第102話 瞬きひとつで終わる人生

九久津がバシリスクとの戦闘を終えてから数日が経過していた。

 二条はいまだ、六角に留まって、ここ数日の報告書を作成している。

 遮光カーテンで閉ざされた六畳ほどの部屋にカチカチとキーボードをはじく音がする。

 液晶画面が前のめりの顔を照らす。

 アルファベットのキーがタッチされるたびに、白紙の画面に右から左へと文字が流れていった。

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 検査結果報告

 被験体の検査方法

 ・体液検査

 ・負力構成要素検査

 ・皮膚組織(鱗)の形状判断

 以上、上記の三検査の総合判定。

 ――バシリスクとの一致率97.56%

 よって、今回、九久津毬緒によって退治されたアヤカシはバシリスクと断定する。

 Y-LAB

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 二条はこの用紙の内容を、一言一句違わぬように、そのまま丸写しにする。

 指先がQWERTY配列のキーボードをなめらかにすべった。

 (97.56%。学術的にみれば完全一致。バシリスクはこの世から消えた)

 カチカチとした一定のリズムを断ち切るように、ポップアップメッセージが画面に浮かび上がっってきた。

 同時にポワポワした音が鳴ると、丸角まるかどの長方形が“応答”と“拒否”の二者択一を迫ってくる。

 着信相手は“外務省 一条空間”となっていた。

 二条は迷わずに“応答”をクリックする。

 「なに?」

 PCに接続された卓上のガンマイクが二条の声を拾った。

 二条は画面に向かって話しかける、そのあいだも視線はキーボードと資料を行き来している。

 『どうなった?』

 低音の渋めの声が、画面の奥から響いてきた。

 「まだ結果がでてないのよ」

 『何日かかるんだ?』

 「今日中にはでるって。バシリスク退治の正式判定がでたのが夜中だから。そっちに人員も時間も使ったんでしょ。優先順位としては正しいわ」

 『ならいいか。おまえ、まだ、と仲悪いのか?」

 「美子のこと?」

 『姫って言ったら、寄白姫よりしろひめしかいないだろ。まあ、あだ名だけど』

 「別に仲が悪いってわけじゃないわよ。あの娘が一方的に私を避けてるだけ」

 『なにしたんだよ?』

 「あんたには関係ないでしょ。私はただ、実務実習で能力者のデータベースの編集をさせただけ。でもそれはクラス全員によ。だから、あの娘だけを特別視したわけじゃない」

 二条のブラインドタッチがピタリと止まった。

 「美子には向いてなかったよ。あの娘は感受性が強すぎるの。背負わなくていいものまでで背負って。捨てれば楽になれるのに」

 ――先生は、ひとつを拾うフリして、その隙に二つを捨ててるだけ。

 それは、いつか寄白が二条に言った言葉だった。

 いまだ二条の心に棘のように刺さって、ときどき痛みを呼び起こす。

 寄白の遠回しの言葉を、二条自身はこう変換した。

 ――先生は、無駄なモノを持たない、それどころか、邪魔になりそうなモノを常に探している。

 『それだけで、おまえを嫌う理由にはならねーだろ?』

 「実習の日、美子が私に言った言葉。――ボタンひとつで人の人生終わらせんな。そう盾突たてついてきた。あの娘だって、私たちのように統率する側の人間なのに……」

 『はっ? ボタンひとつ? それが【能力者専門校】に退学届けをだした理由か?』

 「当局の帝王学を教えるのが国営の能力者学校でしょ? 違う? いてはそれが国民の安全を担保することに繋がるのに。美子は特待生だったのよ」

 『それじゃ心がねーな。しかも当局は退学届けを正確には受理してないだろ? 特待生ってのはほとんどが門閥もんばつだ。【アヤカシ対策局】は転校ってことで手を打った。姫にとっては脱線したと思って場所にすでに新しいレールが敷かれて、それが既定路線だったような振舞いに苛立ったんだろうよ』

 「転校は苦肉の策よ。美子はITスキルが高いから、一芸で六角第一高校に転校させたの」

 『そういう人生を意のままに操作されることがイヤなんだよ。姫は産まれたときから鳥カゴのなか。なあ、二条、人を数える単位は?』

 「なによ、急に? にんでしょ」

 『俺ら当局の数えるにんは、姫にとってのひきみたいなもんだよ。どっかモノみたいに扱ってんだ』

 「一条……美子の気持ちがわかるんだ? あんたって、ものすごいリアリストだけど、それ以上にロマンチストなのよね?」

 『褒め言葉だと受け取っておく。姫の言ったボタンひとつの人生ってのはマウスでファイルから名前を消すことだろ。たったそれだけで能力者は居なかったことになる。右クリックで消された人にも能力者として苦悩してきた人生があるのに、一瞬で人生が終わってしまう。それこそまばたきでもしてるあいだに、だ』

 「なるほどね。私にはそういう視点はなかった。毎年の更新作業って、各都道府県に新しく加入した能力者と、亡くなった能力者の整理だと思ってたから」

 『慣れ過ぎたんだよ。あまりに当局たかい場所にいたから』

 「私は九久津堂流・・・・・の名前が名簿にあったからだと思ってた」

 『そうやって試したことが一番の原因だ。おまえの意図は読めたよ。知り合いの名前が名簿にあっても、ためらいなく消せるのかをテストした。けど姫は見抜いてたんだよ』

 「なにを?」

 『オマエの捻じ曲がった根性』

 「はっ?!」

 『毎年、実務実習名簿はマスターファイルを使う。十年前のコピーファイルを使うならともかくな。そこに九久津堂流の名前が載ってるのは、どう考えても不自然だろ?』

 ――ふっ。二条は苦笑した。

 まるで心内こころうちが見透かされ、表情として現れたような笑いだった。




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