第140話 カルテ:病名 【啓示する涙(クリストファー・ラルム)】 

 

「そうですよね。魔障専門医ってだけでも、すごく難しい勉強をしてきた人なんですよね」

 「僕もそう思うよ。医師になった時点でほかの先生との差なんてないんだけどね。そこはあまり理解されないかな」

 只野先生のこの言葉は本心だろうな。

 でも、やっぱり患者の立場なら、魔障専門医と救偉人の魔障専門医なら救偉人の先生を選んでしまう気がする。

 わかってるんだよ、どっちもとてつもない努力のうえで取得した国家資格だって、それでも付加価値のあるほうを選びたがるのが人間なのかもしれない。

 「さあ、目を診せてもらっていいかな? すこし眩しいけど我慢してね」

 只野先生は患者に対してフランクな接しかたをする。

 俺にはこっちのほうが合ってる、ものすごくかしこまった先生よりも上から目線の先生よりも、これくらいがちょうどいい。

 「あっ、はい」

 只野先生は俺の下瞼したまぶたに指をかけて引っ張った、ああ粘膜が乾く。

 なにかコンサートのペンライトみたいなのをかざして、両目を診てる。

 うわっ、眩しすぎ。

 ――カチャ。只野先生はライトの電源スイッチの近くにあるボタンを回して、光の色をなんどか変えた。

 その度に俺の目を診る、そういう診察方法なんだろう。

 「うん。異常なし」

 早っ!! そっこー結果でた!!

 しかも異常なしでっせ? 校長。

 どういうことだ、九久津も近衛さんも魔障だって言ってたのに。

 あの症状はいったいなんだったんだ?

 じっさい俺の指にも赤い涙がついたんだけど……どうなるんだ俺?

 まだ目がチカチカしてる。

 「えっ、本当ですか?」

 「うん。本当に健康だよ。じつに高校生らしい……と言いたいけれど……」

 只野先生は、そこで言葉を切った。

 ――と言いたいけれど。ってこれにつづく言葉はあんまり良い予感がしない。

 これは重大発表くるのか。

 心臓がバクバクする。

 そして会話がつづく。

 「スマホやゲームもほどほどにね」

 えっ?! そ、それだけ。

 魔障的にはあまり重大なことは言われなかったが、一般的には的確なこと言われた気がする。

 「は、はい。控えます」

 「その点を踏まえても健康だよ」

 「そうなんですか。けど、僕の目は魔障じゃ?」

 「……誰が言ったの?」

 只野先生はそう言って口を尖らせたと思う。

 と思ったってのは、俺の視界がまだチカチカしてて、景色がはっきりとは見えないからだ。

 俺はなんどか目をしばたたかせた。

 「近衛さんです」

 「近衛さんって? ああ~」

 やっぱり知り合いか。

 当局の人間と国立病院の医者だ、知り合いじゃなきゃおかしいけど。

 「ここを設計した人だね。国立病院とY-LABの」

 「えっ、近衛さんがこことY-LABを?」

 「うん。そう」

 「本当ですか?」

 やっぱりか~、だよなー。

 なんかそんなふうに感じたし。

 「そうだよ。ここって外から見ると窓がないのに、院内に入ると陽が射し込むことに気づいてた?」

 「はい。どういう仕組みなのかな~って疑問には思ってました」

 「光の屈折率を応用してるらしいよ」

 「へ~不思議な造りですもんね」

 また負力浄化のために陰陽道とか使ってそうだな。

 病院は負力多そうだし。

 近衛さんなら、考えに考え抜いて設計してるだろう。

 そういや院内にあった謎の部屋も……それに近い理由っぽいな。

 「ただ近衛さんの言った、魔障っては素人診断だね」

 「やっぱり医者から見ると違うんですね?」

 「けど、まあ……」

 只野先生はなんだか言いよどんでる。

 なにかを隠してるのか。

 それとも俺はもっと悪い状態で、あとでこっそり校長に告知するとか、か?

 「結論から言うと沙田くんの目は魔障によるもの」

 ん……? どういうことだ?

 やっぱり悪い状態なのか。

 「え……えっと、言ってることが違うんじゃ……」

 「僕ら魔障専門医はね、まず、第一に日常生活下による病気の判断をするんだ。それで異常がない場合にアヤカシ等による魔障診断へと移行するんだ。目の前で確実に魔障を負ったとされる場合のみ、第一で魔障診断をするかな」

 「ああ!! なるほど。そういうことですか?」

 俺の目には結膜炎とかそういう病気がないから、異常なしってことね。

 それでつぎに魔障かどうかを診たんだ。

 じゃあさっきのライトでそれを判断してたのか。

 結局俺は魔障ってことだ。

 そうこうしているとようやく視界が戻ってきた、只野先生がカルテになにかを書いてる。

 チカチカして景色がぼやけてたのが、だんだんクリアになってきた。

 けど、完全なふつうの視界に戻るまでは、もうすこしかかりそうだな。

 「沙田くんの魔障は【啓示する涙クリストファー・ラルム】という病名がつく。この病状はキミのなかにいるなにかが、なんらかのメッセージを伝えたいときに、その体を使って涙を流す。問診票見たけど涙の色は赤だよね?」

 そう言って、俺に向けてカルテを広げた。

 丁寧な文字で【啓示する涙クリストファー・ラルム】と書かれてる。

 もう、文字が読めるまでには回復した。

 「えっ、はい。赤です」

 「赤い涙。まあ世の中では血の涙なんて言われるけど、それは良性の涙でね。悪性なら真っ黒な涙が流れるから。悪性の場合はもう自我がなくなって意思疎通は図れないことが多い」

 「そうなんですか?」

 よかった~!! あ~安心した。

 お祝いに今日の夜でっかいアイス食べよう、一・五倍のフルーツミックス味にしよう。

 いや、このさいだ伝説の神話果実味とかを探そう。

 まあ、売ってるわけねーな。

 「赤い涙はなか・・のモノが言いたいことが言えない代理反応。世界的にも仏像や石像が涙を流すのはなにかの啓示とされるしね」

 「そう言えばありますね。血の涙を流すマリア像とか。ちなみに黒い涙ならすぐにわかるんですか。自我崩壊で意思疎が測れないなら会話もままならないってことですよね?」

 「そんな単純じゃないんだなこれが。悪性でもなかのモノが受傷者の自我を装うやつもいるんだよ」

 「な?! そ、そうですよね~。はは」

 魔障がそんな簡単なわけない……か。

 そうだよな。

 「まあ強制的に体から排出する、スピリチュアル・サージャリーという心霊手術オペがあるんだけど。キミもやってみる?」

 「オ、オペはちょっと……」

 オペって言葉だけで怖えーよ!!

 「まあ、【啓示する涙クリストファー・ラルム】は、伝えたいことを伝え終わると完治するから」

 「あっ、治るんですか?」

 「うん。伝言を終えるとね」

 「そう言えば、僕のなかで誰かわからない人の声を聞いたことがあります」

 「おそらくは随伴症状だね。その声はどんな感じ?」

 「嫌な感じはしなかったですね。なんとなく体のなかに居て申し訳ないって感じがしました」

 ――『時がきたら君の力を貸してほしい』そう、あの声だ。

 本当に優し気な声だった。

 きっと良い人なんだと断言できるような声。

 むかし会ったんだよな、あの人に……誰なんだろ。

 さっきもその人が助けてくれた気がする。

 でも、あのとき感じたことは、この病院のなかで意識が薄れていくような、そんな絶望感だった。




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