第122話 データを消した人

『なあ九条、医者のやりがいってなんだよ?』

 「やりがい?……か。たとえば疳虫かんのむしを取ったあと嘘のように穏やかになって手を振り返してくれる子供かな。患者の笑顔最高の幸せだ。医者冥利につきる」

 『そっか。それは当局の真ん中なかにいる、俺や二条じゃ味わえないことだ』

 「かもな。手の甲への注射することにだって罪悪感がある。できることなら針先の痛みにさえ麻酔をしてやりたいと思うよ』

 『あっ、俺も注射は嫌いだけど』

 「大人だろ?」

 『注射の痛さに大人も子供も関係ねーよ!! だからこそ鋳型・・の一部にもなるんだろ?』

 「わかってるよ。潜在的でも注射を嫌がる大人は多い」

 『だろ?』

 「ああ」

 『んで』

 「俺は医療に陶酔してる」

 (それが俺の根源だ)

 『医療は日進月歩で新しいものがでてくるもんな~』

 「でもな一条。最新治療や新薬ってのは毒なんだよ。一歩手前で頓挫する。約束が反故ほごにされる。情報公開からつぎの情報公開まで年単位で待たされるなんてのもザラだ。待つってのは辛い行為だ。あれは人を闇に落とす理由になりえる」

 『ふ~ん。結局そういうのが魑魅魍魎になるんだろ?』

 「そうだ。闘病とはどうしようもない苦痛がつきまとう。だから“希望”とは、すぐ手に入る状態になって渡すべきだ」

 『心底医療人だな。その医療人のためなら、俺はなんでもしてやるよ』

 「頼む。データが消された件だがやりかたが杜撰ずさんすぎる。まるで表紙だけを切り取った雑誌みたいに。あまり隠す気がなさそうなんだ』

 こんな駆け引きをしていても九条は、一条に絶大な信頼を置いていた。

 それは九条たちの出生に伴う絆だ。

 『情報を隠蔽するにも不自然だと?』

 「ああ」

 『内部犯だろうな』

 一条がポツリと言った、その一言に九条も同意する。

 「だろう」

 このとき九条はなにも考えなかった、ただ一条が言うことだからというだけで、そう思った。

 一条のさきほどの鋭い洞察力が九条を魅了していた。

 それほどの頭の回転の早い一条に。

 『隠蔽体質。部署、機関、国、どこでもしがらみは変わらねーな……』

 一条の元でライターのふたが開く重い音がした。

 オイルライターの金属の擦れ合う冷たい音のあとに――ふぅ~。と一条の息。

 「一条タバコは辞めろよ? 体に悪い」

 だが一条は九条の忠告を無視して聞き流した。

 聞き流しながらいていた、他人の思いやりを無為にするほど一条は薄情ではない。

 『なあ九条、UFO見えてるか?』

 そしてまったく整合性のとれない、質問をした。

 「……当たり前だろ。見えてるよ。俺たちは、ずっとミッシングリンカーのタイプCなんだ。……なんでそんなこと?」

 九条は、一条のその意図が読めなくてもただ受け入れた。

 その言葉が心のなかにストンと落ちていく。

 『おまえがすっかり人や組織に馴染んでるから』

 「それはお互い様だろ? 一条だって外務省の仕事が楽しいって」

 『ああ言った。仕事って楽しいよな』

 「それは俺も同じだ。楽しくてしょうがない。ただ組織は苦手だ」

 『おまえっぽい。けどこの世の中で恵まれた環境で働てける人間なんてごくわずかだと思わないか?』

 「それは同意するよ。俺はいまの勤務地・・・で満足だ」

 『低賃金でヘトヘトに疲れ果てて死を願いながら働く人をどう思う?』

 「俺はそんな人も救ってやりたいとは思う。というかそんな人のセーフティーネットを張るのが政府の仕事なんじゃないのか?」

 『そう。オマエが言ってることは正しい。でも役人の言い訳。――そこまで手が回らない』

 「……まあ俺もそこまで子供じゃない……」

 『茜ちゃんのことは……。許せるのかあの会社・・を?』

 (一条も茜の名前をだすとは)

