第144話 転生の証明 ―魂の重さ 二十一ミリグラム―

 いったい何時間働いてるんだ?

 大人になれば否応なく働かないといけない、でも動けないくらい疲れたときはどうすればいいんだ?

 俺みたいな学生ならまだ融通をきかせてくれるんだろうけど。

 責任を背負って休むに休めないそんな大人も多いはずだ……学校でも先生たちは、命を削って働いてた、両親おやもそうか。

 きっとこれも莫大な負力になるんだろう。

 「沙田くん。すこし時間いい?」

 近所で知り合いに声をかけるようなニュアンスだった。

 「はい。大丈夫です。逆にこっちが訊きたいくらいです。さっきの話」

 只野先生はホワイボードに最初から書かれてた魔障や治療法をクリーナーでささっと消すと、粉受けから黒いマジックをとりキャップをはずした。

 ボードの右端でグシャグシャと試し書きをすると、つぎは左上に「・」をちょんと打った。

 「能力者は日常時でも常人の極限時の力をすぐに使える、ただしそれを使わなくてもいいわけ」

 「どういうことですか?」

 「机の上から消しゴムが転がり落ちる。それは火事場かな?」

 「いいえ。そんな場面はふつうにありますよ」

 「そう。キミがそこで力を使って消しゴムを掴むとボロボロになってしまう。だから能力者は力を発揮する場面ではないと無意識に制御する、けれど戦闘時には脳は瞬時に火事場だと判断する」

 「ああ、そういうことですか。臨機応変に切り替えるんですね」

 「そう」

 只野先生はいま言ったことに加えて簡単な絵も交え、ホワイトボードに書いてった。

 マジックがキュキュっと音を立てる。

 なんだか学校の授業を受けてるようだ。

 「さっきの話に戻るけど。人間の脳は10%しか使ってない、と」

 すこし言葉を溜めてつづける。

 このあいだも手が文字を書きつづけてた。

 「言われている。この話は嘘で最近の研究では、ほぼすべての脳を使用しているという結果がでた。かつて脳の90%は使用されていないと言われた」

 小さな子供が迷路を書いたように、うにゃうにゃした絵を書いた。

 誰が見てもわかる脳の絵だ。

 「サイレントエリアと呼ばれる脳領域を使用していると、ね」

 絵の中央を一定のリズムで何重にも円で囲う。

 周回するたびにマジックの線が太く濃くなった。

 「脳が10%しか使われてないって話は聞いたことがあります」

 「ただ実際の人間は10%以上脳を使用してはいる、が、残りの使用量はせいぜい20%から30%。だから常人は30%から40%程度脳を使用していることになる。じゃあ残りの60%から70%を使っている人間とは?」

 「えっ?」

 マジックのさきが俺を見てる。

 只野先生はマイクを向けるように俺を指した。

 そっか、そうか。

 「も、もしかして、俺たちのような能力者」

 「そう。能力者は生存時に星間エーテル・・・・・・を活動させている」

 「星間せいかんエーテル?」

 「現実世界では“魂”と呼ばれるもの。つまり魂の正体」

 只野先生はマジックのペンさきを逆にして、自分の胸の中央を数回トントンと叩き――魂はここではなく。と言った。

 そして、コメカミにマジックを当て――ここにある。と俺を見る。

 さらに――医学的にも心は脳に存在るということが証明されている。と繫げた。

 「魂……」

 いつの間にか俺たち能力者の核心に迫ってきたようだった。

 これってきっとAランク情報だろう。

 「人は死んだ瞬間二十一ミリグラム軽くなると言われている。それはつまり魂の離脱。まあ僕としてはすべてが二十一ミリグラムという一定値なのは納得いかない部分もあるけど。ただそこをべつの視点で見ると二十一ミリグラムとは、魂をふくむ入れ物の総量なのではとも思ってるんだけどね。これはすべての生物に当てはまる、ある種の統一規格なんじゃないかと。箱に入るものとはその人の嗜好、思想、技術スキルなどさまざま、つまりその人の個性の詰め合わせ」

 「ってことは、生物の魂にはすべて互換性があると」

 「うん。そう思ってる。最近はY-LABとこの研究を進めてるんだよ。エーテルという物質は液体、個体、気体でもない第四体でね。火や光がこれに当たる。まあ、ほかの説を唱える研究者もいるかもしれないけど」

 只野先生は子供のように目を輝かせて、夢中になってた。

 大人の人がこんなに楽しそうに話をする光景はあまり見たことがない、仕事もこんなふうに楽しんでできれば誰も苦しまないのにな……。

 俺にはわからないけど、只野先生のこの発想は新しい発見なのかもしれない。

 手で箱の形を作って魂が移動するジェスチャーをしてた。

 救偉人の勲章をもらえる人が考えることだ、きっとすごいことなんだろう。

 誰もひらめかない発想を思いつける人。

 「もし、これが証明されれば”生きることに”に苦しんでる人にも希望を与えられるんじゃないかって思うんだ。たとえばつぎは植物になってゆっくり生きてみたり、海月くらげになって、なにも考えずに海を漂うとかね。おっと脱線、それでだけど」

 「あっ。はい」

 只野先生は、いろいろな要点をふくめて、さらにホワイトボードにわかりやすくまとめてくれた。




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