第117話 【広域指定災害魔障】 怪し雨 (ファフロツキーズ)

九条がどこに向くわけでもなくそう叫んだ。

 部屋のなかに鋭い声が木霊する。

 壁は反響した声を吸収していく、九条の意思は行きつく場所へときちんと辿りついた。

 『リミッターカット。排出開始』

 どこからともなくサンプルボイスのアナウンスが流れてきた。

 九条の希望に対する答えは、放送という形で返ってきた。

 『最大量送ります』

 診殺室のなかで、なにかの機械音が響いた――ゴゴゴ。という空気が送風される音とともに大音量のモーター音がする。

 モーターの回転数が上がるたびに、部屋には負力が充満していく。

 負力に比例して魑魅魍魎はネズミ算式に増えていった。

 ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。ア゛ア゛ア゛ァァァ。 新たに誕生した魑魅魍魎も当然のように九条に狙いを定める。

 喚き声を上げ地を這いずる魑魅魍魎と九条はふたたび対峙する。

 大量の魑魅魍魎を前にしても九条は凛としていた。

 尾が弓状へと変わり尾のさきはまるで鎌のように冷たい金属へと変化した。

 きらびやかな刃紋はもんが見てとれる、名刀のように怪しげでありながら、荘厳そうごんな気を放っている。

 九条は一度助走をつける、縛られていた鎖が解かれたように、停滞していた魑魅魍魎を尾で切り裂いた。

 死神の大鎌のような尾は、それぞれに独立して魑魅魍魎を切り刻んでいく。

 口から放たれた獣の咆哮とともに体を翻す九条。

 体操選手のように辺りを舞っている。

 一度に九体の魑魅魍魎を真っ二つにできる鎌に加えて、鉤爪かぎづめ状の爪で砂の城でも崩すように魑魅魍魎を薙ぎ払っていった。

 九条はフィギュアスケートのように体を回転させながら、リズミカルに魑魅魍魎を鎌と爪で切り裂く。

 ワンターンで十を超える魑魅魍魎を倒すことが可能だった。

 九条はプリンをすくうような要領で闇のなかの魑魅魍魎の群れを、ただただ切り裂きつづけた。

 倒しているその瞬間にもどんどんに負力は送られてくる。

 簡易コピーのようにつぎつぎと出現する魑魅魍魎たち。

 「俺は過去に診断した魔障を再現する。医師である限り技が絶えることはない!」

 {{氷女の口づけ低温火傷フリーズ・ベーゼ}}

 九条が持病発作を起こしているとき、つまり狐憑の状態で使用する魔障は不確定診断でも合併症・・・として現れ、通常以上の効果を発揮する。

 九条の体から、真っ白な冷気が発せられた、霧状の細かな氷が診殺室に広がっていく。

 天井、壁の端の隅から凍結がまじまる。

 吐息さえも凍りそうな部屋のなか、真冬の湖のように魑魅魍魎はいっせいに凍りついた。

 魑魅魍魎の苦痛さえもそのまま閉じ込めたような氷山ができあがった。

 送られてくる負力も液体、個体、気体という変化の順番を飛ばすように、魑魅魍魎の姿形を経由することなくすぐに凍っていった。

 それぞれの尾は方向が重複することなく、凍結した塊を尾の大鎌で砕いていく。

 ひとつの尾が右の魑魅魍魎を破壊しすれば左上の尾は違う魑魅魍魎を砕く。

 ――パンパン。――パンパン。

 ボクサーがサンドバッグを叩くようなリズムで、的確に効率よく、魑魅魍魎は粉砕されていった。

 そこまでしても、なおもまだ負力の送出は途絶えることはなかった。

 それだけ負力が診殺室に送られている計算だ。

 「まだか。それなら……」

 魔障とは簡単に言えばアヤカシ、忌具等の影響でこうむる、病気や怪我の総称である。

 ときに起こる、一人以上の受傷者じゅしょうしゃをだす集団失踪(神隠し)や集団催眠(ハーメルンの笛)等も魔障に括られている。

 九条たち総合魔障診療医は、それを【広域指定災害魔障こういきしていさいがいましょう】と呼んでいる。

 いまから九条が使う技はそのひとつだ。

 ファフロツキーズ、怪雨かいう怪雨あやしあめとも呼ばれる。

 雨、雪、黄砂、隕石のような原因が判明しているものを除き「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指す。

 魚や小動物が降る怪雨がとくに有名だ。

 {{怪雨ファフロツキーズ陰摩羅鬼おんもらき}}

 部屋の天井にペリカンのような形をした茶色のくちばしがびっしりと垂れさがっている。

 嘴が――ポツ。ポツ。っと落ちてくる、それは雨の降りはじめとそっくりだった。

 ポツ。ポツ。はポツポツへと落下スピードが変わった。

 ポツポツもしだいにポツポツポツポツへと落ちる早さが変わり、やがては地を叩きつけるほど激しく降り注いだ。

 すべての嘴は魑魅魍魎を目がけて落ちた、鋭利な嘴はつぎつぎと魑魅魍魎を貫いていく、雨はやがて豪雨へと変わり、なおも降りつづけた。

 ただし雨は、世の法則を無視したように、傘を持たない九条だけを避けている。

 銀色の瞳は、嘴が魑魅魍魎を倒しつづける様子を最後まで見届けた。




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