第150話 改悪する”悪”

「なにって。おまえとただ会話してるだけだよ。それとも俺の焔が欲しいか?」

 「はっ?」

 「さっきの焔。喜んでたろ?」

 「そんなわけないでしょ」

 ヤヌダークをそう言いながらフランベルジュの具現を解除した。

 「こんかいは……」

 ロベスははなから、ヤヌダークの答えなど聞き入れるつもりはなかった。

 {{炎色反応}}:{{銅}}

 ロベスの両手から焔の先端が顔をのぞかせそのまま上空へと伸びていった、だが、ある位置で成長をやめるように止まった。

 どうやらロベスの手から一メートルほどの場所で留まっているようだ。

 揺らめく焔は新種のオーロラのようで、青とエメラルドグリーンの二種類のグラデーションを形成している。

 ロベスの手で飼うペットのようにメラメラとうごめく。

 「ほらよ」

 ロベスはヤヌダークに向かって焔を放つと、自分はぴょんと後方へと飛んだ。

 (マズい。あいつの能力【曲芸する焔フレイム・サーカス】)

 ヤヌダークは瞬時に身構える。

 {{オルレアンの障壁}}

 ――ダン。ダン。ダン。

 地面から三段階に分かれた分厚い壁が出現した。

 ヤヌダークから向かって、一枚目の壁が二十センチ、二枚目、四十センチ、三枚目は六十センチとニ十センチ加算されていく壁だ。

 ヤヌダークは壁の厚さによりも高さに気を使った。

 (一、いや二メートル)

 そのまま、高さをコントロールする。

 ロベスから放たれた、青と緑のグラデーション火球はヤヌダークの上空を軽々と通過していった。

 ヤヌダークの出現させた壁はロベスの暴投によってまったく意味をなさなかった。

 ロベスはわざとらしく――あっ、と声をだしている。

 「どこに向かって、投げたのよ?」

 (絶対にわざと)

 ヤヌダークは間髪入れずに一段目の壁に飛び乗った、アスレチックのように二段目に飛び移り、そして三段目に飛び乗った。

 壁の角を蹴り上げて天高く舞う、ヤヌダークの視線が捕らえた下方向には、まだ焔を放ったモーションのロベスがいる。

 「ミスった。コントロールが効かなかった。その壁って武器なのか? 防具なのか?」

 ロベスが頭上のヤヌダークを見上げている。

 二人の視線がぶつかった。

 {{十字槍}}

 「こっちだって、やられてばっかりじゃないのよ!!」

 ヤヌダークはその勢いのままロベスに槍を向けた、――ざくっ。ヤヌダークの手には確かな手ごたえがあった。

 槍のさきがロベスのマントごと切り裂いていた。

 ロベスの右肩から出血点が見て取れる。

 だが、ロベスはその攻撃がなかったかのように話をつづけた。

 「なあ。悪人ってのはななんど転生したって悪人なんだよ。魂そのものが悪に満ちてるからな」

 ロベスはヤヌダークを見据えながら、左手を右肩に添えた。

 左手の指のあいだからわずかに血が溢れている。

 「なかにはその考えを改める人だっているわよ」

 「そうかな?」

 ロベスの自分が焔を放った空をボーっと眺めている。

 まるで目の前にヤヌダークが存在しないのように。

 (なにを企んでるの?)

 逆にそれがヤヌダークを警戒させる、自分の槍で傷ついたはずなのにその相手てきをまったく見ていないからだ。

 ヤヌダークはそれが気がかりだった。

 「ああ。そうだ。そういやトレーズナイツのなかに裏切り者がいるって知ってた?」

 「また口からでまかせを?」

 「そう思うなら、まっ、いいや」

 ロベスは人に悟られないほど小さく冷笑を浮かべていた。

 口の端も目尻もひどく吊り上がっている。

 そこでクツクツと声を殺す。

 「そんな話誰が信じるっていうのよ」

 「いいよ。だって嘘だから」

 (なんなの、ほんと腹立つ)

