第104話 ミッシングリンカー”タイプC”

 「その声って、鷹司官房長官?」

 二条の口をついてでた言葉は、ここ最近国民の耳目じもくを集める、国務大臣の名前だった。

 『おっさん。いきなり入ってくんなよ』

 一条が煙たそうにつっこむが、鷹司は飄々と話をつづける。

 いつものことだと言わんばかりに反論さえしない。

 [ワタシもまぜてくれよ]

 分別ふんべつのある、落ち着いた話しかただった。

 ときに、国会で四面楚歌に陥ることもあった、針のむしろになることもあった、対外関係たいがいかんけいに目を向けても、多くの修羅場を経験してきた、それでも、それを潜り抜けてきた場数がある。

 常に冷静沈着でいることを要求される立場の人間、ゆえにちょっとやそっとで感情を乱すこともなく、表情を崩すこともない。

 ときに政界を賑わせる失言などとも無縁の人物だ。

 『官邸を抜けだしてもいいのかよ?』

 一条は気の知れた仲間のように話しかけた。

 上位職の人間だという敬いなく、三者間の通話がはじまった。

 「ちょっと、一条。官房長は目上の人なんだから」

 『いいんだよ。すくなくとも、俺とおまえ、そして近衛このえと九条におっさん。この五人はタイプCのミッシングリンカーなんだから。同じ種族。同等だろ?』

 「そうだけど。私たちは組織のなかにいるのよ?」

 『ずっとむかしは組織なんてなかった。ついでにいうとあの頃は“肉体”ってのも無かった』

 「まあ、体のことを言われると……答えに詰まるわね。……いまは上下関係については目をつむるわ」

 [ワタシたちも、いつの間にか馴染なじんだもんだなに。二条くん。さきほど一条が話したタバコの意味を汲み取るのなら、“大は小を兼ねる”ってことだ]

 ――パン。乾いた音が鳴った、それは柏手かしわでだった。

 反射的に動いた二条の両手は、いまも合わさったままで、感心している。

 ちょうど口元でなにかを拝むような態勢で。

 「なるほど。それならカテゴライズ操作が可能ってことね」

 (上位にランクされるはずのものが、自分自身で下位ランクまでレベルを下げれば、偽装が可能だ)

 二条の咄嗟とっさの動作が、肘でガンマイクをひっかけた、マイクはデスクの横側で宙づりになってユラユラと揺れていた。

 コツコツとデスクの脚に一定の間隔でぶつかる。

 そのたびに――ザザッザザッ。とノイズが走る。

 「あっ、ごめん」

 『無線のヘッドセット使ってないのか? あっ、そっか』

 「そう。ここ・・では使えない。PCだってLANケーブルを直接繫いでるんだから。私ちょっと検査室に行ってくる」

 「ああ。詳しいことがわかったら教えてくれ。自分の意思でレベル操作できる存在は厄介だ」

 [またまた一条の話を噛み砕くなら、忌具自身で閾値を下げてるわけじゃなく。忌具の閾値を下げることのできる者がいる、あるいは忌具の閾値を下げることのできる忌具ものがあるってことだ]

 「わかりました」

 『おっさん。俺の話をいちいち変換しなくても二条には通じるから。って、忌具もこうなると、忌具ものアヤカシせいぶつかの境界線が曖昧になるな』

 [忌具の定義を再考しなくてはならないかもな。世界基準ごと]

 そう言った鷹司の――う~ん。と唸る声がつづいた。

 困惑のニュアンスを含みながらも、どことなく余裕がある。

 これももちろん、官房長という役職で培われたストレス耐性によるものだ。

 『二条。それとバシリスクの出現日数がずれた理由も引きつづきたのむ』

 「ああ、それに関しては概ねの結論はでてるのよ。バシリスクが日本にきたというよりも、早くくるように仕向けられたって言えば早いかな」

 [二条くん。それはどんな手段で?]

 鷹司は一条よりも大きな声で話に割って入った。

 「それは、まだ判然はんぜんとしない状態で。ただ……」

 一条がここで二条の話を遮った。

 『解析部もプロ集団だ。完全な結果がでたときに報告を頼む』

 一条は当局の各々の部署に信頼を寄せている。

 それぞれの部署において、それぞれ役割があり、各各おのおのがプロの仕事をする、だから他部署に首を突っ込んだりはしないのが一条の信条だった。

 ただし、外務省、主導の案件ならば、他所部署を荒らすこともいとわないのがたまきずでもある。

 「九久津毬緒がなにかしらの事情を知っていると私は睨んでいます」

  [九久津家の次男坊か]

 『それはおまえの勘だろ。九久津毬緒の現状は?』

 「一昨日までずっと眠ってたみたい。ただそれは怪我によるものではなく、疲労からきたものらしい。今日、初めて診察室で診察するって」

 『九条が、か?』

 「そう。私もあとで行くけど」

 『なら、あとで九条に電話してみる。俺も聞きたいことがある』

 「国外そとのほうはどうなってるの?」

  二条の声が真冬の朝のように引き締まった。

 『一言で言うなら。複雑怪奇ふくざつかいき

 一条の口調もどこか硬くなる。

 「縺れあってるってこと。ここ六角市との関連性は見つかったの?」

 『まだだ。けど関連性がないとは言えない。バタフライエフェクトかもしれねーし。蝶の羽ばたきが地球の真裏で嵐を起こすこともある』

 「曖昧ね」

 『それくらいややこしいんだよ。スクラッチくじみたいにすぐに結果はでねーんだ。海外と言えば。オフレコだけど、バシリスクが討伐されて、フランス当局で小規模な人事異動がある』

 「また話が飛んだ? まあ、前にバシリスクとやりあってたのはヤヌダークだからね。その話の意図は?」

 『フランスの人事だって九久津毬緒がバシリスクを倒したことによるバタフライエフェクトかもしれねーってことさ』

 [この世界は大小様々な歯車が噛みあって、すべてが連動して動いてるからな]

 『おっさんの言う通り。ただしすこしくらい歯車が欠けようがどうってことはない、世界はその穴をまた別の仕掛けギミックで修正して回りつづける』

 「まあね。正直、この世界の重要人物ひとりが死んでも世界は止まることはないからね」

 『小さな出来事かもしれないが、そのヤヌダークがトレーズナイツに入閣する』

 「海外の組織体系は日本とは別だものね」

 (トレーズナイツ。フランス大統領直下の十三部隊か。ヤヌダーク大出世ね)

 「ボナパルテは?」

 『ナンバーツーのまま。現状維持』

 [まあ、日本は日本。海外は海外のやりかたがある。それゆえに、ときとして国と国のメンツが衝突する]

 「私たちは、国のためにただ尽くすのみ」

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