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第219話 双頭の蛇

「とりあえず、蛇は二匹いるってことを共通認識としましょう。いいかしら?」

 「いいですよ。さっきまでの話の流れから考えると、そう思えますし」

 みんなも俺に同調してうなずいた。

 ……にしても、蛇が二匹か、それはそれで複雑だよな。

 滅怪については理解できた、星間エーテルについての話はこれ以上話しても進展なさそうってことで話題が自然消滅した。

 エネミーは蛇が二匹ときいてビビってるし、でも、それはしょうがない。

 前の死者が蛇によってブラックアウトさせられたかもしれない・・・・・・という前例があるから。

 いま九久津がエネミーを丁寧に落ち着かせてる。

 九久津が召喚する護衛のアヤカシは、エネミーにとってずいぶん心強いらしい、なぜなら、さっきの戦いで九久津に絶大な信頼を寄せてるからだ。

 召喚したアヤカシの数が多いからかもしれない、子供の視点から見て、仲間は多いに越したことはない。

 これはアニメ好きなエネミーに絶対当てはまる、仲間たちとの絆に憧れるのは俺でも理解できるし。

 九久津はエネミーにとってアニメ主人公ヒーロー的存在なんだろう。

 おっ、どうやら話はまとまったようだ。

 なぜか九久津とエネミーがハイタッチしてる、って、こんなときに気になってしまうのは社さんのことだけど……うん、まあ、平常だね。

 エネミーに嫉妬するわけないか。

 「でも、二匹となると大変ですね。誰がやったのかわからないですけど、ぬらりひょんでさえ、あんなふうにされてしまうんだから」

 

 社さんのその言葉はとても大きな意味を持つ。

 アヤカシの総大将とも呼ばれるボスでさえ、切り刻まれて利用されてしまう……そしてそれをできる者がすくなくとも、二人いるかもしれないってことだから。

 「雛ちゃんの言うとおり」

 そう言った九久津はいまのいままでエネミーに見せてた柔和な表情とは真逆になった。

 当然、九久津も蛇を警戒する。

 「蛇ならバシリスクを操るなんて造作もないことだろうな。バシリスクが蛇の王なんて異名は笑えるよ」

 九久津がそう皮肉めいたときだった、相変わらず深くは理解してないエネミーが一度首を傾げてから、我が物顔でニカっと微笑んだ。

 そ、その顔、九久津の言葉のなにに反応した?

 「アニメでも魔王の上には大魔王がいるアルよ!!」

 おう?! エネミーのアニメ脳炸裂、そしてドヤ顔。

 独壇場だ、水を得た魚だ。

 と思ってると、九久津は目から鱗とばかりに驚いた顔をしてる。

 九久津も、そ、そこまで驚くことか?

 そういえば、寄白さん、さっきから静かだな、いや、四階にきたときからか。

 俺に対する当たりの数がすくない。

 校長も、アニメはわからないって感じで口数がすくなくなった。

 「エネミーちゃんそれだ!!」

 な、なにがそこまで九久津の心をとらえた?

 九久津はそれを人生のなかで初めて知ったといわんばかりだ。

 あっ、この緊張した状況で忘れてたけど、九久津ってアニメも観ないしゲームもしないんだった。

 となるとエネミーの発想はコロンブスの卵的なことだったのか。

 

 「バシリスクが蛇の王なら蛇はさしずめ”蛇の大王”ってことかー」

 しかし九久津くん、そこまで喜ぶかね。

 ただ九久津のことだ、そこからまた新しい発想が浮かぶのかもしれない。

 意外と、九久津とエネミーの相性もいい、てか、エネミーのあの感じなら誰とでも合うと思う。

 さすがは末っ子。

 「そうアル。蛇の大王はメガネ蛇アルよ」

 お、おい、エネミーそれはどうでもいいんだよ、それを言うと九久津は、って、おお、ああーあ、やっぱり混乱してる。

 九久津の表情が忙しいことになってる。

 「九久津。そのメガネ蛇ってのはアニメのキャラだ。気にするな」

 いや、じっさいそんなキャラはいないんだけど、ここでその話をすると、さらにややこしくなるからアニメ用ってことにしておく。

 エネミー先生・・のアニメ理論だと、怪しいやつのメガネはレンズがベタ塗りになって、そのあとに口元がニヤってなって、最後にレンズがキラリするらしいからな、まあ、そういうアニメの演出なんだけど。

