第143話 忌具(いみぐ)と望具(ぼうぐ)

「まあ、医師ふくめ医療関係者とY-LABのスタッフは、つねに患者さんのQOLクオリティ・オブライフ向上を考えてるからね。そう言えばさっきの能力者特有の反応って話にも繋がるんだけど」

 只野先生は机の上に置かれてる、マウスにそっと触れクリックした。

 ガチャと重い音がするとハードディスクがジジジっと鳴る、いままで黒い画面だったディスプレイがある画像に変わった。

 そのは誰もが一度は見たことあるくらい有名なものだ。

 円で囲まれた中に、もさもさ髪の裸の外国人が大の字で立ってて、そこにもうひとりTの字の裸の外国人が重なってる図だ。

 「これはウィトルウィウス的人体図」

 只野先生はディスプレイに触れるか触れないかの距離で指さした。

 「ウィ、ウィトルウィウス的人体図?」

 噛みそうな名前だな。

 「この絵に名前があったんですね?」

 「うん。あの稀代の天才。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたもの。最近じゃ医学のシンボルとしても扱われているしね」

 「そうですよね。よく見かけます」

 「僕らはこれを胸に日々医療と向き合う」

 ダ・ヴィンチか。

 四階のモナリザもダ・ヴィンチが書いたんだよな。

 あれは日本全国どの学校でもコピーを使ってるんだろうけど。

 ってことは、この絵が四階にあれば……動く……かもしれない。

 ただ学校の七不思議でウィトルウィウス的人体図これが動いたなんてことは聞いたことはない、きっとアヤカシになってもそれほど脅威にならないだろう。

 負力もあまり溜まらなさそうだし……ん?

 この絵ってどっちかって言ったら、いほうのものだ。

 ということは……。

 「あの、いまふと思ったんですけど。希力が物に宿ることもあるんじゃないんですか?」

 「ん?」

 只野先生は、ハッとした感じで目を細めた。

 ――そんなものはない!! ってことか?

 「あっ、えっと、いや、なんでもないです」

 ……そうだよな。

 「あるよ」

 えっ?! あっけなく肯定された。

 否定よりはいいことだよな。

 「望具ぼうぐと呼ばれる物が」

 望具……か、忌具とは反対の存在。

 「あ、あったんですね」

 「うん。闇があれば光もある。つまり忌具があれば望具もあるってこと。ただ世の中を見てもわかるように、苦しみが多いのと同じで、全世界の望具も圧倒的にすくない」

 負力が多いからアヤカシや忌具が産まれる。

 だから魔障の患者も増える、そしてここ、国立病院のような場所が忙しくなる……仕組みとしてはシンプルだな。

 負力がなくなれば全部が解決するけど、それはすべての生物がいなくなることと同じだもんな。

 永遠に解決できない循環か……。

 「望具ってたとえばどんなものが……」

 「そうだな。神器なんて呼ばれる物だね。たとえば草薙くさなぎの剣とか、あとはこの世界の成り立ちのときに、刺さっていたというロンギヌスの槍・・・・・・・とか。有名な神々の武器だね」

 「伝説の武器ですね」

 でも、近衛さんの使うあの柱もソロモン王のだし。

 あと忌具保管にはパンドラの匣もあったな、こっちは忌具ってことになるか。

 神器も世界に散らばってるんだ。

 「そう。セイクレッド・キュレーターつまりは望具保有者ぼうぐほゆうしゃ。そういう望具を扱える能力者がいるらしいよ。あくまでも噂だけど」

 セイクレッド・キュレーター……。

 望具を扱う人。

 そんな能力者がいたのか。

 「沙田くん。その分だと能力者としての人体構造とか習ってないでしょ? 多少なりもと魔障医学にも通じるんだけど?」

 「えっ、なんですか? それ」

 「たとえば火事場のバカ力ってあるでしょ?」

 「はい。あの極限状態にだせるあの力ですね」

 「そう。あの力はふだん脳が制御してるんだけど、緊急事態にはリミッターをはずすために人間離れしたことができるんだよ」

 「あれは科学的に証明されてるんですか?」

 「うん。理由もね。あの力を日常的に使用すると人体構造状上、肉体が耐えられないから、ここぞというピンチのときに瞬間の力として発揮するんだよ」

 「へ~」

 「ただ、能力者と言われる人物は日常生活でも火事場のバカ力をデフォルト使用できる」

 「そうなんですか?」

 「キミの身体能力も相当だよ」

 只野先生はさっと立ち上がると診察ベッド奥のカーテンの影に隠れてた、ホワイトボードを転がしてきた。

 ガラガラとキャスターが転がる音と、カツカツというナースシューズの音が混ざった。

 さっきの看護師さんが診察室に戻ってきたのか。

 ――救偉人の先生が良いって。揉めてた患者さんの対応で診察室からでてった看護師さんだ。

 「どうなったの? さっきの患者さん」

 只野先生が、興味津々で訊いた。

 「それがですね。私が九条先生を私が呼び止めまして――この先生は厚労省から派遣されたすごいお医者さんです。って言ったら急に態度が変わってぜひ診察してほしいってことになりまして」

