第147話 命価(めいか)

 

九条は整然とされた棚に手を伸ばした。

 資料保管室のなかは几帳面なほどに整理整頓されている、事務職員が毎回きれいにしているのだろうと思いながら棚から飛びだしたインデックスに指を這わせた、ある特定の日付けを探して視線を左から右へと流す。

 (こういうときって、映像紛失ってのが相場だったりするんだよな)

 指先が急にストッパーでもつけられたかのように、ここぞという的確な位置で止まった。

 「ここか」

 レンタルショップで目当てしなを見つけたかのようにCDケースを手にとり、日付けと術者の名前を確かめた。

 【執刀医:四仮家元也】

 表計算ソフトで作った簡易シールがぺったりと貼ってある。

 表面はツルツルした素材ではなく、和紙のような手触りのシールだ。

 「これだな。この素材なら貼ったり剥がしたりすれば跡が残る」

 九条の手に持つDVDにもケースと同じ素材のシールが貼ってあった。

 (すり替えの防止策か)

 視聴覚室に備え付けられたデッキにDVDを入れて再生ボタンを押した。

 九条は椅子に腰かけ、ゴクっとからの空気を飲み込む。

 脇の小さなテーブルにリモコンをそっと置く。

 カタっという音とブチっという音がちょうど重なったとき、映像が再生された画面の右上にははっきりと【REC】という赤い文字がある。

 映像が流れると同時に若い女性の掛け合いが流れてきた。

 そのひとりは現在の看護師長で、いまよりもすこしだけスリムだ。

 「これもう録画されてるの?」

 「ちょっと待ってよ。ランプついてるから録画されてるよ」

 「もう薄暗くなってきたね。患者さんもう着くかな?」

 「あと数分くらいだと思う」

 九条がいま観ているのは国立病院の玄関前の撮影風景だった。

 ただそれは十年前・・・のだが。

 国立病院はY-LABと併設されているため、表立った入口は用意されてはいなかった、そのため関係者だけが知る玄関扉がある、そこが急患の受け入れ場所だ。

 九久津堂流の搬送に立ち会った現看護師長と、もうひとりの看護師がビデオを回している。

 「四仮家先生が絶対に助けるって」

 「搬送されてくるのって九久津堂流くんでしょ。六角市のために命を懸けてくれてるんだから。私たちも全力で治療に臨まないと」

 「そうだね」

 九条の表情が陰った。

 暗雲が立ち込めるそんな比喩が似合うほどに。

 だがそのまま黙って映像を見入っている。

 (九久津堂流の搬送前から撮影してるのか? ……バシリスクの毒の浸潤速度を記録するため……か。こういうデータが蓄積されてやがて血清が作られる、現時点でもバシリスク、ミドガルズオルム、ヨルムンガンドなど同族の完全な血清は作られていない。それもこれも化学式のサブタイプが違うためだ。蛇毒は大別すると神経毒、出血毒、筋肉毒の三つに分かれる、そこに負力の構成要素が加わるとさらに複雑さが増す。……未来さきのことを考えて、か。これも四仮家先生の指示だろうな)

 そのわずかな時間で九久津堂流が到着した。

 「すぐにルート確保」

 「はい」

 緊迫した雰囲気のなかストレッチャーはガラガラと音を立て院内へと入っていった。

 (想像以上に毒の影響が強いな……だから余計にわいてくる違和感……)

 いったん画面が途切れると、つぎはオペ室の映像へと切り替わった。

 見切れるように壁時計がチラっと映り込み、カメラの焦点は命の期限を刻むタイマーを映しだした。

 オペ室ではこのカメラのほかにも、三台のカメラが様々な角度から九久津堂流を撮っていた。

 オペスタッフがカチャカチャと金属の擦れる音をたて慌ただしくオペの準部をはじめた。

 「みんなやれることを全力で!!」

 四仮家の声を合図にタイマーが一秒をカウントする、そして二秒、三秒と進む。

 いざ手術開始になると、それぞれが自分の持ち場で懸命に仕事をこなしている。

 たとえいまこの瞬間大地震がこようとも、誰も持ち場から離れることはないだろう、それほどにオペに集中していた。

 九久津堂流の手術の映像が刻々と流れていく。

 映像には四仮家が指揮をふるい、スタッフ一同九久津堂流を救おうとする一部始終が残っていた。

 九条が見る限り、経皮的心肺補助装(PCPS《ピーシーピーエス》)も、正しい使用法で使われていた。

 もちろん四仮家が脱血させた血液を運びだすような素振りもいっさいない。

 ましてやオペ中に不審な動きする者などいない、仮にあったとすればカメラの死角をついたときと映像に意図的な改竄を施した場合だけだ、だが九条はその場には誰の企みも思惑もないと感じた、ただ真っすぐに九久津堂流を救うためだけに医療スタッフは存在している。

 同じ医師ゆえにその空気を感じ取った。

 四仮家に対する不信感はさらにグラグラと揺らぎはじめた、それどころか只野の恩師である理由がよくわかった、自分にとっても尊敬に値する医師であることが画面から伝わってくる。

 (できうる限りの完璧な処置だ)

 さらにはこの状況でも九久津堂流に能力を使わない違和感を覚えた。

 (九久津家は六角市でも名家寄白家の補佐。金でなんとかできるならいくらでも払うはず……そうしない理由。命に値段はつけられないからか? もし金のために能力を使うなら、とっくに使っているはず。ボクは根本的に間違っていたのかもしれない。いまの状況で犯人になりえる人物をピックアップした場合ただ四仮家先生だけが合致したにすぎない……)

 資料を観るというより、九条になにか・・・を教えた映像はすでにノイズになっていた。

 断続的にプツップツッと途切れると画面はやがて真っ暗になった、先程まで一分一秒を正確に刻んでいたDVDデッキのアナログ数字も止まっている、もうこれ以上の映像はないことを現していた。

 同時に九条の推理も行き詰った、だがそれはこの映像を再生したときからわかっていたことだった、最初に九条の表情が陰った理由、それは自己の推理破綻だ。

 現看護師長たちのある一言を聞いた時点で九条の推論はもうほころびはじめていた。

――四仮家先生が絶対助けるって。

 このセリフひとことがどんな証明よりも物語っていた、四仮家の医師としての使命と矜持きょうじを。

 もしこの言葉を看護師たちに言わせた上で、四仮家がビデオ撮影の指示をしていたのなら、そうとう用意周到なアリバイ作りだ。

 だが、そんな想いももうひとりの九条が心で反論した。

 ――そんなことなら最初から映像なんて残さない。

 ――そうだ。

 ――そうだろ。下手に映像を残して、なにかの手がかりを残すくらいなら撮らなきゃいい。

 ――それを動画画像で残したんだ、その意味はただ純粋に魔障医学の発展ためだ。

 ――コンコン。と視聴覚室をノックする乾いた音。

 「はい」

 九条はとっさに返事を返した。




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