第115話 能力 【ダブルラセンサー】:ハイド【病 処方者(シック・プリスクリプシャン)】

ここぞとばかりに群がってきた魑魅魍魎は、ある種救いを乞うように喚きながら、つぎつぎに九条へと覆いかぶさっていった。

 九条はなにひとつ抵抗せずに魑魅魍魎に飲まれていく。

 ばったん。ばったん。つぎつぎに魑魅魍魎の塊が増える。

 {{化石化ミネラリゼーション}}

 ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。魑魅魍魎はそんな言葉にならない言葉を発する。

 戦火のさいに水を求めて川に飛び込む惨劇にも見えた。

 端的に言えば、人の肉体的苦痛と精神的苦痛が魑魅魍魎を生みだす。

 この診殺室はなかば強制的に魑魅魍魎を発露させるための仕掛けがなされていた。

 それはある一定のスパンで効率よく、闘病の負力を浄化させるための知恵だ。

 苦痛から解放されたいという魑魅魍魎の欲求が、ただ目の前にいるターゲットにんげんへと向かわせる、喚き声は何重奏にも重なって九条を起点にした黒い塊が増殖する。

 凸凹でこぼこした山はさらに体積を増やしていった、まさに山盛りという表現としか言いようがない。

 魑魅魍魎が合わさった、小さな山がピキピキと音を立てて端から固まりはじめた。

 液体が固体へと変わる映像を早回したような変化が見てとれる。

 じょじょに白化するとともに、黒い山は白く紅葉・・・・し、人工的な白みを帯びた岩石になった。

 魑魅魍魎の外側は石灰化し真っ白に染まっていた。

 工事現場の片隅に存在するような土山のザラザラした山肌が、急激に窪んで大きな穴がボコっと開いた、直径で言えば大人ひとりが抜けだせるほどだ。

 九条は化石化した魑魅魍魎の殻を爪先で蹴破って、その姿を現す。

 表情ひとつ変えずに、穴の周囲を靴底で拡張させていく。

 山の内側もすでに化石化していて、がっちりと固まっていた。

 乾燥した肌を掻くように、石灰化した魑魅魍魎がボロボロと崩れる。

 「カルテ記載前は不確定診断で効果が薄まるんだよな」

 九条は自分が立ち上がれるだけのスペースを確保し、態勢を立て直すと、飄々ひょうひょうと山の頂点に蹴りを入れた。

 ――ボロッ。円錐はその形を無くていく、九条の靴の裏を起点に魑魅魍魎の群れは山体崩壊さんたいほうかいした。

 九条自身も薄っすらと白い膜で覆われている、これは魑魅魍魎との接触を避けるための措置で、体表面を極限まで薄めた石で囲っていた。

 九条の顔が次第に普通の肌へと戻っていく、連動して九条を包む膜も消える。

 だがすぐに塵になった魑魅魍魎のもとへ、つぎの魑魅魍魎たちが列をなして迫ってきていた。

 動きは遅くノロノロとしていても、その数で九条を圧倒する。

 ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。

 {{医学辞書メディスン・ディクショナリー}}

 九条は手のひらを宙にかかげた。

 目の前に、一枚の見開きできる白紙カルテが発露する。

 真っ新なカルテを開くと光が瞬いた、その光は散ることもなくその場所で発光しつづけている。

 闇を照らす一筋の光。

 {{溶解剥離メルティ・ピール}}

 カルテのなかに溶解剥離メルティ・ピールという金色おうごんの文字が浮び上がった。

 “メ”の字からはじまり、“ル”“テ”“ィ”と順番に文字の色が濃くなっていった。

 「確定診断は百パーセントの症状再現」

 九条の視界前方百八十度の魑魅魍魎は急激に歩みを止めた。

 いや、動こうとする意志は見てとれるが、魑魅魍魎は足元からその形を変えはじめていた。

 まさに炎天下のソフトクリームのように、一秒後には一秒前の形とはまったく違う形に変わっていた。

 その様相は、もうすでに液体と呼べるほどにドロドロに溶けている。

 粘液状の魑魅魍魎の上を、ビチャビチャと音をたてて、さらにつぎの群れが集約する。

 九条へと容赦なく、突き進みその間合いを詰めた。

 {{医学辞書メディスン・ディクショナリー}}

 ふたたび九条の目の前に、白紙カルテが発露した。

 カルテを開くと光が瞬いたが、すぐに光は弱まり消えた、そしてカルテそのものが消滅した。

 「……面倒だな。この量は……」

 {{毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン}}

 「カルテなし。不確定診断」

 主に前線、一列目の魑魅魍魎の動きが鈍った。

 魑魅魍魎はそれぞれが単体で、体を揺らしながら小さく転がりはじめる。

 苦しむ仕草を見せながらコロコロと転がる魑魅魍魎たち。

 それがバリケードとなって、一列目以降の魑魅魍魎は前線の魑魅魍魎に行く手を阻まれていた。

 九条への道を遮る魑魅魍魎たちは、のたうち回って、激しく四方八方に転がっている。

 バタバタと体を痙攣させながら、互いの体を激しく衝突させている。

 そこに魑魅魍魎の意志はない、ただもがき苦しんでいるだけで、どういう方向に動くなどは誰にもわからない。

 毒に侵された魑魅魍魎は、もう自分たちではなにも制御できなくなっていた。

 「九久津くんの魔障で時間を稼がせてもらう。ボクの能力はルールが結構複雑でね……。まあ、いっか。医者の不養生ふよじょう。ときにそれは医者に対する揶揄やゆとも賛辞ともとられる言葉だ。自分の体を気遣わずに熱心に患者を診る比喩。あるいは患者には厳しく自分の不摂生に目をつむる比喩。だけどは望んで手に入れた。患者の苦しみを共有できずになにが医者だってな? だから、ある魔障を俺の後天性の持病にした」




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