「ちょっとそこ見たいアルよ?」
こんどは俺の横の座席にやってきて、体を後ろ向きにして後方の景色を眺めてる。
足をバタつかせるこの感じも、やっぱり子供の行動だ。
制服のスカートからちらっと太ももが……けっしてのぞいたわけじゃない、勝手に見えただけだ。
どこかにぶつけたのか痣だらけ、アクティブなエネミーらしい。
この世界が楽しくてしょうがないんだろう。
こんどスイーツでもおごってやるか。
いつの間にか俺がエネミーのお守役になってた、社さんはエネミーを俺に預けたようにして、左斜め前の通路側席でなにかの小説を読んでる。
なんて読書姿が似合うんだろうと驚く。
儚げな感じがなんとも言えない雰囲気だ。
表紙は夜空に青い月が浮かんだデザインで、ミステリ小説っぽい。
社さんはブックカバーもかけずに意外と男前だった。
……ん? ふつうの文字に表題のロゴだけ装飾が施されてる。
【世界ミステリー紀行。切り裂きジャック・白日の凶行と闇夜の凶行】
世界ミステリー紀行。はそのままふつうの文字だ。
切り裂きジャックのロゴはナイフの画像と重なってる。
白日の凶行と闇夜の凶行は上下に切り目が入って、斜めにズレ落ちるデザイン。
そして、すこしだけ小さな文字でノンフィクション小説って書かれてた。
切り裂きジャック? ノンフィクション小説? って現実の話だよな。
新解釈とかそういう感じの歴史ミステリーか。
社さんはこういうのタイプの本が好きなのか~。
本のデザインとタイトルを見ていると、エネミーが――“誕生して、まだ五日”だと教えてくれた。
一応はシシャを隠そうとする意志はあるみたいだ。
やはり動きは園児だけど。
この行動にもなんの意図もないんだろうな。
ふつうの人が見たらオーバーリアクションで表情豊かなハーフ顔の女子高生。
生まれて間もないけどスラスラと言葉を話すエネミー、文法や思考は独特だけど、憎めないやつ。
これからもたくさんのことを吸収してくんだろう。
な、なんか、謎の視線を感じる。
これはエネミーじゃない。
社さんも突然、俺のほうをバッと振り向いた。
「……?」
なんだろう。
社さんもこの視線に気づいたのか?
社さんと目が会った、だがエネミーは唐突に――雛。うち来年の春、山崎春のパン祭り行きたいアル。とまったく別の言葉を放った。
なにを言うかと言えばこれだ。
「エネミー。それはただ皿が当たるだけよ」
社さんはそう言って、ふたたび本に向かいページをめくった。
エネミーが誕生してわずか五日なのに、すでに対処に慣れてる。
きっとエネミーが社さんになにを言っても微動だにしないんだろう。
いまの現象についてはなにも言わない、第六感的なやつでとくに意味はないのかも。
「じゃあ谷崎夏のパン祭りは?」
「ないわよ。そんなの」
こんどは振り向くこともなく、返答した。
おう、クール。
「川崎秋のパン祭りもないアルか?」
「ないわよ」
――じゃあ、海。とエネミーが言いかけたときに、社さんはすぐに遮った。
――当然、海崎冬のパン祭りもないわよ。と、ページに指を這わせる。
なんかタメになる言葉でもあったのか。
俺が社さんに気を取られてると――違うアルよ。海崎冬の米祭りアル。とエネミーは違う角度の問いを投げかけた。
お~変化つけてきた!!
エネミーそんな球種も持ってたのか。
「それもないわよ」
社さんがゆっくりとこっちを振り向くと無表情でそう返した。
指先でページを押さえてる。
どこまで読んだのかの栞代わりにしてただけか。
さっきは集中力が途切れただけなのかもしれない。
「そうアルか」
「ええ」
「残念アル」
社さんやっぱりクールだ。
どこかで乗り換えでもするのかと思っていたけど、俺たちはとある停留場で降りることになった。
――キンコーン。車内に降車ボタンの音がした。
エネミーは案の定、降車ボタンを押したいとダダをこねた、だから任せた。
なんでも自分やりたい子供。
自分の合図でバスを停めて降車したエネミーはボタンを押せた満足感で浮かれてる。
俺は見逃さなかった、ボタンが点滅したときのスゲー笑顔を。
けど不思議だ、こんなところで降りてどこ行くんだろう?
ここら辺に病院施設なんてありそうもない、なぜならここは山の研究所がある場所で六角市民が“山研”と呼んでいる場所だったからだ。
俺たちのほかに誰も降りる人はいなかった、バスは俺たち三人を残して、つぎの停留場へと進んでった。
後方を振り向くとテールランプがもう点に見える。
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