第130話 ミステリ小説

「ちょっとそこ見たいアルよ?」

 こんどは俺の横の座席にやってきて、体を後ろ向きにして後方の景色を眺めてる。

 足をバタつかせるこの感じも、やっぱり子供の行動だ。

 制服のスカートからちらっと太ももが……けっしてのぞいたわけじゃない、勝手に見えただけだ。

 どこかにぶつけたのか痣だらけ、アクティブなエネミーらしい。

 この世界が楽しくてしょうがないんだろう。

 こんどスイーツでもおごってやるか。

 いつの間にか俺がエネミーのお守役になってた、社さんはエネミーを俺に預けたようにして、左斜め前の通路側席でなにかの小説を読んでる。

 なんて読書姿が似合うんだろうと驚く。

 儚げな感じがなんとも言えない雰囲気だ。

 表紙は夜空に青い月が浮かんだデザインで、ミステリ小説っぽい。

 社さんはブックカバーもかけずに意外と男前だった。

 ……ん? ふつうの文字に表題のロゴだけ装飾が施されてる。

 【世界ミステリー紀行。切り裂きジャック・白日の凶行と闇夜の凶行】

 世界ミステリー紀行。はそのままふつうの文字だ。

 切り裂きジャックのロゴはナイフの画像と重なってる。

 白日の凶行と闇夜の凶行は上下に切り目が入って、斜めにズレ落ちるデザイン。

 そして、すこしだけ小さな文字でノンフィクション小説って書かれてた。

 切り裂きジャック? ノンフィクション小説? って現実の話だよな。

 新解釈とかそういう感じの歴史ミステリーか。

 社さんはこういうのタイプの本が好きなのか~。

 本のデザインとタイトルを見ていると、エネミーが――“誕生して、まだ五日”だと教えてくれた。

 一応はシシャを隠そうとする意志はあるみたいだ。

 やはり動きは園児だけど。

 この行動にもなんの意図もないんだろうな。

 ふつうの人が見たらオーバーリアクションで表情豊かなハーフ顔の女子高生。

 生まれて間もないけどスラスラと言葉を話すエネミー、文法や思考は独特だけど、憎めないやつ。

 これからもたくさんのことを吸収してくんだろう。

 な、なんか、謎の視線を感じる。

 これはエネミーじゃない。

 社さんも突然、俺のほうをバッと振り向いた。

 「……?」

 なんだろう。

 社さんもこの視線に気づいたのか?

 社さんと目が会った、だがエネミーは唐突に――雛。うち来年の春、山崎春のパン祭り行きたいアル。とまったく別の言葉を放った。

 なにを言うかと言えばこれだ。

 「エネミー。それはただ皿が当たるだけよ」

 社さんはそう言って、ふたたび本に向かいページをめくった。

 エネミーが誕生してわずか五日なのに、すでに対処に慣れてる。

 きっとエネミーが社さんになにを言っても微動だにしないんだろう。

 いまの現象についてはなにも言わない、第六感的なやつでとくに意味はないのかも。

 「じゃあ谷崎夏のパン祭りは?」

 「ないわよ。そんなの」

 こんどは振り向くこともなく、返答した。

 おう、クール。

 「川崎秋のパン祭りもないアルか?」

 「ないわよ」

 ――じゃあ、海。とエネミーが言いかけたときに、社さんはすぐに遮った。

 ――当然、海崎冬のパン祭りもないわよ。と、ページに指を這わせる。

 なんかタメになる言葉でもあったのか。

 俺が社さんに気を取られてると――違うアルよ。海崎冬の米祭りアル。とエネミーは違う角度の問いを投げかけた。

 お~変化つけてきた!!

 エネミーそんな球種も持ってたのか。

 「それもないわよ」

 社さんがゆっくりとこっちを振り向くと無表情でそう返した。

 指先でページを押さえてる。

 どこまで読んだのかの栞代わりにしてただけか。

 さっきは集中力が途切れただけなのかもしれない。

 「そうアルか」

 「ええ」

 「残念アル」

 社さんやっぱりクールだ。

 どこかで乗り換えでもするのかと思っていたけど、俺たちはとある停留場で降りることになった。

 ――キンコーン。車内に降車ボタンの音がした。

 エネミーは案の定、降車ボタンを押したいとダダをこねた、だから任せた。

 なんでも自分やりたい子供。

 自分の合図でバスを停めて降車したエネミーはボタンを押せた満足感で浮かれてる。

 俺は見逃さなかった、ボタンが点滅したときのスゲー笑顔を。

 けど不思議だ、こんなところで降りてどこ行くんだろう?

 ここら辺に病院施設なんてありそうもない、なぜならここは山の研究所がある場所で六角市民が“山研”と呼んでいる場所だったからだ。

 俺たちのほかに誰も降りる人はいなかった、バスは俺たち三人を残して、つぎの停留場へと進んでった。

 後方を振り向くとテールランプがもう点に見える。




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