第111話 傷痕

「九久津さん。昨日目を覚ましたばかりなのに、ついつい質問しすぎました。日を改めます。すみません」

 「あっ、いいえ。こちらこそご迷惑をおかけしました。あのさっきの症状は?」

 「まだ、原因ははっきりとはわかりませんが、九久津さんの場合思いだしたくない過去と色が結びついているんだと思います。“青色”を見ると感情が乱れるということは?」

 「……ときどきある気はしますけど、ただ俺は小さいときから青が好きだったみたいです」

 (兄さんが死んだ日、夜空が蒼かった。それが記憶のなかで青と結びついてるってことか? でもなにか違う気がする。青空がさきで夜空があとのような……?)

 「そうですか。では今度詳しく診てみましょう。たちえば人が落ち込んだときに世界が灰色に見えるという現象は科学的にも証明されていますし。よく言う灰色の世界ってやつですね」

 「たとえば、それも毒回遊症ポイゾナス・ルーティーンに関係あったりするんですか?」

 「そこはなんとも言えませんね。ただ体内で毒がなにかと干渉し合ってる可能性は十分考えらます」

 「わかりました。毒の可能性も否定できないってことですね」

 「そうなりますね」

 「わかりました。ありがとうございます」

 「いえいえ」

 九久津はその後、九条と当たり障りのない世間話をしてから、自分の部屋に戻った。

 「戸村さん。うちにきたばっかりなのに仕事の覚えが早いですね? さっきの九久津さんの治療キット完璧でした」

 「いいえ。それほどでもありません。あっ、九条先生、今日の診察が終わってから言おうと思ってたんですけど、当局のかたが九条先生の代わりに“しんさつ”をしておくって言ってました」

 「“しんさつ”を? 誰だろ? けど能力者じゃないと無理なんだけどな~」

 「えーと。“MK”のバッジをしてました」

 「“MKエムケー”って文科省。女の人?」

 「はい、そうです。綺麗な人でした」

 「二条か。教えてくれてありがとう」

 「いいえ。とんでもありません」

 「戸村さんって、うちにくる前どこにいたんですか?」

 「私は、どこにも……。えっと、ただブランク期間が長いだけです」

 戸村はすこし慌てて、そう返した。

 「そうなんですか。けど、その能力スキルなら、どんなところでもやっていけると思いますよ」

 「本当ですか。ありがとうございます」

 本日分の診察を終えた九条はデスクのPCを操作する。

(九久津家の親御さんが、九久津くんの魔障の潜在性を考慮して、ボクに診察を勧めてくるなんて妙だな。ということはむかしから、なにか兆候があったということか? そもそも九久津くんがこうなった元凶は兄九久津堂流の死。ボクがまだアメリカ留学してた頃のできごと……)

 九条はささっとマウスを動かすと院内のデータベースにアクセスした。

 (過去になにか手がかりがあるかもしれない。九久津堂流がバシリスクとの戦闘で命を落としたのなら、十年前、国立病院うちで息を引き取ったはずだ。第三次救急魔障に対応できるのは六角市の半径百キロ圏でもうちしかない)

 九条は検索窓に「九久津堂流」という名前で範囲指定しエンターキーを押した。

 ――カチャ。っという音とともに、画面上にはたくさんの文字が流れていった、ほどなくしてハードディスクが目的の名前を探し当てる。

 【九久津堂流】 1件のヒット

 「あった」

 九条はそう呟き保存されていたファイルを開いた、データのなかには電子カルテのほか医療的見地のために保存された写真など、電子化された様々書類が収められている。

 「これか」

 九条は保存されている画像をディスクトップ上にすべて展開した。

 一般の人間であれば目を背けたくなるような、写真が何枚もある。

 九条が人差し指を動かすたびに写真がスライドしていく。

 つぎつぎと画像を送り、医師ならではの視点で画像に変わった点があるかないかを取捨選択していく。

 ときに拡大したり、ライティングや解像度を変更したりと画像診断を進めた。

 九久津堂流が最期のとき、いったいどんな状態だったのかを判断するためだ。

 「え~と。右脇腹にバシリスクの牙の跡。これが致命傷だな……」

 ふたたび連番の画像をクリックする。

 「つぎは背後から見た右背部の脇腹の画像か……。ん?」

 カリカリとマウスの音に比例して画像が段階的に拡大される。

 九条は、その創傷そうしょうを凝視したまま、ディスプレイを指さしてなぞった。

 「ここをバシリスクの牙が貫通したんだ。その横に無数の引っかき傷。毒の影響で掻き毟ったか?」

 その画像に紐づけ添付されている、本当にいくつかの書類が束ねられたたようなアイコンをクリックした。

 クリップマークが別のテキストファイルを開く。

 “九久津堂流の爪に皮膚片。九久津堂流本人のモノと断定”

 文字の下にそれを証明する鑑定書も添えられていた。

 「本人の皮膚片か。なら、やっぱり自分でひっ掻いたのか? でもなにか違和感が。この傷の形と傷つけた範囲」

 九条が頭を悩ませるその引っ掻き傷とは、人がなにかを消したいときに上から、ぐちゃぐちゃとペンを走らせたような形をしていた。

 試し書きするときのように、なんども同じ場所にペン先を往復させるジグザグした形に酷似している。

 「なにかを隠したかったのか?」

 九条は画像のコントラストを強めに上げた。

 解像度が高まるたびに写真内にある線が鮮明になっていく。

 「薄っすらと直線の傷跡が……けど、途切れてる」

 九条は目を凝らしながら、顔を画面に寄せた、ふたたび指先を走らせる。

 「いや、二本の直線が交差してる。角度はキツイけど……う~ん“く”の字のような形だ。けど、これが死因になるとも思えない。この傷の深さだと真皮を越えたくらい……。だとするならこの“く”の字の傷のほうがさきについた傷だ。段階で言うなら“く”の字型の傷がさきについて、つぎに爪の引っかき傷、そのあとにバシリスクの牙ってことになるのか……」

 九条はつぎの手がかりを求めて、厚労省のデータベースにアクセスした。




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