第116話 大病魔障 【狐憑】(きつねつき)

 

 {{狐憑きつねつき九尾きゅうび}}

 最初は口調の変化からはじまる。

 いつも穏やかな話しかたは、患者に不安感、恐怖心を与えないために自然に身に着いたものだ、いや九条千癒貴として生まれるからの天性のモノ。

 人に優しく接することは治療の第一歩。

 医師は診察室に入ってきた瞬間に診断を開始する、具体的には呼吸の乱れ身体左右差、振戦しんせんの有無などなど患者がイスに腰かけるまでの、わずかな時間でも気づけることがある。

 「患者との共感は大事なことだからな!!」

 言葉遣いとともに声質も変化する、それにつづき見かけにも変化が現れた。

 人が目視して気づくか気づかない程度に前髪がじょじょに引力に引かれていく。

 やがて誰が見てもはっきりとわかるくらい、九条の前髪が己の眼前で揺れていた。

 両サイドの髪も同じ長さでシンメトリーに伸びて、いまはもう肩にかかるほどの長さになっている。

 襟足も床がゴールだとでも言うように、まっすぐにかかとへと向かうが、腰のあたりで停止した。

 無造作な髪型は、まるで獣の毛並みのようだった。

 急激に伸びたまばらな髪は、その毛色をも変えはじめる。

 頭頂部からはじまって毛先まで、白と灰色に光沢感が混ざったツヤのある髪色になった。

 シャンパングレーに近い色、つまりは銀髪ぎんぱつだ。

 「とくに狐憑きつねつきは大病魔障に分類される。制御できない体と心を抑え込むのはとてつもない苦痛を伴うからな」

 銀髪の九条は、たかぶる体を抑制しながら肩で息をしている。

 規則的に肩が上下運動を繰り返す。

 自分の体をギロリと睨みつけ、いまにもひとりでに動きだそうとする体をその場に踏みとどめた。

 ギシっと靴底から音がする。

 {{よわいひゃく}}

 九条は顔を苦痛に歪めた。

 コメカミの辺りには怒張がみてとれる。

 いま九条は百年の刻を生きた妖狐が憑いたのと同じ状況下にいる。

 自分の力のみで、狐の力と共生している。

 体が激しく痙攣しはじめた。

 ――……。 九条は声を押し殺した、頬の辺りにも細い血管が浮かび上がった。

 そこにも怒張した血管がいくつかに分かれて、なにかの紋章にも見える。

 まるで頬を縁取る飾りだ。

 九条の右腕が自分の意思とは関係なく、真後ろに反り返った。

 「ぐっ……」

 あらぬ方向を向いた九条の手、その親指の爪が刃物のように尖っていく、魔障が進行したとも言える現象は、ほかの四本の爪にも移行していった。

 ドラキュラの爪、それを思い浮かべれば、いまの九条の爪の形状と完全に一致する。

 九条は左手で右腕を強制的に引き戻した。

 その左手の爪も同様に鋭い爪になっている。

 銀髪の髪を掻き分けて、小さな角のようなものが出現しスルスルと伸びた。

 角の形は定まりある特定の形になった、それは狐の耳そのものだ。

 人間の器官としては存在しない、が頭部に二つ現れた。

 尾骶骨びていこつの周囲からも、フサフサとした尾が姿を見せる。

 九本の獣の尾は、それぞれがそれぞれに意思があるように後方で放射状に広がった。

 瞳の色も銀色に変化すると瞳孔が拡大した。

 「市内以外の負力もここに送れ!!」




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