っている。

 ヤキンを使用して以来結界による町の守護のありかたを見直していた。

 突発的な状況だったとはいえ、安定的な四神相応しじんそうおうをいったん崩して、高次結界を使用したのは緊急事態と呼べる事象だった。

 こと日本において最終手段を使わないこと評価される、反対にその行動がどんなに正しくても、切り札を使用したこと非難される。――どうして、そんな状況になってしまったのか。と。

 そのひとつというわけではないが、近衛は国立病院の下を通す負力浄化のパイプラインの強化にも努めた。

 シシャの反乱によって乱れた結界もさらに強めた。

 より良い明日のために、昨日の守備力よりも、今日の守備力が上回るように知恵を巡らせている。

 当局の人間は日々仕事に忙殺され、いくつもの仕事を抱えることは当たり前だった。

 ひとつの仕事が終わったから、つぎの仕事がやってくるなんてことはない、時間も 場所も構わずに、つぎからつぎへと仕事は増えていく。

 近衛とて、それは例外ではない。

 近衛は現在、六角駅の北側から地下に潜みそこから北西約十キロの地点にいた。

 以前から、駅の地下を起点とした不可侵領域手前まで安全圏ルートを作っていたのだった。

 それを地理的表現に変えて、おおまかに区分けすると駅から北西の場所にバシリスクの現れた場所があり、駅のから北北西の場所に九久津家があった。

 これを包括的に見渡せば六角市の北側にそれらが揃っていることになる。

 近衛はバシリスクが不可侵領域を経由してきたことも気になっている、世界中の負力が集まる場所だからだ。

 さらに近衛は頭のなかで、いくつものことを同時に思案している。

 それは鵺についてもそうだった、いったんは忘却していた事案。

 沙田によって退治されたものをいつまでも覚えている必要もない、だがその考えを改めさせたのは、沙田との出会いと守護山の麓に出現したバシリスクだ。

 鵺の出現状況にはやはり疑念が湧き上がる、なにがそんなに引っかかっているか、それは鵺が上空からゆっくりと降りてきたことにある。

 鵺は六角市の中町の六角大池に出現した、そこは不可侵領域のちょうど直線の距離だ。

 その立地条件が近衛のなかに小さな警報を鳴らしていた。

 それでも、その疑念を払拭する信頼情報もあった、それは沙田が鵺を退治した一部始終を見届けたのが救偉人の九久津堂流だったことだ。

 当局において九久津堂流の評価はこの上なく高い。

 九久津堂流が立ち会っていたのならば、その場の異変は六角市の教育委員会を通じて当局に情報は上がってくるからだ。

 ただし、そんな能力者でも情報を隠蔽する場合もある、それは当局への謀反などという単純なことではなくそうせざる負えない事情がある場合。

 ただし近衛は、自分が認めた人間には性善説を当てはめる、それが信頼の意味だからだ。

 総じて、近衛が抱く杞憂はこういうことだ。

 不可侵領域には世界中からの負力が集まるために、当然アヤカシなどの負の存在も集まりやすい。

 不可侵領域の負の性質はつね変質しているため、それがどんな影響をもたらすのかが不明。

 よって、その変質した負力が風穴を通って、六角市の下を流れているのではないのか、あるいは地下だけではなく地上にも流れでている場所があるのではないのかということだ。

 ただ近衛はその手がかりをなにひとつ掴んではいない。

 逆に言えば、この手がかりを掴めるということは、近衛をはじめ当局が張り巡らせている結界をすり抜けてくるということだ。

 その点、なんの証拠も掴めていない時点で安堵してもいいという矛盾もある。

 近衛はそんな目の前の仕事と向き合いながらも、空を飛んでいたという刀の存在も忘れてはいない、それを留めおきながらもほかの忌具については二条に一任する形をとっている。

 当局の能力者は、誰かに渡った仕事は頭からささっと切り離し、ここぞというときには瞬間的に結びつける柔軟さも求められる。

 もっとも、当局でもそんな頭のさを持つ人間は、一条など少人数のメンバーしか存在していない。

 現時点で忌具の再定義案は日本当局内で据え置かれたままだった。

 その理由は大きく三つまずは動き回っていたとされる、忌具からの直接的な被害が確認されていないため。

 飛び降り自殺のとき近くにあったとされる絵画も、抗議文のような遺書が残されていたことから、忌具との直接の因果関係が不明だった。

 二つ目、忌具自身がレベルを自在にコントロールしているという時点で、正式な忌具のではなくレプリカという説が拭えない点。

 三つ目、動いている忌具の実物がないこと、この状態では、なにかを意見するにはあまりに証拠が乏しすぎた、また動いているという忌具のサンプル個体数が、黒い絵と黒い藁人形の二つと劇的にすくないこともあげられる。

 どこの国でも、すべては数字・・によってしか、人は動かない。

 そのために内部保留にするしかなかったのだった。

 「近衛さん?」

 国交省の部下がそう声をかけた。




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