第156話 朗報×悲報×吉報×凶報

 ヤヌダークとの話を終えた繰は、ふたたび目下の資料に目を通し事務仕事をこなしていた。

 株式会社ヨリシロの株主総会はもう差し迫っている。

 (頭のなかを切り替えないと……)

 繰が机に肘をついたまま、髪をかきあげ細い眉をひそめた、そんなときだった――トントン。と部屋をノックする音がした。

 「どうぞ」

 繰は反射的にドアを見る。

 「失礼します。あの寄白社長、いまよろしいでしょうか?」

 喉が歳を重ねたような、年配の声がドアの向こうから聞こえてきた。

 「ええ。どうぞ」

 ――カチャ。っとドアノブが回ると、胡麻塩頭ごましおあたまの中年の社員が悪びれた様子で顔をのぞかせた。

 「社長。お仕事中すみません」

 「いえ。大丈夫ですよ」

 繰は無意識に手元の資料をデスクの脇へと寄せた、べつに隠す意図などはないのだが習慣的な反射だった。

 紙の束がガサっと音を立てたと同時に繰は聞き返す。

 「それでどうなされました?」

 「あの、一時中止していた六角第四高校の解体工事のことなんですけれども」

 「はい。それが」

 中年の社員は繰の――それが。を反唱した。

 「ですね。六角第四高校から、それほど瘴気がでていないんですけれど……」

 「えっ?」

 「あれなら新築じゃなく改築程度でなんとかできそうでなんですけれど? ダメでしょうか? 解体に無駄にお金をかける必要もないと思うのですが。これは経理部長として私個人の意見ですけれど。減価償却げんかしょうきゃくとの兼ね合いもありまして」

 「ちょ、ちょっと待って」

 繰はまるで歌舞伎のように体を乗りだした、そして手のひらはパーの形になっている。

 見えないなにかでその経理部長を繫ぎ止めているかのようだった。

 「瘴気がでてないって負力がまったくでてないんですか?」

 「そうですね~。自然界にある一般レベルと同等です」

 (どういうこと? 沙田くんが転入してきた朝だって美子がクレアヴォイアンスでカゲを見てたのに……あれは瘴気のはず。……私が六角形の点を壊したから負力の流れが乱れたはずじゃ……あれっ?! そ、そっか五味校長たちが言ってたっけ。私あのときバシリスクのことで頭がいっぱいになっちゃっててすっかり忘れてた。六芒星を壊しても結界には影響がないんだった……な、なら美子が見てたあれはなんなの? 美子はあの朝いったいなにを見てたの?)

 「それってうちの会社で調べたんですか?」

 「はい。ただ厳密には孫請けの白杉工業しろすぎこうぎょうですけど」

 「そう。白杉さんね」

 「まあ、あいだに入って、六角市の地元業者たちを取りまとめているのは黒杉工業くろすぎこうぎょうですけど」

 「そう……ごめんなさい。私まだ下請けさんたちの会社すべてを把握していなくて」

 (ダメね。こんな中途半端で社長なんて)

 「寄白社長。お言葉ですが、早めに覚えたほうがよろしいかと。先代はすべて完璧でした」

 (お父さんは社長になるべくしてなった人だし)

 「うん。わかってるわ。ごめんなさい」

 繰は社員に対する、言葉遣いさえまだ定まっていなかった。

 (忙しさにかまけて四校の工事もおろそかにしてたからな~。私ってなんでもかんでも中途半端……)

 「それで四校の工事はどうなさいますか?」

 「それはいったん保留で。すこし時間をください」

 「わかりました」

 「あっ、あの六角駅のあの柱のキャンペーンはどうなってますか?」

 「ええ。あれはいい反響がきています。イベント的にも成功だと思います」

 「そう。それは良かった」

 繰はホッと胸を撫でおろした。

 「それと今日はアイドルのワンシーズがきてたので相乗効果で駅前は盛り上がってたみたいです」

 「それは渡りに船ね」

 (ワンシーズンか。美亜ちゃん。元気でやってるかな? いつかフロントメンバーになってくれるといいんだけどな~。なんだかこういう話を聞くと蛇はまるでどこかべつの世界のことように思えてくる。緊張と緩和とはよく言ったものね)

 「ただ」

 「ただなんですか?」

 「うちの企画部に連絡があったのですが……」

 「えっ、どこから?」

 「国立病院です」

 「な、なにかあったんですか?」

 「ワンシーズンのメンバーで魔障を発症した娘がでたとか」

 「魔障?」

 「はい」

 繰はお見舞いでも言うように――そう。と呟き――具合は?とつづけた。

 「状態は落ち着いているようです」

 「安心しました。本格的な魔障なら私たちじゃなにもできないですからね」

 「そうですね」

 「それよりワンシーズンのイベントプロモーターって株式会社ヨリシロうちがやってたんですね?」

 「はい。そうです」

 経理部長は繰の社長としての業務態度に疑問を覚えたともに不安を抱いた。

 自分の会社が、いまをときめくアイドルのプロモーションをしていたことを、”社長”自身が把握していなかったからだ。

 「では社長。四校の件よろしくお願いします」

 財務部長は頭をさげた。

 「あっ、はい。わかりました」

 「それでは失礼いたします」

 経理部長はふたたぶ繰に丁寧に頭をさげると、その場で踵を返し退室した。

 (あ~頭がパンクしそう)

 繰は気分転換とばかりに、机の端に置かれていたリモコンに手を伸ばして赤いボタンを押した。

 ――ぶちん。という音ともに液晶に光が宿る。

 そのままチャンネルを回していく、いくつかの番号を一巡し、さらにもう一巡したところで十分間ニュースでザッピングを止めた。

 繰は静かにリモコンを置くと、吸いつくように画面を眺める。

 「今日も金融コンサルタントの穴栗鼠人あなりすとさんと、近猿丹人こんさるたんとさんをお迎えして、お送りしています。今日の株価で気になる点などはありますか?」

 「そうですね。株価としてはさきほど話した通りなのですが。フィンテック銘柄も熱いですね。まあ、銘柄もそうなのですがブロックチェーンなどの技術にも注目ですね」

 「フィンテックとは。ファイナンステクノロジーの略で、いわゆる仮想通貨なんかが――」

 繰は机の株式総会の草案に一度目を向けてから溜息をつくと、ふたたびチャンネルを変えた。

 (なんだかこの番組も気が滅入るわ。まるで私が責められてるみたい……まあそれが社長の宿命なんだけれど)

 切り替わった番組では、ひとりの男性が原稿を読み上げていた。

 「今日の午後、北海道のコンビニエンスストアで、修文しゅうぶん30年と刻印された、777円硬貨で買い物をしようとした男が通過偽造罪で逮捕されました。男性の証言によると――ふつうに買物をしようとしただけなのに、なぜ逮捕されたのかわからない? 国が発行した通貨を使ってなにが悪いのか?――と供述しているということです。現在は造幣局も交えてさらに捜査を継続するようです」

 ――あっ、美子。お嬢さん。

 社員の声が社長室まで聞こえてきた。




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