 昨日も言ったけど、ラスボス全員がメガネをかけてるわけじゃないんだよ。

 ついでにマラソンを一緒に走っても無駄だ。

 「えっ、ああ、そうなの? 沙田?」

 「そう」

 エネミーは自分の両手でメガネを作って俺らを眺めてる。

 おい、おまえが九久津を混乱させたんだよ。

 この自由っ娘。

 理論的なやつは、アニメ脳の支離滅裂発言に弱いってことが証明された。

 なんたってメガネ蛇に隠れた意味なんてない。

 話の流れでそんなパワーワード(?)が生まれただけだ。

 まあ、これはこれで九久津の弱点ってことになる、パーフェクトな人間は存在しないんだな。

 「あっ、あ、あのさ、お、俺は教育委員長がぬらりひょんだと思ってたんだけどな~」

 ここで話の流れでも変えとくか~、エネミーがさらディープなアニメの話をしたらマズい。

 でも、じっさい教育委員長に会ったときに、ぬらりひょんだと思ったのは事実だし。

 これは断じて嘘じゃない、が、あのときすでに邪気のようなものは感じなかったから、アヤカシが化けてるわけじゃないことに気づいてた。

 なんだかんだ悪人じゃないことも、むしろ俺らを助けてくれるような人物だと思う、なんつーか、ザ・教育者のような。

 「ないない」

 みんな口を揃えて否定した。

 お、俺の考えが木っ端微塵に散った、いや、わかってたよ。

 でも、ここまではっきり否定されると、逆に清々しい。

 エネミーは下目づかいで俺を見てるし、今回は一段と大きく目を見開いてくるね~、おおー小バカにされてる。

 でも、おまえはそれでいいよ、みんなの妹ポジションで。

 

 まだ、ガン見してくるか。

 カラオケの貼り紙を見たときと同じ顔つき、おお、子憎たらしい。

 まあなにはともあれ、これで俺の教育委員長ぬらりひょん説は完全に否定されたってことだけど。

 そもそも、ぬらりひょんの脳があんなことになってるのに教育委員長が存在してる時点でぬらりひょんイコール教育委員長ではないってことだ。

 となると、教育委員長はふつうのおじいちゃんってことになるのか?

 なんかスゲー能力者じゃねーの?

 

 「蛇は世界の歴史にさえ巻きついてるかもな? どうしても、ここ十年のうちに動き始めたなんて思えない」

 九久津が考えてたのはそれか。

 俺がエネミーと亜種にらめっこをしてるうちにそんなことを思ってたのか。

 たしかに【Viper Cage ー蛇の檻ー】のなかの項目の三。

 【3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない】から考えると十年前には、えっと、十年前? 

 それって昨日の診察でも只野先生が。

 

  ――おそらくは十年くらい前から……心当たりはないかな?

 

 って。

 いや、思い過ごしか、十年前くらい・・・前だもんな。

 でもなんとなく、その十年前にいろんなことが集約されてる気がする。

第218話 退治レベル

「繰さん。スマホには、ぬらりひょんの脳だとしか書かれてなかったんですけど、具体的な重さはわからないんですよね?」

 「えっ、えっと、そうね。その辺りの数値的な情報はなかったわ。でも解析部なら微細証拠からでも脳の正確な容量を計測できるはずよ」

 「そうですか」

 九久津は残念そうにして―― 脳の容量は体重の2%……。

 と言いながら空計算からけいさんをはじめた。

 「詳細データ取り寄せてみる?」

 「いいえ。ないなら大丈夫です。頭のなかで計算できますから。そんなにズレないと思いますので……」

 「そう。まあ、九久津くんならそれでなんとかなりそうね」

 「はい」

 恐ろしく早く計算が終わった。

 「皮膚片立体化法なんかを応用すれば可能か。でも滅怪めっかいじゃなくてよかった……」

 言葉の最後は、まったく別の話題だった。

 九久津が口にした謎の技術は、きっとY-LABによるものだろう。

 それに滅怪? 初耳だなその言葉も。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言葉もあるから、いまのうちに訊いておいたほうがいいよな。

