第100話 下級アヤカシ うぶめ

 九久津は安堵する。

 (雛ちゃん。的確な判断だ)

 社は牽制けんせいしながら、虫の息の姑獲鳥に対しても、安全圏の距離を確保した。

 たとえ、そこで姑獲鳥が巨体をひるがえしたとしても、自分の身に危険が及ばない距離だ。

 社は左手に強く力を込める。

 ギチギチに巻かれた姑獲鳥の体に、なおも弦はギシギシと食い込む。

 だが姑獲鳥の挫滅ざめつした個所には硬化現象がはじまっている。

 ねずみ一匹、逃がさないほど慎重な社。

 制服の内ポケットに右手入れると、さっそうと人型の半紙を宙にまいた。

 小さな人は紙吹雪のようにヒラヒラと舞う。

 {{六歌仙ろっかせん大友黒主おおとものくろぬし}}={{風}}

 ――ヒュー。っとトンネルのなかを風が駆けるような音がして、いまそこに巻き起こった風が螺旋の刃となった。

 風はまるで、意思のある生き物のように、社の腕に合わせて姑獲鳥をミキサーにしていく。

 獣の肉をこそぎ落とすように、切り刻まれていく姑獲鳥。

 同時に亜空間を開放する社。

 風は解体した姑獲鳥の破片をはるか上空へと運んでいく。

 姑獲鳥がこの状態から、なにかの拍子に反撃することは皆無だった、姑獲鳥を完全に仕留めたといってもいい。

 九久津はふたたび安堵する。

 (確実なトドメのさしかた完璧だ。雛ちゃん調子戻ったみたいだな)

 社は、寸分すんぶんの隙もみせず姑獲鳥を倒した。

 完全な任務の遂行だったが、社のミスは区切りのつけかたにあった。

 いや、それをミスとするのは酷な言いかただろう。

 とりたてて騒ぐほどの間違いではない。

 社自身、戦闘になれば戦い・・に集中することは織り込み済みだった。

 いままでだって大小様々な悩みを抱えて戦ったことはある、一時いっときの気の迷いが戦闘そのもの・・・・に差し障ったことはない。

 ただ、言い換えれば、戦闘が終われば気を抜いてしまうことを意味していた。

 上級アヤカシならば戦闘終了時に解析部隊の検証が入り、退治判定がでるまで数日から一週間を要する。

 結果がでるまでのあいだは必然的に、気の抜けない生活を余儀なくされる。

 つまりは潜在的な延長戦を強いられるということだ、けれど中級以下のアヤカシにその必要はない。

 姑獲鳥は粉塵ふんじんとなり、花火の煙のように、辺りをけぶらせていた。

 さきほどまで姑獲鳥の鳴き声が響いていた、廃材置き場は静まり返っている。

 ほどなく、静寂しじまは、たったの一音で分断された。

 ――ゴツッ。重く鈍い音がした。

 その音を細かく表現するなら、硬い物に硬い物がぶつかった音だ。

 ぶつかった側は、なかになにかが詰まり、少し空洞のあるようなモノだと推測できる。

 白いもやが晴れていく。

 九久津が嫌悪感を覚える音を耳にしたのがさきか、社に視線を移したのがさきなのかわからないくらい一瞬のできごとだった。

 「なんだ?」

 九久津さえ予期しないできごと、いや予想しえない確率。

 社の額の一部が、ドス黒くよどんでいる。

 大きな端材に頭を打って、その場に倒れている社がそこにいた。

 現在進行形でコメカミの血がアメーバ状にじわじわと広がっていく。

 ――シク シク シク シク

 古典的な女性のすすり泣きがした。

 湿ったような籠ったような泣き声に、九久津は呆然とした。

 「うぶめ……」

 その泣き声からも、仄暗ほのぐらさと陰気さを感じさせた。

 そねむような、泣き声はなおもつづく。

 ――シク シク シク シク

 「……女形めがた産女うぶめ……?」

 九久津の目前には、ボサボサの髪に薄汚れた着物姿で、ピクリとも動かない、産着の赤子あかごを抱えた、女のアヤカシがいた。

 ――シク シク シク シク

 産女の口元が動く、ちょうど泣き声と泣き声の合間に、下アゴだけがガクンと落ちるて開かれた、口の奥から黒いプラズマのような塊が飛びだす。

 {{混成召喚}}≒{{サラマンンダー}+{{カマイタチ}}

 「産女うぶめ!!」

 九久津はわずかの隙もなく、焔の剣で産女を真横に一刀両断した。

 黒いプラズマは放たれることもなく口のなかで爆ぜた。




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