「能力を使ったと証明できる証拠……らしい。……けど、私にはわからない」
「はっ?」
九条がすぐに答えを欲しがることを見越して、二条は息継ぎもなく話をつづけた。
「CT画像よ。専門家の検証の結果本物とされた。あんたが診断めばわかったかもね。ほらレントゲン画像って素人が見ても、白と黒でなにがなんだかわからないじゃない?」
「まあな。それで?」
「当時のVIP患者の余命は半年。余命を宣告されたときのCTと治ったときのCT画像が一緒に同封されていたそうよ。つまりビフォーアフター画像。そのアフター画像で専門家が完治と診断したみたい。……私にはよくわからないけど寛解ではなく完治。医療用語だと寛解と完治のニュアンスが違うんでしょ? どのみち病は消えたってこと」
九条はおもわず――完治……。と呟いた。
(たとえばその患者のどこかかに悪性腫瘍があったとした場合、能力を使ったあとに原発巣が消えたってことか? そして新しい臓器が創られた)
「まあ、いまは寛解と完治の違いについては省力する。それで?」
九条は患者にならば、寛解と完治の違いを丁寧に説明するはずだが、現状の論点はそこではないために受け流して、さらに話の奥へと踏み込んだ。
「あっ、うん。その患者の退院後に四仮家先生の口座。厳密には奥さんの口座に現金が振り込まれていた」
二条も九条の勢いに気圧されて早口でそう言った。
「いくらだ?」
「贈与税がかからない額で、かつ仮に領収書を発行しても収入印紙の必要ない程度を。複数回に分けてなんども」
「どうやってわかったんだ?」
九条は矢継ぎ早に質問をした。
「誰かが国税を動かした」
「国税局を?」
(国税なら口座情報は筒抜けだ。それこそ通帳のなかは丸見え。一円単位の出し入れまで調べられる)
「ええ。でも四仮家先生はなにひとつ悪いことはしていない。能力を使うことも法に触れるわけじゃないし。振り込まれたお金も贈与にも脱税にも当たらない。公務員法違反に当たるか当たらないかの点も奥さんの口座ということでウヤムヤになったし」
「……かなり綿密に計算されたやり口だ」
(金と引き換えに能力を使ったとも言えるのか……金銭授受。九久津堂流の件でもなんらかの金が動いた可能性がある。人が悪に手を染める動機の多くは怨恨、異性間トラブル、そして金銭問題。最悪なのはこのどれにも属さずに興味本位だけで使われる能力だが)
「あんたの意見としてはどうなの? 医者と相反する能力。いや医療の敵とも言える能力。言い換えれば“命を買うって行為”?」
「あってはならいそんなこと。救命の境界線は医療だ。臓器をまるまる復元する力なんて。いや厳密に言えば、細胞を瞬間再生する能力なんて」
「命のやり直しは許さないってこと?」
「ああ。どんなことがあっても」
「万が一、万が一よ。……茜ちゃんにその能力を使えてたら……」
二条は自分で言った言葉にハッとして、顔をしかめた。
「ごめん。その名をだすのは卑怯よね」
「……い、いや」
九条は一度息を呑んだ。
「それより国税局でその件を知らべられるか? 救偉人の力で?」
九条がそう言った途端――えっ?。
二条の口調がひどくトーンダウンした。
そして一呼吸置き、つい一言前の“茜”という人物の名をだした失言をモノともせずに、形勢が逆転する。
「九条ごめん。悪いけどできない。私にも信念があるの。アヤカシが国民を脅かすかもしれないなら強引なことでもする。でもお金で命を買ったかもしれないという医者のイザコザに救偉人の力は権力は使えない。ううん。使わない。救偉人の力って絶大だけど、それを行使される側から見ればただの厄介事なのよ。対応に人員を裂くことにもなるし、それで止まる仕事もある」
九条は抑揚なく、冷静な言葉を発した。
「……二条も変わったな?」
九条は小首を傾げる。
「いや、それを言うならアンタもよ。ハイド【病処方者】、魔障の持病を持って患者に向き合うなんて」
「いいんだよ。ある種、俺の起源はそういうことだから」
「けど、あんたの本来の力は【二重診断者】のジキルである【治癒分配者】でしょ。上級【サージカルヒーラー】みたいなものじゃない? だからなおさらオムニポテントヒーラーを許せないってのもあるんじゃないの? 命への執着も人一倍あるし」
「べつにオムニポテントヒーラーを怨んでるわけじゃない。ただ一線を越える力は……」
(それに……いや、いまはやめておこう)
「まあ、大きく区分すれば、私もアンタも同じ志ってことにはなるけどね。国民の恒久的な安寧を望むことに関しては」
「そうだな。安寧とは健康の上に成り立つものだ。俺は二条よりも国民との距離が近いだけで結果は同じだろう」
(九久津堂流のデータ削除の調査は二条には頼めないな。ほかにも調べてもらいことがあったんだけどな。あと身近な救偉人は近衛と只野先生……う~ん。やっぱり一条に頼むのが適任かな?)
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