 

 「九久津、滅怪って?」

 

 「あっ、そっか沙田くんは退治レベル知らないんだっけ?」

 九久津の代わりに校長が反応した。

 校長は――あれ、それ教えてなかったけ? みたいな顔で俺を見てるし。

 でも前にもらった資料のなかにはなかった。

 

 「退治レベルですか?」

 退治にも段階があるってことか。

 アヤカシが消えれば、ぜんぶ退治だと思ってたわ~違うのか。

 「そうよ。アヤカシの退治にはね除怪じょかい抗怪こうかい殺怪さっかい滅怪めっかいの四段階の退治レベルがあるの」

 「はじめて聞きました」

 「ならここで覚えてね。除怪は塩や聖水、お札などでアヤカシを追い払うことを言うの。抗怪はアヤカシに物理的ダメージを与えること、まあ意図せずに除怪が抗怪になることもあるけどね」

 あっ、そっか最初のモナリザとの戦いで、九久津はモナリザを追いつめたけど、

あえて五芒星を完成させずに一点を開放してた。

 あれって塩に触れるとダメージを受けるから、モナリザは真っ先に出口に向かってったんだ。

 俺たちはそこを逆手にとって出口付近に机を置いて罠をしかけた、モナリザはそれにまんまとはまった。

 まるで追い込み漁みたいだ、あのときも計算ずくの戦闘だったな。

 塩はアヤカシを追い払うには理に適ったお守りなんだ、ちょっと見くびってたわ。

 しかも一校の生徒は社さんの実家の六角神社の塩を使ってるし、市販の塩よりも効き目ありそう。

 「殺怪はアヤカシの生き死にでいうところの”死”に相当するわ。滅怪もアヤカシが消滅するからこれも”死”に相当する。でもね殺怪と滅怪の決定的な違いがある」

 「決定的な違いですか?」

 「ええ、そう。それは退治後にアヤカシの痕跡が残っているか残っていないか。殺怪の場合、解析部が入ればどんなアヤカシだったのか情報を得ることができる、それこそ各アヤカシの負力構成比なんかを知ることができる」

 負力の構成要素はアヤカシの中身のことで、同じ種類のアヤカシであっても、同一固体は一体も存在しないんだよな。

 人間もそれぞれ血液型やDNAが違うように、アヤカシだってそれぞれ違う。

 「滅怪の場合は痕跡がなにひとつ残らないから、解析部が入っても情報を得ることができない。ってことね」

 「へー、アヤカシが居たのに痕跡が残らないとは……」

 「でね、その滅怪領域でアヤカシを退治できる能力者っていうのが、これがまたレア中のレアでね。能力者自体が人間のなかでもレアなのによ。なにより滅怪は痕跡を残さないから自己申告でしかないし、私が知ってる能力者のなかでも滅怪を使える人はいないかな」

 校長の知り合いにもいないのか。

 けど、そこまで自信満々に言わなくても、意外な人物が滅怪領域で退治できます、みたいなこともあるんじゃ。

 「繰さんが言ったことがすべてだ。当然、俺も滅怪を使える能力者は知らない」

 九久津も補足することはなにもないって口振りだった。

 なるほどな、それにしてもそんな能力者がいるとは、能力者のなかでも上級の能力者って感じだな。

 救偉人のなかにはいるんじゃないか?

 あとはミッシングリンカーって能力者のなか?

 あれっ……でも?

 近すぎてわからないってのもよくあるよな。

 「九久津。このなかにも滅怪めっかいで退治できる人いないの?」

 「……」

 

 みんなそれぞれに何秒かの間があった。

 これは誰も考えもしなかったって感じか?

 それぞれ顔を見合ってるし。

 まあ、エネミーに関してはないな、劣等能力者って言ってるくらいだし、なにより生まれたてだ。

 ここにいる俺とエネミー以外の能力者は、寄白さん、社さん、九久津、校長。

 う~ん、さすがにこのなかで滅怪でアヤカシを退治できる能力者は隠れてなさそうだ。

 みんな長い付き合いの顔なじみなんだし。

 滅怪領域で退治できるなら、ずっと前に話してるだろう。

 誰がなにかを言ったわけでもないのに、みんなの答えがでたような気がした。

 この場の雰囲気だけで俺が感じたことだけど。

 ”いない”って結果だと思う。

 「その可能性もあるかもしれなけど」

 

 九久津は語尾を溜める。

 「いないだろう」

 と結んだ。

 「わかってるよ。みんなのやりとり見てて。だろうなって思った」

 九久津はまたなにかを考えはじめた。

 まあ、俺が考えないようなことを考えてるんだろうけど。

 「九久津どうした?」

 「いや、いままで考えたことはなかったけど。人のイメージと負力で誕生するのがアヤカシ。それとはまったく別種のアヤカシである、ぬらりひょんからでも星間エーテルは抜けでるかと思って。単純にぬらりひょんを滅怪で退治した場合、星間エーテルも無に還るのか。そもそも、ぬらりひょんにそんな機能があるのかないのか。……というより俺と同じことを考えた研究者がいるのかいないのか」

 「えっ?」

 九久津たちのあいだでも、ふつうの情報なのか星間エーテルの話って。

 校長も寄白さんも社さんも、どこか尊敬するように九久津を見てる。

 それもそうか、九久津の唯一無二の考えかただ。

 Y-LABでプレゼンしたら、なんかの新発見に繋がったりして。

 エネミーはと言うと、辺りの空気を読んだのかどうかわからないけど目を泳がせてる。

 子供のもう、お家帰りたいモードだ。

 でも、リアルに考えると生後一週間にも満たない子供だよな。

 死者じゃなきゃ、いまごろベビーベッドで寝てるはず。

 本当なら、まだ話すことも食べることも歩くこともできない歳だ。

 「星間エーテルの転生の話って魔障医学の話じゃないのか?」

 星間エーテル、転生の理由。

 寄白さんは……卑弥呼の……。

 ルーツ継承と信託継承、俺のルーツはまだまだ謎だけど。

 でも、俺は昨日、只野先生にその話を聞いたからわりと詳しいけどな。

 「魔障専門医の領域までは知らないけど、転生に星間エーテルが関係あるってのは常識だから。俺も繰さんも、美子ちゃんも雛ちゃんも、それなりには知ってるよ」

 「そうなんだ。じゃあ魂の重さが二十一ミリグラムって話は?」

 「さだわらしがどうしてそんなことを知ってるんだ?」

 寄白さん目が怖いっす。

 「すごい、そこまで知ってるんだ」

 社さんに初めて褒められたような。

 なのに、社さんはそのあとにものすごく沈んだようだった。

 「沙田のくせに、やるアルな」

 俺はエネミーにちょいちょいけなされるけど、べつに心から悪口を言われてるわけでもないし。

 そこは使者である寄白さんの中身を引き継いでるのかも。

 

 モナリザの戦いの直後は、俺を尊敬してたはずだけど、まあ、俺をイジって暇じゃなくなるなら歓迎だけど。

 

 「いや、主治医にきいただけだから」

 「そっか、昨日の診察でよね?」

 校長はそう言いながらも意識はスマホに向かってた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇はぬらりひょんの脳を切り刻んで利用してるかもしれない。

 7番は私の意見なんだけど、みんなはどう思う?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

と書かれていたものが

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇は二匹(ふたり)いるかもしれない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 と変更された。

 【Viper Cage ー蛇の檻ー】の7番目がまるまる変わった。

 俺たちはスマホを震動と同時に、またそれを見てる。

第217話 天才脳

 「繰さん。俺はさっき上級アヤカシ以上の何者かって言いましたけど。上級アヤカシはある一定値を超えたアヤカシの総称ですので、ぬらりひょんの脳を切り刻んだ者イコール・・・・って結果は早計な気がします」

 アヤカシの起源によると基本アヤカシは下級アヤカシ、中級アヤカシ、上級アヤカシの三種類に分別される。

 ただ中級以上のすべてのアヤカシが上級って括りになるから、上級アヤカシでも天と地の差があったりするんだよな。

 問題はぬらりひょんを上級のレベル一だとして、蛇は上級のどこに位置してるかだ。

 十なのか百なのか千なのか、あるいは一万、もっと上で十万、百万?