 「じゃあ、九条先生が?」

 「はい。そうです。なにかのオペ映像・・・・を探しに行こうとしていたみたいなんですけど、快く診察してくださいました。九条先生にはご迷惑をおかけしました」

 看護師さんは只野先生に頭をさげた。

 たぶん混乱してるんだろうな、本当は代役の九条先生って人に頭をさげるところを看護師としてほかの先生に迷惑をかけてしまったってことを、本来の主治医である只野先生に謝ったって感じかな。

 板挟みというやつだ。

 「いいよ。いいよ。九条先生にはあとで僕からもお礼を言っておくから」

 「すみません。あの患者さんなにか肩書のある医師なら誰でもよかったんだと思います」

 「そうみたいだね」

 只野先生は苦笑した。

 でも、この看護師さんの行動は正しかったってことだ。

 「ちなみにあの患者さんの魔障は?」

 「罰当ばちあたりです」

 「罰当たりか」

 さっき患者さん、ば、罰当たりだったのか。

 な、なんか、なくなるべくしてなったような気もするけど……

 「けど罰当たりも、ほんのかすり傷ていどのあとだったんですよ。これが聖痕せいこんだったら、大変ですけど」

 「でも、罰当たりだって大小さまざまだからさ」

 「すみません。私、看護師なのに。そうですよね。なんせ罰当たりは只野先生が魔障専門医になったきっかけですもんね」

 「まあね」

 えっ、只野先生が罰当たり?

 「けど僕は自らすすんで涜神行為とくしんこういを働いたわけじゃないし」

 「そうですよね。そこを恩師である四仮家先生に救われたんですものね」

 「そう。そう。四仮家先生がいなければ、いまの僕はなかったね」

 へ~、そういう経緯で魔障専門医になったんだ。

 べつに神社とかで失礼なことをしたわけじゃないってことだよな。

 只野先生もどこかの医者に助けられたのか……よく聞く話だ。

 救ってくれた人に憧れて、その人と同じ職に就く、医者、警察、消防士、救急救命士とか。

 只野先生の場合は、四仮家先生って人が恩師なんだ。

 「あっ、もう沙田くんの診察終わったから、これ受付に回しておいて」

 ホワイトボードにもたれていた只野先生は、軽やかに机に手を伸ばすと卓球の素振りのように勢いよく、その看護師さんにカルテを手渡した。

 ブワと空を切る音と一緒に白衣が揺れた、なんかスゲーかっこいい。

 「あっ、はいわかりました」

 看護師さんはカルテを手に一礼すると出口に向かった。

 俺をそれを呼び止める。

 「あのすみません。金髪の女の子ってまだ・・椅子に座ってましたか?」

 「ええ。あの子なら静かに座ってあやとりしてましたよ」

 「あ、あやとり?」

 「はい」

 エネミーにあやとりの特技があったのか。

 「なんでもお友達に教えてもらったとかって言ってました」

 お友達……? ってことは社さんか、でもなぜあやとりを?

 ……社さんのドールマニュピレーターに関係あんのかな。

 まあ、大人しくしてるならいっか。

 「そうですか。ありがとうございます」

 「いえいえ。ではお大事に」

 「はい」

 「けど、あの女の子なんだか幼児っぽいかわいい女の子ですよね?」

 「えっ?」

 どういう意味だ?

 「えっと、いや、なんていうか高校生にしては幼さないっていうか」

 あっ、そっか、生まれたてのシシャの幼稚さのことか。

 「まあ、それが、エネ」

 ここで名前を呼ぶとまた彼女とか言われる。

 「エ、えっと、あの子の個性なんです」

 「そうですか。まあ、高校生でもいるかな~。う~ん。いるか」

 看護師さんは首をかしげてなにかを思いだしてる。

 「そういえば私が高校生のときにもいたかな~あんな雰囲気の子。赤ちゃんのみたいにみんなが集まってくるような」

 「あの、呼び止めてすみませんでした」

 俺がそ言うと嫌な顔ひとつせずに笑顔を返してくれた。

 「いえいえ」

 ただ、そう答えた言葉とは裏腹に、すこし疲れが見えた。




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