第139話 救偉人の医師

 エネミーの眠気もすっかり飛んでったようだ。

 俺が視線をずらすと診察室の壁に貼られた新聞、雑誌などのコピーが目に入った。

 どれも家庭用のプリンタで印刷された薄い紙で、ほとんどがモノクロのコピー用紙だ。

 へ~この角度なら部屋の隅がのぞけるんだ。

 どれもこれもある人物を讃える見出し。

 赤、青などのスケルトンのムシピンで空きスペースを無駄にすることなく貼られてる。

 記事のなかには、大きな表題のあとにどれだけのことをやり遂げたのか、それが将来にどう影響するのかなどのインタビューがあった、あとはうがい手洗いを啓蒙するポスターもだ。

 「エネミーあれ」

 俺はエネミーにもそれを教えた。

 「急になにアルか?」

 ほかにも金色の額縁が飾られ、賞状と勲章が入ってる。

 勲章は五角形で五百円硬貨ほどの大きさで、サファイアに近い色をしてた。

 賞状には――救偉人“前”の称号を与える――とあった。

 アヤカシに関係する人物で、各分野で優秀な功績をあげた人に贈られる称号が救偉人。

 あれが救偉人の勲章か……。

 俺は正直、救偉人って“日本のこの九人がヤベー”みたいに思ってたし。

 「ほら、すごい人だけがもらえる勲章だ」

 俺がその場所で新種のUMAを発見したごとく指さした。

 「そうアルか」

 エネミーは素っ気ない。

 なんだよぜんぜん乗り気じゃない。

 ――そ。俺がいましゃべろうと思った瞬間だった。

 ヤ、ヤバっ、なんだ、この絶望感、く、暗い感じ。

 なんなんだいったい?

 気持ちが奈落の底にでも落ちていくような……闇が迫ってくる。

 両足がなにかに掴まれて闇に沈んでく感じだ。

 絶望、絶望、絶望。

 希望という選択肢がすべて奪われるような虚無感。

 ――鎮まれ!!

 頭のなかで声が響いた……俺はこの声を知ってる。

 つい最近も聞いたことがある

 ――『時がきたら君の力を貸してほしい』って言った、あの人の声だ。

 その声を聞くと、まるでぬるま湯に浸かるように心が穏やかになってきた。

 ……あ、なんか眠る前の心地いい感じ。

 心が穏やかになってきた、スゲー落ち着く。

 診察前の緊張ってわけでもないし、なんだったんだ?

 まだ心臓が脈打っている、キツツキが胸の裏で連打するように。

 ――沙田さん。沙田雅さん。診察室にお入りくださ~い。

 そんなときに俺の名前が呼ばれた。

 国立六角病院にきてから長いこと待ったがやっと診てもらえる。

 「はい!! エネミー大人しくここで待っててくれ」

 俺はエネミーに声をかけ、さっそく診察室に向かう。

 「わかったアルよ」

 エネミーはいつになく大人しく、ソファーの上で空中を走るように足を揺らしてた。

 なかに入ると一足先に看護師さんが立ってる。

 バスガイドの人が――こちらに見えますのが。と、やるようなジェスチャーでちょこっと手をだしてくれたので、俺はその方向へ歩く。

 いたってふつうの診察室、クイズでここはなんの部屋でしょうか?という問題がでれば誰でも答えられるような診察室だった。

 ――あれなら明日にでも人面瘡剥がせそうだね。まだ処置室にCT画像あるからかたづけておいてね。

 そんな穏やかで落ち着きある声が聞こえた。

 さっき会った葵ちゃんは診察終わりだったのか。

 そして葵ちゃんの人面瘡を診たのは間違いなくこの部屋の医者。

 青色の医療着に真っ新な白衣をまとった四十代ほどの医師が現れた、端正な顔つきで高身長患者の不安を和らげるような安心感がある。

 たぶん、俺はさっきの診療風景を見てるからだろう無条件ですべてを任せられる。

 ネームプレートには“総合魔障診療医”只野或斗ただのあるとと書いてあった。

 そう、病み憑きの治療をしてた先生只野先生だ。

 救偉人の称号を持つ医者。

 病み憑きの対処をしたあとすぐに葵ちゃんの膝を診て、こんどは俺の診察をするってことか。

 いったい、一日になん人の患者を診てるんだろう?

 大変そうだけど、その役目は誰もができるわけじゃない、本当に狭き門を越えてきた選ばれた人間だけができることだ。

 病み憑きのときとは別の白衣に着替えてる、その白さに俺はいっそうの信頼を寄せた。

 「よろしくお願いします」

 「お待たせしました。キミが沙田雅さだただしくんだよね?」

 只野先生はそう言って、自分の椅子に座ると、手前を患者用の椅子を引いて俺に差しだしてくれた。

 ――はい。と答えて俺は座った。

 「そうキミがね~。問診票みたよ。目の異常だってね?」

 「はい。只野先生って救偉人なんですね?」

 「まあ、一応ね」

 只野先生は謙遜してはにかんだ。

 「壁の切り抜きとかスゴイですね」

 「えっ、ああ」

 只野先生はそう、うなずくと壁をチラチラと見た。

 「あれは新しい記事がでるとスタッフが勝手に貼ってくんだよ。そんなことしなくてもいいって言うんだけどね」

 只野先生は横にいる看護師さんに目を向けた。

 看護師さんは目を大きくして、照れ隠しする。

 この看護師さんが貼ったんだ。

 「それだけ、みなさんが誇りに思ってるってことじゃないですか?」

 「まあ、そうだと嬉しいけどね」

 只野先生はまた、看護師さんを見る。

 そんなとき、外からザワザワとした騒ぎ声が聞こえてきた、最初はごちゃごちゃととした不鮮明な声で聞き取れなかったけれど、しだに会話の中身がわかってきた。

 一瞬エネミーがなにかしたのかと焦ったけど、ぜんぜん違った。

 ――救偉人の先生に診てもらいたいの。救偉人じゃなきゃイヤなの。それ以外の医者は信じられない!!という無理難題だった。

 いまも同じことを繰り返し訴えてる。

 看護師さんが眉をさげて、すぐに診察室の外へでてった。

 うわ~、こんな患者ほんとにいるんだな。

 モンスターペイシェントだっけ。

 ただ、俺はすごい先生に診てもらってることに気づく。

 これって校長経由の特別待遇じゃないのか?

 スマホを持ってるか持ってないかだけで、天地の差のがある時代、お金があるからVIPの病室に入院できるそれと同じだ。

 葵ちゃんももしかしてそういう・・・・ところの子供なのかもしれない?

 騒ぎ声の患者は看護師さんになだめられる声とともに別室に連れていかれたようだった。

 「ときどきいるんですよね。ほかの先生だってスゴイ先生なのにね」

 只野先生はすこし肩を落とした。

 謙虚な先生だ。




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