 ただ、九久津の口振りからすると、蛇はぬらりひょんよりも賢いのは間違いないだろう。

 そこにずるさも含まれてるけどな。

 「九久津くん、どうして?」

 校長は異を唱えるように訊いた。

 腑に落ちないってニュアンスありありだ。

 「ぬらりひょんは排他的上級固有種です。この種は出現周期のデータがないですよね?」

 「そうね」

 「ぬらりひょんはアヤカシではあるけど、非常に人間に近い種だからね。そのための排他的固有種」

 「俺が知る限り、ここ百年のあいだでぬらりひょんが退治されたことはないですし、目撃報告も江戸末期だったはずです」

 「そうね。たしかに日本中どこの能力者たちもぬらりひょんを退治してないわ。それが今回のこととなにか関係あるの?」

 九久津は校長の問いになにも答えずに、視線のさきを寄白さんと社さんの中間に向けた。

 「ねえ。美子ちゃん、雛ちゃん、リビングデットの腕が単体で襲ってきて、そこに脳が見えたから一匹グールが混ざってるって思ったんだよね?」

 「ああ、そうだ」

 「うん。そう。リビングデットの腕に食い込んだ、その脳がまるで腕を操縦してるようだったから。だから私も美子もそのリビングデットは低知能を持ったグールと判断したの」

 「つまりは雛ちゃんがリビングデットの腕を目視した時点でリビングデットの腕の切断面に脳が見えたってことになる」

 九久津は自分の腕を切るようなジェスチャーをした。

 「うん。ほんとにそんな感じだった。美子、危ないって思って、私はとっさに弦をだしたくらいだから」

 「そうなると、まあ、個体差にもよるけどぬらりひょんの脳の容量に対して、グールの腕に使った脳の容量が多すぎる」

 「ほんとに病人かよ?」

 寄白さんのその一言は、間違いなく褒め言葉だ。

 病院抜けだしてきて、ついでに隠しごとまであるくせに、頭、冴えすぎ、そんな意味が込められてるような言いかただった。

 って、これは俺の勝手な解釈だけけど、賞賛してるのは間違いない。

 「九久津くんは六角ガーデンにいなかったし、それに戦いのあとに美子がリビングデットたちをイヤリングに吸収しちゃったけど計算できるの?」

 社さんでさえ驚くくらい、九久津は予想のさきを行ってるのか。

 「そこはおおよそだよ。ぬらりひょんは頭部の大きな小さな老人って鋳型で誕生するから」

 そう、いま九久津が言ったこともアヤカシの起源に書いてあった。

 人が描く共通イメージでアヤカシが生まれる。

 「ぬらりひょんとは”頭部の大きな小さな老人”。これが一般的なぬらりひょんのイメージ。そこに成人一般男性の脳サイズの平均千三百五十グラムから千五百グラムの容量と、一般的な人間の腕のサイズを対比させて導き出しだけなんだけど」

 「そっか、その計算式なら確かに机上の計算でも可能ね。しかも、あれを蛇がやったとしたら、いままでの手の込んだ仕掛けからほど遠い気がするし、あまりに目分量で脳を使いすぎてる。逆に本物の蛇ならもっと低容量でリビングデットをグールに変化させるわよね」

 「出現周期さえ定まらない排他的上級固有種の脳……。九久津、それはつまり超貴重なぬらりひょんの脳・・・・・・・・・・・・を簡単に使いすぎだってことを言いたかったのか?」

 「美子ちゃん。正解。インスタントじゃあるまいし」

 おおー!! そういう計算か!! 間違ってない気がする。

 寄白さん良い感想だよ。

 でもそうなると、ぬらりひょんの脳を切ったのは蛇じゃないってことになる。

 ……とすると、そう、蛇なみにヤベーやつがもうひとりいる?

