第103話 閾値(いきち) 

 

「私も近衛も九条も、ときどきあんたの鋭さに驚かされるわ。まるで安具楽椅子探偵あぐらいすたんていね?」

 『図星だろ?』

 「私だって、そこまで根性悪くないわよ。これからさき目の前で仲間を失うことだってあるかもしれない。それを疑似体験してもらいたかったの」

 『さっき姫は感性が鋭いって言ったよな? 姫はそんなおまえの裏の裏まで読んでたんだろうな。だから絶縁ぜつえんするほど嫌いにはなれねーんだよ」

 「美子は私の意図に気づきながらも、坦々と作業をこなしてたってこと?」

 『だろうな。すこし話しすぎた。ちょっとタバコ吸っていいか?』

 「勝手にどうぞ。そもそも私たちはネットかん通話なんだし」

 カチャっと金属のふたの開く音につづいてシュポっという音がした。

 ガサゴソと紙のこすれる音とともに一条は大きく息を吐いた。

 「ふぅ~。美味い」

 一条の二回目の吐息と、二条側の前に置かれているPCからの――キーン。という電子音が交差した。

 甲高い音とともに、紙飛行機が電脳の海を颯爽と泳いで、手紙を運んでくる。

 「きた」

 二条はメーラーを立ち上げると、封がされたままの便箋びんせんが一通あった。

 手の動きと連動して、カーソルはスイスイと画面を流れる。

 二条は【件名:検査結果】と書かれたメールをクリックした。

 ――カチャ。メールの封は解かれた。

 「一条。結果読み上げるから」

 『ああ』

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 ご担当者様、お世話になります。

 以下、結果報告です。

 判定結果

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 思わせぶりな文面をスクロールする二条が画面を凝視している。

 驚くでも喜ぶでもなく、表情に変化は見られない。

 まるでそこが定位置であるかのように、手の動きもマウスも止まったままだ。

 一度床に視線を逸らし、ほんの一瞬なにか考えごとをしたかと思うと、ホイールボタンを人差し指で一気にスクロールさせた。

 矢印が画面下で止まる、キンキンとスクロールを繰り返すたびに甲高い警告音が鳴った。

 それ以上はもう下に進めないことを示していた、これで文面は終わりということだ。

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 持ち込まれた、藁、三本。

 (便宜上それぞれの藁にABCと名付ける)

 三本、分析結果。

 藁A

 他の負力汚染なし。

 他の負力混在なし。

 忌具レベル=レベル二

 藁B

 他の負力汚染なし。

 他の負力混在なし。

 忌具レベル=レベル二

 藁C

 他の負力汚染なし。

 他の負力混在なし。

 忌具レベル=レベル二

 総合結果=忌具レベル二

 以上

 Y-LAB

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 「一条。レベルツーの忌具だった」

 『その口振り。腑に落ちねーって感じだな?』

 「上手くは言えないけど、あの藁人形を見たとき、もっと肌に刺さるような嫌な感じがあったの」

 二条はいっそう、饒舌じょうぜつになる。

 「それがレベルワンでもレベルファイブでもない。微妙なツー判定なんて」

 『レベルワンより下に行くには三家(寄白・九久津・真野)の許可がいる。レベルファイブにおいては当局の許可証もいる。確かに中間なかをつかれた感はいなめない。正直なところ忌具保管庫のレベルファイブに入るなんて、当局でもそうそう簡単にはできねーからな』

 「あんたでも・・違和感を覚える?」

 『まあな。おまえは機転を利かせ微風ブリーズで藁人形の微細証拠を集めることにした』

 そう言ったあとに一条は深い息を吐いた。

 すぐにジリジリと紙が燃える音がスピーカーから聞こえる。

 そして陶器がなにか硬い物の上をすべる音がして、またカチャっと金属のふたの開く音がした、その音に重なるように、ふたたびシュポっという音がした。

 『ふぅ~』

 「藁人形なんだから風圧で藁の一本や二本くらい落としていくでしょ?」

 『ズバリ読みは当たったってことだな。ハナから倒すことを諦めて、検体を解析に回す判断。その打算的なところがおまえの長所だ』

 「美子を抱えたあの状況なら、まずは手がかりを掴むことを優先するでしょ? それに相手は忌具」

 『おまえの考えそうな策だな。まあ、そういうところもあって姫はおまえを憎めねーんだろうな』

 「そうかしら。それよりこの結果どう思う?」

 『なあ二条、俺が吸ってるタバコは何ミリだ?』

 唐突に一条の話が逸れた。

 「はっ?! あんたの嗜好なんて知らないわよ。しかも、すでに二本目吸ってるでしょ? あんた時々意味不明な質問するわよね? ただ、最終的にはいつも明確な答えがあるんだけど。さっきの人を数える単位だってそう」

 会話の流れを断ってまで論点を変えた一条のその意図に、二条もすこしは理解を示している。

 そこは長年に渡って、お互い当局で仕事をしてきた関係性があったからだ。

 『もろもろ含めてわかってるじゃん。じゃあ何ミリだ』

 「そもそも私はどんな数値なら、低くて高いかも知らないのよ」

 二条は答えをくような口振りだった。

 早く、問に対する真相を知りたかったからだ。

 『答えは十二ミリ』

 「それは高いの低いの?」

 『すこし高いかな。世間では三ミリくらいなら低いって解釈だろうな』

 「それで?」

 『タバコってのは銘柄が同じなら、一ミリも六ミリも十二ミリも同じ葉なんだよ。つまりはフィルターで調節してるだけ』

 [ほ~。ってことは忌具がレベル区分を考えて閾値いきちを下げた可能性があるってことか?]

 一条と二条の会話に重なる、しゃがれ声があった。




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