 「許すもなにも……あれは複合的な要因が重なったことによるものだ……」

 『ならいい。おまえが本当にあの件にケリをつけてるなら。日本の人口は約一億三千万人。現実問題苦しんでる人の分母をいかに減らすか。政府はそれくらいしかできねー。おまえは役人だけど医者だからすこし立場が違うか? 俺と二条なんてモロ役人って感じだからな。二条はそれで寄白姫に嫌われてるし』

 「寄白姫って寄白美子? そうなの?」

 九条は“茜”という名の人物を心に封じ込めた。

 医者として命に執着する、それよりももっと重い命の尊厳を植え付けた、いや傷として残した女性の名を。

 (さっき俺は二条を怒らせた。二条にも二条のやりかたがあるんだよな。……そっか……患者第一も俺のやりかたかだ。誰にも邪魔されたくない。つまりはそういうことか)

 『二条は否定してたけど、おもいっきり』

 「俺はこの病院にいる以上寄白家には頭が上がらないよ」

 『まあ六角市の市民はそうだろうな。株式会社ヨリシロ。六角市の光』

 電話越し、一条の周囲で慌ただしい気配がしている。

 人が足早に歩くような音と紙のこすれるような音、そして人の咳払いと吐息がした。

 一条に元に歩み寄ってくる気配が電話越しからも伝わってくる。

 『九条。現時点でひとつわかったことがある。部下に調べさせた。九久津堂流のデータを消したのは……』

 「誰だ?」

 『いまPC使えるか?』

 「ああ」

 九条が瞬時にマウスを操作すると、数秒で画面に光が戻った。

 PCはスリープからすぐに目覚めた。

 『厚労省の九久津堂流のページにアクセスしろ』

 「わかった」

 九条がそう答えると一条はある指示をした。

 それに沿ってPCを操作する九条。

 『そう。そのページの右下だ』

 マウスのカーソルが滑らかに下に流れると――チカッと画面が光った。

 正確には光ったわではなく、同色のなかにべつの色が混ざっているものを発見した。

 錯覚の一種だ。

 九条はすぐにその個所すべてを選択してドラッグする。

 左上から右下にカーソルが移動すると、そこに浮かび上がる文字があった、それは人間の名字と名前だとすぐにわかった。

 「隠し文字だったのか?」

 『そうだ』

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 担当者 鷹司高貴たかつかさ こうき

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 「まさか。官房長が?!」

 『おまえも気づいたと思うけど、おっさんの署名を残しておくってことは、なんかあったら直接聞きにこいってメッセージだ。おっさんに面と向かって話せるヤツなんて限られてるからな』

 「そうみたいだな」

 『日中は官邸抜けだして、ここにきてたんだけどな。九条、悪いがあとの質問は数日後まとめて報告する。俺にも外務省おれの仕事がある。近々海外出張でな』

 「わかった。助かった。気をつけてな」

 『……あの場所にも寄ってくる』

 「あの場所? どこだ。あっ?!」

 『××××年。アイツが発露したあの場所だ』

 「アンゴルモアの?」

 『ああ。俺が現在進行形で追ってる案件の鍵があるかもしれない』

 「わかった。いろいろ頼んで悪かったな。じゃあまたな」

 『いや。気にするな』

 九条は鷹司の名前が出現したことによって、さらに事が複雑化したことを強く感じた。

 (これは官房長、四仮家先生の件にも噛んでそうだな。二条の話じゃ国税が動いたって。……国税を動かせる人物ってそれなりの地位だろうし。……この一連の流れからすると九久津堂流の死はかなりの難治症だな。いや九久津家とバシリスクを中心に巡る因果すべてか)

第三章 END




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