 「九久津くんそれなら蛇以外の誰かがぬらりひょんの脳を切ったってことになるわよね。それはそれで蛇なみに危険なやつよね?」

 聞き役に徹してた校長も口を開いた。

 姉妹ふたりで良いところつくわ~、俺も校長と同じことを思ってた。

 「そうなりますね。もしかすると蛇は一匹じゃないのかも」

 「仲間がいるってこと……私はてっきり単独犯だと思ってたわ」

 校長は自分に言い聞かせた。

 なんとなく呆れかえってようにも見える。

 エネミーは完全に話についていけないようで、社さんの制服の袖をつまんで遊んでた。

 あっ、あれってママ友が話し込んでるときに子供がやるやつだ、完全に暇してる。

 「いいえ、繰さん。そうとも限りませんよ」

 えっ?! 限らないって?

 九久津は自分のスマホを校長に見せて、指さした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇はぬらりひょんの脳を切り刻んで利用してるかもしれない。

 7番は私の意見なんだけど、みんなはどう思う?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 九久津の指さきは、ちょうど項目3をしてた。

 【・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。】の部分だ。

 「そっか。バシリスクを操れるってことはほかの上級クラスも操作できるってことね。仲間じゃなく捨て駒みたいな可能性もあるのね?」

 校長の言葉は俺たちにとってデメリットでしかない。

 なんせ上級アヤカシを捨て駒で使えるかもしれないんだから、蛇は上級のなかでもさらに上級・・の存在ってことになる。

 ぬらりひょんを上級の一とするなら、蛇とは千くらいの開きがありそうだ。

 あくまで俺の主観だけど。

 「ですね」

 「ますますこんがらがってきたわ」

 校長は手櫛で髪を掻き上げたあとに大きなため息をついた。

 これは校長の無意識の癖みたいなものだ。

 考えることさえ恐ろしくなるような、蛇の存在……当然か。

 「あるいはすべて陽動ようどうなのかもしれません」

 「でも九久津くん、陽動作戦なら本命もあるはずよね?」

 「ええ、いまだ本当の狙いで動いてない可能性もります。蛇が暗躍した出来事の絶対数がわからない限りなんとも言えないですけど……」

 九久津……脱帽だ。

 言いかたは悪いけど、九久津の頭脳だって切り刻まれる対象になってもおかしくないくらいの思考能力だろう。

 どこか蛇と九久津の思考がシンクロする、まあ、頭脳合戦の赤コーナーと青コーナーとしてだけど。




第216話 アインシュタイン

「まるでアインシュタインね」

 社さんの儚げながらも、か細い声が混ざった。

 アインシュタイン? なぜ? 共通点といえば知的なところか。

 「なるほど」

 すぐに反応したのは九久津だった、それだけで通じ合えるのか~。

 社さんはコクっとうなずく。

 エネミーは俺を見て、ほんわかした目で合図してきた。

 そして口をパクパクしてる。

 わかってるって、九久津と社さんがあんまり会話できてないってこと。

 って九久津から社さんへの会話はふつうなんだよな。

 問題は社さんがじかで九久津と話せてないってことなんだよな、ただアヤカシ関係の話ならわりと大丈夫そうなんだけど。

 モナリザのときみたいに。

 それもそのはず、社さんは九久津のことを……ってみなまで言わないが。

 エネミーのこの気の使いかたは大人びてるな、この空気を読む力は。

 まあ、社さんを思ってのことだろう、それだけ仲いいからな。

 「アインシュタインの脳はいくつもに分けられて、全世界で保管されてるからな」

 「マジか?!」

 俺は反射的に訊き返してた。

 これはマジで本気で口から勝手にでた言葉だ、それでも九久津は冷静だ。

 さっき、ぬらりひょんの名前を見たときだけ唯一驚いてたんじゃないか。

 「ああ、そこにいたる経緯は省略するけど。アインシュタインの相対性理論はGPSにも使用されてるし」

 「えっ、確か相対性理論ってタイムマシンがどうのこうのだろ? それがGPSに採用されてるってどういうこと?」

 俺には意味がわからなかった。

 「ああ、そっちは特殊相対性理論。俺が言ってるのは一般相対性理論のこと」

 「えっ、なに、相対性理論ってふたつあんの?」

 「あるよ。GPS衛星で使われてるのは一般相対性理論。これによって世界でなん人の犯罪者が逮捕されたのかわからない。ほかにも渋滞の緩和とか俺たちがアインシュタインから受けた恩恵は計り知れないな」

