第113話 疑惑の人

九条が思い浮かべたのは日常を切磋琢磨する同僚の顔だった。

 同じく総合魔障診療医の只野或人ただのあると

 六角市には市内出身の救偉人が二人存在している。

 いまは亡き九久津堂流と、そしてもうひとりが只野だ。

 九条の描く、只野の表情がじょじょに形を変えていく。

 四十代ほどの只野の表情が急激に歳を重ねると、高齢に近い輪郭が姿を現わした。

 おぼろげな表情は、九条のなかで、ある知り合いのイメージを浮かび上がらせた。

 「そうだ。四仮家先生なら可能だ。只野先生の恩師なら」

 (ボクはバカだ。なぜ気づかなかった。血を抜くことに囚われすぎていた。血は抜くんじゃなくて送血そうけつするんだ。出血多量の緊急時なら輸血が最優先。ましてや上級アヤカシによる高濃度被毒状態こうのうどひどくじょうたいなら魔障毒専用の経皮的心肺補助装置(PCPSピーシーピーエス)を回して治療するのが常識。

 そうすればキレイな血液が九久津堂流のなかに流れて、毒を含んだ血が脱血だっけつする。医師であれば医療廃棄物である毒の血をあとで回収することはそんなに難しくはない。十年前であれば、医局長であった四仮家先生は手術に立ち会っているはず。じゃなくともすべての決定権を持っている)

 キーマンが出現したことによって、九条のなかでバラバラだった点が繋がっていく。

 (四仮家先生は、一般の医療分野でも脳神経外科の権威。医学的知識は問題ない。その立場なら、Y-LABの解析部にも顔もきくだろうし。また六角第一・・高校の校長も経験した国家一種の公務員。国家に従事するという点もクリアしてる。“医師”の先生と“校長”の先生を兼ね備えた人物なら、厚労省のデータベースをも編集もできるかもしれない)

 九条は、もう一度院内のデータベースにアクセスした。

 【四仮家元也よつかりやもとや】と名前を打ち込む。

 PCがデータを読みはじめた。

 ――キーン。警告音とともに、大きな文字のポップアップメッセージが出現した。

 “お使いのIDとパスワードでは、退職者データの閲覧はできません!!”

 (……いまは個人情報の規制もきついからな。ボクのアカウントじゃダメか。ボクが知りる限り四仮家先生の経歴は医師業以外なら、高校の校長をしてたってことくらいだ……)

 九条は思いを巡らせながら、バツ印でポップアップを閉じると、ふたたびなんとはなく九久津堂流のデータを呼びだした。

 クラッカーの糸を引いたように、画像が一括展開される。

 何重にも重なった画像はファイルごとに振られたナンバーをまるで無視していた。

 不規則にそして不均等に九久津堂流の画像きずあとがディスプレイに散乱している。

 (九久津堂流……いったいキミになにがあったんだ? ボクはキミの弟を回復させたいと思ってるんだ。それには真実を知る必要がある)

 ブラウザークラシャーブラクラでも踏んだような画像を見ると、九条はふとあることに気づいた。

 さきほどは気づかなかったことだが、それは画像を相対的に見比べることで気づけることでもあった。

 (どことなくだが、毒に浸潤しんじゅんされた皮膚面積が広い気がする。これは人体構造的な違和感じゃなく、能力者として見たときの違和感だ)

 そこで九条は逆説的に当時の九久津堂流の主治医を調べようと考えた、主治医が四仮家ならば、九久津堂流との接点が強まりこの謎を解くチャンスになると。

 だが頭のなかですぐにそれを打ち消す考えも生まれる、と同時にPCを操作する手が止まった。

 もし、四仮家が厚労省のデータベースをも編集できるのなら、九久津堂流の主治医としての情報など残さないと考えたからだ。

 仮に残っていても、それはすでに改竄かいざんされた情報もありえると思った。

 どちらにせよこれはデータでの判断よりも、過去に手術に立ち会ったスタッフを探せば早いという結論に至る。

 九条は画面を凝視しながら、天上に向けて腕を伸ばした。

 (集中力も途切れてきたな)

 腕を真横に二、三度の伸ばしてストレッチすると急激に立ちあがった。

 椅子の背もたれが、真後ろに勢いよくたわんだ。

 (すこし頭を冷やすか。“しんさつ”に行こう。二条はまだ行ってないだろうし)

 椅子の脚がギシっと音を鳴らした。

 九条は、今日診た、患者のカルテの束をスチール棚から取りだす。

 縦横きれいに揃ったカルテをまるでトランプでも切るようにしてめくる。

 カルテに目を通しながらも、左右個別に足首を回している、それはなにかの準備運動をしてるようにも見える。

 「えっと。今日遠方からきた患者さんも含めて使え・・そうな魔障は“垢嘗あかなめ”の【溶解剥離メルティ・ピール】くらいか。垢嘗は大人しいアヤカシなのに、最近は凶暴化してるのか。人のけがれをめて、取り除いてくれる排他的アヤカシなのに。そういえば座敷童も排他的アヤカシだったっけ。この種はあまり存在いないからな」

  そしてカルテを閉じる。

 ――【溶解剥離メルティ・ピール】。

 ふたたび九条は魔障の名前をはっきりと口にだして読み上げた。

 そしてゆっくりと振り返ると、壁にかかったハンガーから、真っ新な白衣を颯爽とひるがえしてまとった。

 襟を正し、意気揚々と診察室をでていった。

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