第158話 姉妹

「私もそのときのことはなんとなく覚えてるよ。お姉辛そうにしてたなって」

 「そのときの私を救うとしたら望みはただひとつ。堂流の死そのものを取り消すこと。でもそれは叶わなかった。そんななかでただ時間だけが過ぎた、いつからか季節にさえ追いつけなくなっていった、だからもう追うことさえもやめた。私がどんなに辛くたって世界は動いてたし、朝もきて夜もきた。どんなに苦しんでても、私の運命が私を優遇してくれるわけでもない」

 (あのときもし私の近くにオムニポテントヒーラーがいたなら、きっとどんなことをしてでも堂流を治してもらっただろうな。でもそんな能力者が偶然近く・・にいるわけもなかった。許せなかったなにもかも、だから壊したかった三家の風習を。能力者が背負わなきゃいけない荷物とか……)

 繰は見えない刃が自分に返ってきたように思った。

 諸刃の剣が自分に刺さる。

 (私はいまどうして社長なんかしてるんだろう? どうしてもやりたかったことじゃない。……そんな私が社長をつづけていいのかな? 私はまったく社長業に身が入ってない。知らないうちに社員さんに迷惑をかけてるんじゃ……財務部長さんもどことなく呆れてたし)

 そして繰に湧き上がる思いがあったわずかな時間を経て悟る。

 それがなんなのかを明確に理解する。

 その決意はつぎの株主総会で決着させると誓う。

 「お姉……。私はただ話を聞いてもらいたかっただけかもしれない」

 あのノートは死ぬことに希望を抱いていた、いや死ぬことでしか救われないと思ってた……黒杉工業か……この日本に本当にあんな酷い会社があるのか?

 寄白は単純にそう思った。

 高校生だからわからなかった、会社という組織にどれほどの理不尽があって、どれほどの不条理が世の中に蔓延まんえんしているのかを。

 ホワイト企業と評されることもある、株式会社ヨリシロの身内では人をゴミにしか思わない社内環境など知る由もなかった。

 寄白はいまの繰と同じく悲壮な顔をしている。

 前髪の下で確実に表情が陰っている、ねっとりと沁み入るような暗い影が落ちていた、寄白はそれでも頬に手を当てて無理に笑顔を作った。

 「いいのよ。私たちは姉妹なんだし」

 (もしかして美子。その忌具に障られたんじゃ……だとしたら、そのノートって相当高レベルだったのかもしれない。しばらく見守ってあげなくちゃ。もしものときは国立六角病院への連絡も考えないと。そうなるとエネミーにも影響が及ぶのかな?)

 「美子。話変わるけどエネミーには会ったの?」

 繰は探りを入れるように訊ねた。

 「エネミーが生まれてからわりとすぐに会った。エネミーは私の分身だからな」

 「そっか。今日は?」

 「会ってない」

 (上手く聞きだせた。そっか……)

 「あの娘。絵音未と違って明るい娘よね。おもしろいし」

 「かもな」

 (”死者”の最初の儀式を思いだすわね。和紙の上を紙魚が歩いていて、儀式が途中でちょっと中断したのよね。いまのところ美子の受け答えはしっかりしてる。魔障の症状はでてなさそうね。魔障って本当に怖い症状もあるし。妖刀による歴史的な広域指定災害魔障、殺陣さつじんとか。ある能力者が魔障によって数十人を大量虐殺した例もある。その人はもともとソシオパスだって話もあったらしいけど。……堂流もその人と対峙してるのよね)

 社長室に重苦しい空気が漂うなか、繰はそれを振り払らって、さっきまでのヤヌダークとの会話を寄白に包み隠さず話した。

 寄白は繰にいくつかの質問を返してから、その事情をすぐに飲み込んだ。

 繰が話した大まかな内容は、堂流がバシリスクをヨーロッパに飛ばした理由とその方法。

 蛇がさまざまな国の裏で糸を引き暗躍してたであろうこと。

 政府という組織のマイナス部分。

 寄白はすぐに二条の顔を浮かべた、どこか事務的な当局の代表として。

 そして寄白は繰と会話するうちに、じょじょに態度を軟化させていった。

 「バシリスクは退治された。九久津も枕を高くして寝れるはずだ」

 その寄白の言葉は、九久津への思いやりとともに繰に向けたものでもあった。

 枕を高くして寝る、その表現は呪縛からの解放を意味しているからだ。

 「九久津くんって、堂流が亡くなった日も千歳杉の前で寝てたんだったっけ?」

 「ああ。でもあの日九久津は昼まで、堂流くんと一緒にいたんだけどな」

 「そ、そうだったの? 初耳」

 「ああ」

 「そ、そう」

 (まさか堂流。九久津くんを排斥召喚で飛ばしたりしてないわよね? そんなことしたら九久津くん気絶・・しちゃうか? けど、そのときに蛇の存在を感じて……九久津くん守る理由ならありえるんじゃないのかな?)

――――――――――――

――――――

―――




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください