第106話 総合魔障診療医 九条千癒貴(くじょう ちゆき)

一般的な病院の無機質な診療室とは違い、近代化された部屋はまるで、デザイナーズマンションの一室のようだった。

 患者を診る用途だと微塵も感じさせないカフェのような内装。

 入口のドアから入ったさきには厚での真っ白なカーテンが一枚ある。

 L字型に仕切られた、その奥には整理整頓された机にディスクトップのパソコンと液晶ディスプレイがもう二台置かれている。

 画面のなかにはCT画像などが表示され、こまごまとした診療器具も所狭しと部屋の診療台に並らべられていた。

 大きな金属製のゴミ箱のなかには消耗品のガーゼや脱脂綿などは、埋め尽くされている。

 毎日それほど大量に使用するということだ。

 シワひとつない、白衣のなかに青の診察着スクラブを着た医師が、自分の前に手を差しだした。

 視線は机の上のカルテに注がれている。

 「では、つぎのかたどうぞ」

 胸には“九条千癒貴くじょうちゆき”と書かれた、ネームプレートがあった。

 なにが専門なのか一目でわかるように、名前の上には“総合魔障診療医”との文字も見て取れた。

 医師でありながらすこし長めの髪、それでも清潔に見える。

 あまり陽に当たらないためか、肌も白く若い、一言で言えば好青年の医者だ。

 厚いカーテンが暖簾のれんのように空気を含み開かれた。

 ――はい。と言って入ってきたのは九久津だった。

 上下浴衣のような、オーソドックスな入院着にゅういんぎで、力なく右腕をブラブラさせている。

 そこに左手を添えた。

 「では、座ってください」

 九条が、そう声をかけ、自分の手をサッと引っ込めた。

 「はい」

 九久津はゆっくりと診療椅子に腰かける。

 「昨日は目を覚ましたばかりで簡単な話しかしなかったので、今日は、きちんと病状について説明しますね。ご両親からも、しっかりと診察してほしいとの要望ですので」

 「はい。お願いします」

 「あっ、まず最初にこれをどうぞ」

 九条は、デスクの一番上の引き出しをさっと開いてなかから、すこし厚手のA四用紙を手渡した。

 「これは?」

 「原本になります」

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検査結果報告

被験体の検査方法

・体液検査

・負力構成要素検査

・皮膚組織(鱗)の形状判断

以上、上記の三検査の総合判定。

――バシリスクとの一致率97.56%

よって、今回、九久津毬緒によって退治されたアヤカシはバシリスクと断定する。

                               Y-LAB

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 九久津は賞状のような用紙を動くかせるほうの手で受けとった。

 紙の右下には、朱印でくっきり押された“Y-LAB”の判があった。

 九久津は上から順番に書かれた文字に目を通していった。

 「……じゃあ、バシリスクは」

 「はい。退治されたということです。このコピーはもうすでに世界中に頒布はんぷされています」

 「……あまり、実感がないですね」

 「Webも更新されていますので、もう全世界の当局が閲覧できる状態です。これを見れば、すこしは実感が湧くのでは?」

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 Japan Basiliscusバシリスク Extermination(退治)

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 九条はPCのキーボード最上部にあるF5ボタンを押してから、九久津へとモニタを向けた。

 「そうですね。紙一枚よりは実感が湧きます」

 「戦闘のあとは亜空間周囲の破損や崩壊がひどく、バシリスクの微細な検体を抽出するのに苦労したみたですが、Y-LABの最新技術で鑑定まで持ち込んだみたいです」

 「そうですか。ご迷惑をおかけしました」

 九久津はその用紙をデスクに戻してから、重たそうな右腕を左手で抱えて、頭を下げた。

 「それはボクよりも、Y-LABにいる救護部隊や解析部隊のスタッフに言ってあげてください」

 「そうですね。後日改めて」

 「では、病変を診ますので上着を脱いでください」

 「わかりました」

 「あっ、いま、看護師を呼びますので。戸村さ~ん?」

 九条は、診察室のドア越しに呼びかけた。

 「はい!!」

 戸村はハキハキと返事をすると、仕切りのカーテンをサッと開いた。

 「九久津さんのそのままじっとしていてくださいね」

 「はい」

 戸村は九久津の背に回り込んで、医療用バサミでの入院用の上着を切り裂きはじめた。

 ザクザクと上から下にまっすぐ切り目を入れる。

 九久津の上着は左右真っ二つに分断されると、羽化する蝶のように背が露わになった、そして入院着は左右の上腕二頭筋の位置までズレ落ちた。

 「九久津さん。上着に右腕が引っかかるかもしれませんので、私が脱がせますね?」

 戸村はハサミのさきを自分のほうへ向け、スクラブのポケットにしまった。

 刃先が誰かのほうを向いていると、怪我をさせる恐れがあるためだ。

 「はい。すみません」

 九久津は物静かに頭を下げた。

 戸村は九久津の前に回り込むと、まるでコンビニおにぎりでも開くようにササっと、左と右に分けて上着を引き抜いた。

 かろうじて前で結ばれた、紐だけが、入院着の右部位と左部位を繫ぎ止めている。

 「戸村さん、ありがとう。あとはもういいよ」

 「はい、先生。また、なにかあったら呼んでください」

 戸村は、九条にそう声をかけると、九久津の上着を手早く丸めて、診察室をあとにした。

 ここまでなにひとつ無駄な動きをみせなかった。

 「ありがとう。では九久津さん、そのまま手を上げてもらえますか? 左手を使ってもらってもけっこうですので」

 「はい」

 上半身裸の九久津は左手で自分の右腕を掴んで、動かしづらそうに、右ひじを自分の頭の高さまで上げた。

 九久津の体にはアヤカシと戦いで負った過去の傷跡も見てとれる。

 数日前のバシリスクとの戦闘で負ったばかりの傷には、ロキソニンテープや包帯での処置が施されていた。

 「あっ、もう腕を下ろしてけっこうですよ。昨日と比べてどうですか?」

 「まだ、右肩から下の感覚はありません。動きも鈍いです」

 「まあ、この状態ですからね」

 九条は九久津の右腕を触診して肌触りを確かめたあとに、両手の親指を九久津の皮膚に押しつけて皮膚の反発力と弾力を確認した。

 九条が強く指圧するが、九久津の皮膚はその指の跡がまったく残らないほどに硬化している。

 硬まった腕は素人が目視してもわかるように、ザラザラな白い蛇の鱗模様で覆われていた。

 幾重にも重なった鱗模様はヤスリのようで、九条も慎重に肌をなでる。

 九条はなんどか弱めに九久津の腕を擦ると、今度は椅子をグルリとデスクのほうへと回転させた。

 九久津を背にしたまま――まず、人間の皮膚は大きく分けて表皮と真皮の二つに分かれます。そう言いながらカルテの余白に人の皮膚の階層構造を箇条書きした、そこに現在魔障が進行している個所に印をつけた。

 ふたたび九久津のほうへと振り返ると、まるで絵本の読み聞かせのようにカルテを開いた。

 「そして、その表皮も角質層かくしつそう顆粒層かりゅうそう有棘層ゆうきょくそう基底層きていそうと分かれます。これは医療用語なので、聞き流してください」

 九条は口頭で説明した。




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