第141話 発症

 「そう。じゃあしばらく様子を見ようか?」

 「はい」

 「えっと点眼薬で、赤い涙を透明に変えるものを処方しとくけど。いいかな?」

 「はい」

 「……けど……」

 けどって? なんでそこで止めるんだ。

 只野先生はカルテに文字を書きつつ言葉を切った。

 手を動かしてる最中は、俺じゃなくて目の前に仕事に集中してる、腕がさらさらと薬の名前を綴っていく。

 独特なそのから、つぎは結構大事な話をされるんだろうなってすぐにわかった。

 診察室にどこからともなく静かな空気が流れてくる、これからなにを言われるのか?

 緊張する……只野先生はこっちを向かない。

 の、喉が渇く。

 「沙田くんの症状って慢性的だよ」

 えっ?! 俺は只野先生の横顔と会話する、そして腕が止まるとこっちを向き直した。

 真剣な眼だった、慢性的ってことは、ふだんの生活でも症状がでてたってことだよな。

 でもいままであんな赤い涙なんて流したことはない……。

 「もっと、むかしから異変はあったはずなんだけど……」

 俺は、それに気づかずに生活してたってことか。

 高二になるまでずっと……?

 「おそらくは十年・・くらい前から……心当たりはないかな?」

 「十年前ですか? いいえ。ないです」

 自然に首を横に振ってた。

 十年前?

 十年前か……謎だ。

 十年前、俺になにがあった?

 「問診票を見させてもらったけど。魔障発症のきっかけが忌具じゃないかって……あれはどういうこと……?」

 「あっ。あれは僕が忌具保管庫に入ったときに赤い涙がでたので、もしかしたら関係あるんじゃないかと思いまして」

 「そっか。なかなか鋭い洞察力だね。ちなみにそこで触れた忌具の種類はわかるかな?」

 「種類ですか?」

 九久津の家に行って、一番最初に関わった忌具ってなんだっけ?

 えっと、最初は……壺、そうだ壺。

 九久津の罠によって、壺に手をつっこんで取れなくなったんだった。

 そしてつぎがあの本物っぽい預言の書を読んだ……そのあとは座敷童が飛びだしてきたパンドラの匣、最後がパープルミラーだ。

 「えっとですね。カラクリの壺。預言の書。パンドラの匣。そしてパープルミラーです」

 俺は思いだした順番で言った。

 「そっか。ちょっと待ってね」

 只野先生はおもむろに立ち上がると、もうすぐ天井につきそうな本棚の前に向かって歩いてった。

 ガラスの扉をスライドさせて、まるで宝探しでもするように指をジグザグに動かしてる。

 俺がいることを忘れたかのように夢中でなにかを探しはじめた、そして空中のある場所で指先が止まった。

 手に取ったのは分厚い辞典だった、ここから見てもスゲー硬そうなカバーだとわかる。

 辞典の表表紙から背表紙、そして裏表紙までを横断して上下に金色の線が走ってた。

 背表紙には“忌具辞典”という金箔張りのタイトルが見える。

 本の厚みだけ忌具が載ってるのか、てか忌具ってあんなに種類があるのか?

 しかもシリーズって文字が入ってるし。

 あっ、そっか、世界中の忌具が掲載されてるんだ。

 とすると、まだまだほかにも辞書があるってことだ。

 只野先生は手の平を最大限に広げて忌具辞典をつかむと、ドンと音を鳴らして机に置いた。

 椅子に座ったあとは、また俺を置き去りにして、辞典の真ん中で真っ二つに割った。

 ――えっと。と一言口にすると、そこを起点にペラペラとページをめくりはじめた。

 俺がちらっと盗み見すると魔境の項目だけでも、ものすごい数があった。

 【ディオ・スペッキオ】。

 イタリアのレベル五の忌具がかすかに見えた。

 あれっ?!

 俺はその鏡を知ってる気がする……忌具保管庫に入ってすぐ目した鏡だ。

 ――聖書にでもでてきそうな鏡。って思ったんだよな。

 ……でも決定的に違う点があ、それは鏡本体にあった文字だ。

 あの鏡には“A”と“C”って文字があった。

 九久津が――兄さんがACミラーって呼んでた。ってセリフがあったからよく覚えてる。

 まあ、世の中のお宝でも、見た目はそっくりで価値は雲泥の差ってのも多いしな。

 「えーと。【啓示する涙クリストファー・ラルム】に関連がありそうな忌具はっと……」

 只野先生は独りごとのように、声をだして忌具を調べてる。

 ただ俺は申しわけない気持ちになった……もっと早くに言うべきだった。

 それなら、こんな手間をかけさせることもなかった。

 「あの~すみません」

 「ん、なに?」

 只野先生は、俺に目を向けることもなく、まだ忌具辞典をめくってる。

 「僕が関わった忌具ってレベルゼロのフロアにあったガラクタなんで、たぶん【啓示する涙クリストファー・ラルム】には関係ないと思います」

 俺がそう言うとすこしの沈黙があった。

 カサっと紙をめくる音だけがする。

 「いやいや」

 只野先生は、またページをめくる。

 「そんなことないよ」

 指先がページの右から左へと流れた。

 「レベルゼロのフロアでも、忌具であればそれに障られることはあるから」

 えっ、そうなの?

 俺の言葉はいきなり否定された。

 「レベルではなく。忌具か否かで判断するんだよ」

 只野先生がそう返したとき、そこでピタリと手が止まった、そのページをまた指先が動く。

 口元がなにかを呟いてる。

 「えっ、そうなんですか?」

 やっぱり、俺は素人だ。

 プロはスゲーな。

 そういや校長が言ってたっけ――下の階層に負力が流れるくらいなら、ゼロのフロアのガラクタに負力を入れたほうがいいって。

 ガラクタでも負力が入ればそれはそれで忌具になる、そうなればレベル関係なく障られることがあるってことか。

 「預言の書。これに共鳴して赤い涙を流した前例がある」

 「預言の書ですか……?」

 「うん、そう。まあ、預言の書って言っても世界には無数に存在するからね。一概にそれが原因とも言えないけど」

 預言の書ね~内容は、えっと、なんだっけ。

 俺は思い返す。

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 【黙示録もくしろく~終わりの始まり~】

 終焉しゅうえんの足音が響く刻

 天空より舞い降りる 白き衣をまといし 双翼そうよくの者

 絶望をはらんだ黒き魔獣は 咆哮ほうこうの果てに漆黒しっこくの化身となる

 だがそれも聖なる御剣によってしずめられる

 白き衣の者は最後の“ひとつ”となる

 矮小わいしょうなその手に 矮小わいしょうな球体を持って消え行くのみ

 猫はただ透明な水に両目を塞がれた

 そして始まる百花繚乱ひゃっかりょうらんの“終焉しゅうえん

 灰色の叢雲むらくもが世界を覆うだろう

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 俺はなぜか、すべての文言もんごんを覚えてた。

 たぶん、一言一句間違ってないだろう。

 「……【啓示する涙クリストファー・ラルム】の病名にも入ってる。啓示とは。――よくわかるようにあらわし示すこと。つまりは預言と同義だからね」




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