 ヤヌダークの注意力が削がれていく、そんなときヤヌダークは不思議な感覚に陥った、飛び上がってもいないのに、自分の体が規則的に揺れるのを感じたからだ。

 ――ゴゴゴゴ、ドドドド、そんな地鳴りが近くづいてくるようだった。

 「な、なに?」

 やがてそれは現実のものだと知る。

 「……ん?」

 (本当に揺れてる)

 ――ゴゴゴゴ、ドドドドが増幅していく、さきほどよりも大きく地面が揺れた。

 暗渠のなかすべてが揺れている。

 グラっとしていた揺れが、グラングランする揺れに変わった。

 ヤヌダークはとっさに後方を振り返る。

 全身緑色でボコンとして体格のいい茶色の腰布だけをまとう魔獣が走ってきていた。

 その魔獣はスキンヘッドで尖がった耳と奥目そして下顎から突きだした二本の牙が特徴的だ。

 なかには同じ外見でありながら全身黄色の者もいる。

 ぼてぼてとした体に似合わずに、走るスピードが速い。

 「あれはオークとゴブリンの編成隊……数十体はいる。……なっ?!」

 ヤヌダークはロベスへと向き直した。

 「あんた、なんて残酷なことを」

 先頭を走るオークとゴブリンを追ってきたのは、火だるまになったオークとゴブリンだった。

 肉の焼けこげる臭い、白と黒が混ざった煙り、魔獣たちの悲鳴と咆哮。

 暗渠に沿って、ヤヌダークのほうへと洪水のように押し寄せてくる。

 ――ゴゴゴゴ。という重たい音が何重にも重なっていた。

 (私たちのずっと後方にあらかじめオークとゴブリンを集めておいたのね。そこさっきの火球を放つ。そしてその群れの最後方さいこうほうすれすれにそれを落とす。そうすれば、当然最前線にいるオークもゴブリンも私のほうへと逃げてくる。中盤のオークとゴブリンも後方の火に巻き込まれたくないから前線につづく。最後尾は自分の意思など関係なく、拓かれた道をただ進むだけ。そう火に包まれながら)

 「狂乱状態を作ったのね?」

 (オークとゴブリンの洪水が廃墟の暗渠を走ってくる。下級アヤカシだからってなにしてもいいと思って)

 「知らない」

 「あいつら見境なく暴れまくるわ」

 「まるでバーサーカーだな。くく」

 ロベスはまた笑い声を押し殺した。

 半分だけの蝶も羽ばたきで歓喜しているようだった。

 「でも、俺って恐怖を強いるが得意だからさ。政治・・でもなんでも」

 「あんたね」

 「オマエはやらなくていいこと・・・・・・・・・・をやった・・・・。なんでかな? やらなくいいことだったのにさ」

 「また意味不明なことを」

 「だから自由を与えてしまいましたとさ~めでたし。めでたし」

 ロベスは昔噺むかしばなしの締めのようなイントネーションで言った。

 「とりあえず。あいつらヨロシク。じゃあ、またな」

 ロベスは負傷した肩を押さえながら、後方に二度、三度ぴょんぴょんと跳ねた、人の跳躍力では飛べない高さだが、能力者ゆえにそれも可能だ。

 そして去り際――二週間後。××埠頭。

 捨て台詞を残した。

 ただそれを捨て台詞とするにはあまりに意味が伴ってはいない。

 「……?」

 (くそっ。完全にペースを崩された。まずはあのオークとゴブリンをなんとかしないと。地の利を逆手にとられた……。急がないと近くの町がアヤカシの鉄砲水に呑まれてしまう)

  {{オルレアンの障壁}}

 ――ダン。ダン。ダン。ダン。ダン。ダン。ダン。ダン。

 八枚の壁が、オークとゴブリンを迎え撃つ。

――――――――――――

――――――

―――




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください