第121話 切れ者 

九条は二条の去った部屋で、しばらく物思いにふけっていた。

 真っ暗なディスプレイは九条の悩みをそのまま映している。

 PC前で頬杖をつき、複雑に絡まった出来事をほどこうとしていた。

 だがどこから手をつけていいのか、わからないほどに絡みあっている。

 PC本体の規則的な点滅は、電源を落としていないことの証明だ。

 九条は通電したままの本体がチカチカとするたび、視線を移し、そしてふたたび正面を向き直し考えを巡らせる。

 「オムニポテントヒーラー。全能ぜんのう逆説ぎゃくせつか……」

 手持無沙汰の手は意味もなく机の上をなぞった。

 九条はどこが始点で終点なのか定まらないまま、無意味な図を描いていた。

 (全能の治癒力とはいわば、どんな病気も怪我をも治癒する能力。たとえばその力を最大寿命ギリギリで使いつづければ、永遠に寿命は延びることになる。つまりは永遠の命。……永遠の命なんてあるわけがない。オムニポテントヒーラーの力を持ってしても寿命にはあらがえないはずだ。……その場合オムニポテントヒーラーの力によって再生されたテロメアがどうなってるかってことだ)

 静まった診療室に固定電話が鳴った。

 部屋の空気さえ音の振動で揺れるような静寂しじま

 九条は首の位置を変えることもなく、受話器をゆっくりと耳元へ運んだ。

 『九条? さあ聞かせろ?』

 電話の相手は高圧的な第一声を発した。

 九条はこの時間に誰かが電話してくることを知っているかのようだった。

 その証拠に、相手が誰か名乗る前に話の要件がわかっていたからだ。

 「言えない」

 『さあ?』

 相手は臆面おくめんもなく答えを急かす。

 「言えない。には守秘義務がある。患者の情報は教えられない。今朝も言ったよな。一条?」

 相手は九久津の調査依頼してきた張本人、外務省の一条だった。

 一条は自分の管理する亜空間である異変を感じとっていた。

 それは九久津とバシリスクとの戦闘時亜空間でありえない爆発がおこったことに端を発していた、それこそが一条にとって九久津が魔契約をしたかどうかの懸念材料だった。

 そこで同期である、九条が九久津の診察をするさいに調査を依頼していたのだった。

 九条は当局の依頼として汲み取り、協力を了承した。

 もっとも、現在ではお互いにウィンウィンの関係にある。

 一条にとっては、九久津が魔契約をしているかどうかを見極めて、結果次第でつぎの一手を打つことができる。

 九条にとっては九久津の毒回遊症ポイゾナス・ルーティーンの治療に役立てることができる。

 だがいまでは、九条のなかで、追加として九久津堂流の死の真相を追うための情報取得という名目も加わっていた。

 『そっか』

 「俺は九久津くんの治療のためならって言ったよな? そこで知りえた情報は俺の一存でどうとでもするって。一条、どうしてもと言うなら公的書類を用意しろ」

 九条は仲間内に対しての一人称は“俺”に変わる、ある意味それだけ打ち解けた関係ということだ。

 『……九条。医者の仕事は楽しいか?』

 一条はダダをこねる子供をあやすように、九条の言及をやんわりと流した。

 「ああ」

 『救偉人を蹴ってまで貫いた仕事だもんな。あの頃おまえミルウォーキーだっけ?』

 「そうだ。まあ勲章を貰っていればもうすこしスムーズに仕事ができたってのを、今日痛感したよ。そこでオマエに頼みたいことがある」

 『俺の質問には答えられないが、九条そっちの頼みは聞けと?』

 「ああ、そうだ」

 九条はキッパリと答えた。

 『いいぜ。なんだ』

 一条は損得勘定もなく即答した。

 互いに説明など必要ない。

 一条は自分の依頼ひとつに対して、九条の依頼をひとつ叶えるという等価交換は望んでいなかった。

 あくまで包括的に両者の問題が解決できればそれでいい。

 一条は一条なりの考えで公務をまっとうしている。

 「六角市出身。九久津堂流のデータが厚労省のリストから消されてる」

 『なんで?』

 「だからそれを調べてもらいたい」

 『どこをつつけばいい? 蛇がでてくるかもよ』

 「やぶからか?」

 九条はシニカルにそう言った。

 『それしかないだろう。ただ六角市には蛇がいるだいないだって最近騒いでるな』

 「蛇なんてどうでもいい」

 九条は、最近当局と六角市内を、にわかに騒がせている者の存在などは、取るに足らないものだと思っている。

 『わかってるよ。たかだか・・・・ひとつの街の噂だもんな』

 「厳密には死亡者リストから九久津堂流の名前が消されてわけじゃない。名前をクリックしたあとのリンク先のファイルがない」

 『中身だけか?』

 「そうだ。たぶんAランク情報。……ただ完全に抹消する気はないようだ。それとむかしあったとされる、四仮家元也の密室での金銭問題についても知りたい」

 (四仮家先生の九久津堂流治療時の話はいまは伏せておうこう……九久津くんの【毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン】がバレる)

 「最後。九久津堂流がバシリスクと戦闘したその日の気象状況を調べてくれ。厳密にはその日にレイリー散乱という現象が起こっていたのかどうか?」

 『それだけか? ほかに面倒な手続きがあるなら俺がぜんぶ代行でやってやるぜ?』

 「それでぜんぶだ」

 九条がすべての条件を言い終わると、突然一条からの返答が途絶えた。

 受話器の向こうでコソコソと声を潜める一条の様子がうかがえる。

 すこし遅れて、一条が言葉を返してきた。

 『わかった。あっ、いまのわかった・・・・ってのは、おまえの願いを承知したって意味のわかった・・・・と、部下との会話に使ったわかった・・・・。それに九久津毬緒はクロじゃないって意味のわかった・・・・。トリプルミーニングだ』

 「ど、どうしてそれを?!」

 九条はただ驚愕した。

 一条がどうしてその思考に至ったのかが、まるでわからなかった。

 九条はただ会話の流れに沿って話をしていただけなのに、一条にすべて見破られていた。

 『九条。おまえは矛盾してんだよ。九久津毬緒がもし魔契約をしているなら、おまえは九久津毬緒と市民を同時に救う行動をとる。それがおまえの第一選択肢だ。いまのおまえにはその切迫感がない。九久津毬緒は多少悪さした程度のことだろ? 結果的にはグレーだ』

 「おまっ……」

 (ふ~。一条の鋭さには参るな。九久津くんの悪さまでわかってるって。いやカマかけただけなのかもしれない……が、九久津くんの【毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン】がバレるのも時間の問題かもな……。まあ、バレたときにはこちらに引き込もう、の出所を探るためにも。一条も当局の人間だ誰かにペラペラ話すこともないだろう。一条にも一条の信念があるだろうし。ただ俺と真逆の場合は困るけど……)




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください