第136話 idol ―膨満― 魔障 【病み憑き】

待ち時間が長くて、俺はいまだに待機中。

 一般の病院みたいだ。

 病院ってあまり患者がいなくても謎の待ち時間があるよな。

 エネミーもふつうの付き添い人のように大人しくしてる。

 すこし前から院内では加湿器が作動しはじめてた。

 乾燥禁物だからだろう。

 ソファーの後ろでシューシューと粒子が噴きだしてる。

 目で見えるほどの蒸気、けっこう強めだな。

 「あれ味変えたらダメアルか?」

 エネミーが小さな指で指し示した。

 「味とは?」

 「中身アル」

 「ちなみにどんな味に?」

 「アイスコーヒー」

 「無理だよ」

 「やっぱりホットだけアルか。あれ熱っついから嫌いアルよ。舌がビリってするアル。だから雛がフーフーしてくれるアル」

 「温度の問題じゃねーし」

 な、なんてスーチムパンクなやつなんだ。

 味を変えて加湿器を楽しもうってことか。

 加湿器に水以外の液体を入れたら……どうなるんだ?

 た、たしかに気になる、ブドウジュースなら紫の霧がでるのか、メロンソーダなら緑の霧……レスラーの毒霧かよ?!

 その霧はジュースの味を受け継ぐのか。

 まあ液体なら加湿器の構造上ミストにはなるよな、たぶん。

 俺がそんなどうでもいいことを考えてるときだった。

 ――クチャクチャ。と不快な音がした、その方向を見ると太った着ぐるみかと思うような女の子がハンバーガーを食べながら歩いてきた。

 だが体型になにか違和感を覚える。

 斜め掛けのバッグをふつうに掛けてるけど……俺はそこに引っかかった。

 よく漫画で見るハンバーガーを両手に持って交互にかじるやつだ。

 右手のハンバーガーを一口食べると、つぎに左手のハンバーガーにかぶりつく。

 左手のハンバーガーを食べ終えると、そのまま包み紙を放り投げた。

 院内の廊下に落ちた包み紙で、床はケチャップとマヨネーズにベトベトになった。

 ハンバーガー独特の臭いが院内に充満してきた。

 その娘の口の周りも、マヨネーズとケチャップで汚れてる。

 まるで園児が隠れて母親のリップを塗ったように。

 こんどは空いた左手でマジックテープ式のふたを開き、ハンバーガーと同じフランチャイズチェーンのポテトを無造作にとりだした。

 もうひとつのハンバーガーも食べ終えると、また包み紙を放り投げた、その手で赤ちゃんのようにポテトを鷲掴みにして、唇に押し当てると口のなかに押し込む。

 口と手の間でグチャリと潰れた。

 口の周囲はさっきの赤と黄色に加えて、さらにポテトの白で本物の赤ちゃんみたいになってる。

 潰れたポテトをまだ口に押し込もうとして、口元に塗りたくる。

 ポテトの中身がボロボロと零れ落ちた。

 「すごい食欲アルな?」

 エネミーはことの重大さにあまり気づいてない。

 あれはどう見ても異常だ。

 ふつうの人間の食べかたじゃない、それにあの太りかたも脂肪が増えて皮膚が伸びたようには思えなかった。

 そうだ!! 違和感の正体がわかった。

 フェイスラインや手はパンパンに膨れているけど、ほかの部分はそんなに太ってない。

 目に見える範囲が膨らんでるだけだ。

 「いや、あれは食欲とかじゃないよ。なんかの病気じゃ……」

 ってだから病院ここにいるんだろう。

 俺は、その女の娘を見ないように目を逸らしてると、後ろから母親が走ってきた。

 「先生を呼んでください。早く娘が。アス大丈夫?」

 母親なら心配だろうな、ずっと名前を呼んでるし。

 しかもあんな状態ならなおさら。

 「アス。どうしたの?」

 その言葉に返すこともなく、またバッグからハンバーガーを取りだしてムシャムシャと食べはじめた。

 女の娘の担当らしい看護師さんも慌てて駆け寄ってくる。

 でもその娘は周りをまったく気にせずハンバーガーに夢中だ。

 「お母さん。大丈夫です。もう先生がいらしゃいますから」

 看護師さんは、後ろを振り返って大声を上げた。

 そこで大きく手招きをしてる。

 足元もつぎの行動に備えて、スキップするように軽やかだ。

 「只野先生。こっちです。お願いします!!」

 医者であろう人が白衣を手に走ってきた、そしてそのまま軽やかに羽織った。

 白衣がぴったりと体に馴染んでる。

 医者って俺ら凡人とは違うオーラがある、ましてや魔障を診る人なんて、同じ人間には思えない。

 すごい努力と勉強をしてきた人なんだろう。

 白衣を着ただけでさらに近寄りがたい感じだ。

 「キミ。こんなに食べちゃったの?」

 太った女の娘は受け答えすることもなく、虚ろな目で医者を見てから、また、なにごともなくハンバーガーに齧りついた。

 瞳には光がなく死んだような目をしてる。

 只野先生と呼ばれた医師は、――キミ。と看護師さんに声をかけた。

 「ほぼ間違いなく。きだ。絶対に横にはさせないで。吐瀉物としゃぶつで窒息する可能性があるから。できるだけこの立ち食いの状態を保ってて」

 「はい、わかりました」

 看護師さんが緊張した感じでそう答えてから、その女の娘の腰辺りに手を回した。

 立ち食いの状態をキープって、そっか座ったり寝たりしたら胃が圧迫されて吐くかもしれないからか。

 すると、そこにもうひとりの看護師さんもナースシューズを鳴らして駆けてきた。

 「キミ」

 医者が小走りしてきたの看護師さんに、そう声をかけた。

 「はい」

 「まずは迅速診断。病み憑きの種類を特定してもらいたい。心因性、呪詛性、病原性、タタリ性のどれかの判別をする。種類の特定をしないと対処療法しかできないから。タタリ性の場合は寺社仏閣をメインに、あとは小さなほこらとかも、祀られてる御霊の種類からタタリの原因を調べて。国交省に問い合わせれば、六角市の寺社仏閣を教えてくれるから」

 「えっ、先生。どうして六角市内で発症したってわかるんですか?」

 「この娘。ワンシーズンってアイドルだそうだよ。そのアイドルが今日六角市でライブする予定だって救急隊員から聞いてたから。お腹を目視した感じでも、それほどの膨らみは見られない。病み憑きならこれからどんどん腹部中心に膨らんでくる、それこそ服の上からでもわかるくらいはっきりと。となる六角市にきて発症した可能性が高い」

 スゲー。

 そんなことがすぐにわかるんだ、さすがは医者。

 けど顔とかだけが膨らんでるって、俺、気づけた。

 俺の洞察力もまあまあだな、と自画自賛する。

 あっ?! この娘って大型ビジョンで言ってた活動休止のアイドルか~。

 確かアスって名前だった。

 そうだアスだ。

 あのサプライズって、もしかして六角市ライブで復帰とかだったのか。

 病気悪化しちゃったのか?

 それとも元から魔障だったってことなのか?

 「わかりました」

 「あとイベントプロモーターはヨリシロだから、連絡入れといて」

 「はい」




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