第13話 【七不思議その二 ストレートパーマのヴェートーベン】

 寄白さんのこの豹変ぶりはなんなんだ?

 俺は、おそるおそる声をかけた。

 「あ、あの、よ、寄白さん?」

 「あっ?」

 寄白さんが俺をジロリと睨む。

 お、鬼の形相だ。

 眼光が鋭い、瞳の星の輪郭が濃い、スゲー雰囲気。

 なぜ不良化したんだ?

 これはもう、うかつに次の一言をかけられない。

 あの、カワイかったCVキャラクターボイスは降板したようだ、まあ今回のCVもそれはそれでいいけど。

 状況を見守っていた九久津が声を上げると、ある方向を指さした。

 「美子ちゃん、もう一体!!」

 刹那。

 アシンメトリーの髪型をしたヴェートーベンがネクタイをルーズに緩めたまま、指揮棒でリズムを刻みスキップしてきた。

 音楽家らしく的確な、リズムキープで一拍の乱れもない。

 さすがは著名な作曲家。

 ハの字やむげんの形に腕を振ると、周囲に笑顔を振りまいてる。

 さらにここぞとばかりに、なぜか近代的ファッションでキメてる。

 音楽家シリーズの印刷画と同じ顔だが、服装がまるで違う。

 どんなコーディネートだよ。

 「ジャジャジャジャ~ン!! ジャジャジャジャ~ン!! ジャジャジャジャ~ン!!」

 ズボンは足の右側だけを、膝までまくり上げてる。

 あれって確か、自分は武器を隠し持ってないという意志表示だっけ。

 争う意思は、これぽっちもありませんよってことか。

 「ち~す。美子パイセン!! やっぱ世界平和っすね!!」

 「オマエも絵のなかに還れ?!」

 「そりゃないっすよ~」

 なんだこの妖怪楽園?

 四階は妖怪に開放してますってか。

 夜間定時制の妖怪……自分で思っておいて、なんだけど、妖怪って主に夜でるじゃん!!

 むしろ、普通科の妖怪じゃん、ああ頭が混乱する。

 ああ~眩暈が!! なんか浮遊感も感じる、あっ、俺が俺を見てる。

 幽体離脱ってやつか、それとももうお迎えが……さよなら地上。

 「美子ちゃん。やっぱりヴェートーベンもホワイトアップしてる?!」

 九久津は視線を上下左右に動かして、なにかを考えてるようだった。

 かたい表情のままでいったん身構えた。

 急激にヴェートーベンが迫ってきたからか?

 だがヴェートベンは、九久津の横を、するっと通りぬけて寄白さんに接近した。

 「パイセンこの髪型どうっすか?」

 美容師のように、前髪の毛先を回転させてつまんだヴェートーベン。

 寄白さんにそんな態度をとるとは、怖い物知らずめ。

 「ぜんぜん似合わん」

 「え~マジで?! じゃあ青メッシュ入れるかな~?」

 「そういう意味じゃねー!!」

 「そうか?! 左右にツーブロックか!!」

 四方八方にスキップするチャラついたヴェートーベン。

 寄白さんとのファッション論が決裂したみたいだ。

 タガが外れたように自由に動き回るヴェートーベン。

 「じゃあ私が後頭部と直結つなげてワンブロックにしてやろうか?」

 「美子パイセンそれはダセーっすよ? ひゃっほー!! エリーゼ。キミと僕の運命!! 大工の第九なんちゃって~!!」

 ヴェートーベンはロボットのように体をカクカクさせると、速度に変化をつけて廊下をジグザグに駆け抜けた。

 やつはファッション意識高い系か? だがいろいろと時代に拒まれてるな。

 迷走に迷走を重ねなんてむごい服装をしてるんだ。

 「チッ、スベり散らしてやがる。しょうがない」

 寄白さんは苛立ちながらも、右耳のいちばん右端にある十字架を強く引いた。

 耳がすこし伸びてアクセサリーがポロっと取れた。

 俺はポニーテールのうなじよりも、寄白さんの耳たぶに目が向いた。

 薄赤い跡が残ってる。

 あ、あれ……?

 ピアスホールがない、あれはイヤリングだったのか。

 「おい止まれ?!」

 寄白さんは、ヴェートーベンを呼び止めたが、静止する素振りもなく、信号無視する車のように直進した。

 「指揮棒の代わりにゴボウで指揮するとか新しくね?! エリーゼ、この天才的な発想についてこれるか!! 一緒に見ようぜレインボー(棒)!!」

 「一度は警告したからな!!」

 途端に十字架が自然発光し明滅した。

 うわっ、眩しい。

 目が眩むほどの光の渦が一ミリの隙間なく廊下を突き抜けた。

 光がヴェートーベンの体を通過する。

 「あれぇ?!」

 ヴェートーベンはトラバサミに挟まったように一歩も動けなくなってる。

 足をだそうとするが金縛りに合ったように固まった。

 力を込めた太ももがピクっと動くが、やはり動けない、そこでしばらくジタバタするヴェートーベン。

 「消えろ」

 ふたたび光の渦が廊下に瞬く。

 「うわぁぁぁぁぁ!! エリーゼェェェ!! のためにぃぃぃ!!」

 ヴェートーベンの体がグラグラと揺らいだかと思うと、旋風つむじかぜのように旋回し、寄白さんが掲げたイヤリングに吸引された。

 な、なんだ? 十字架のなかに消えた……けど。

 「終わった……」

 「美子ちゃんお疲れ。俺の出番はなかったね?」

 「まあね」

 「でもアヤカシの様子がおかしい。なにかの前兆かも……?」

 「確かに、ここ最近、陽気な奴らが多いな?」

 「だよね……」

 寄白さんは流し目で背後を確認してる。

 静まり返った廊下。

 床の素材とピンヒールのぶつかる甲高い音が響く。

 コツンコツンとその靴音は、着実に俺たちへと近づいてくる。




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