 GPSって……そうか世界中で使われてる、位置を観測する衛星システム。

 アインシュタインがスゴいのは誰だって知ってる、具体的になにをしたのかわからなくても天才だって知ってる。

 たぶん、――ベロをだした偉人の写真は?って質問だけでわかるんじゃないか。

 相対性理論ってスゲー、あらためてスゲー!!

 でも特殊相対性理論と一般相対性理論って、排他的とそれ以外の関係性みたいだな。

 話題からはちょっと逸れたけど、社さんはそういう天才の脳が切り分けられてるって共通点を言ったのか。

 「残酷ね」

 その校長の意見に異論を唱える者なんていない。

 人間の脳を切り分けるなんて、確かにサイコ的だ、でもそれは偉人としての研究対象だからなんだろう。

 「人間だって歴史のなかで同じようなことしてきた」

 九久津の言うことももっともだ。

 人間はとてつもなく残酷なことをしてきた。

 俺たちは教育がっこうでそれを学んできてる。

 むしろ、数珠繋ぎの大量殺人が日本史と世界史だ。

 簡単にいくさ一揆いっきだ、革命だクーデターだって言ってるけど。

 内戦であって、テロだ。

 刀で人を斬る……本当にそんな世界があったんだ、そんなのが妖刀になるんだよな。

 なんど学んでも現在進行形で殺戮はつづいてく。

 それを教えられてる子供だって、真逆の現実を目の当たりにしてどうすればいいんだよ。

 命は大事だって教えられた夜に、誰かが誰かに刺されたってニュースが流れる。

 「兄さんは教えてくれた歴史が犯してきた罪を。西暦で考えてもたった二千年弱だ……。現代ではコンテンツ・モデレーターという非人道動画を削除する職業さえある」

 兄さん、九久津の兄貴……九久津堂流。

 名前は知ってるけど顔は知らないんだよな。

 なんだか変な気持ちになる。

 校長が好きなんだから九久津似のイケメンか、……いや、そもそも兄弟なんだからな。

 九久津って名字だし。

 九久津の怒りの滲んだ表情が印象的だった。

 俺はときどき九久津のなかにそんな激昂的げきこうてきな部分を見る。

 いや、見ないフリをしてきただけかも。

 その怒りはずっとバシリスクだけに向けられたモノだと思ってた、でも違った、この零れるような憎悪は間違いなく世界に向けられたものだ。

 ずっと前からバシリスクへの怨みのなかに紛れてそれはあったんだな。

 座敷童のざーちゃんとは無縁ってわけでもないだろうし。

 ……九久津……おまえ蛇に取り込まれたりしないよな?

 悪魔と契約なんてしないよな?

 「これである仮説が成り立つ。ぬらりひょんが蛇じゃないなら、蛇はぬらりひょんの上位にくる存在」

 九久津の説はどことなく、みんな思ってたことなのかもしれない。

 それを聞いてもなにも驚かない、むしろしっくりくる。

 と同時に蛇はなおさらヤベーって思う。

 背筋に寒気が走るほどに。

 校長は伏せるように持っていたスマホを自分の胸元まで上げると、一度画面に触れて【「排他的上級固有種ぬらりひょん」の脳の一部と判明。】と表示さたままの画面をスライドさせた。

 そこからなにかの操作をしてから指がスゴい速さで動いてる。

 なにかの文字を打ってるってすぐにわかった。

 その内容も想像がつく、しばらく動いていた校長の指が止まったと、同時に俺のスマホが震えた、まあ、みんなのスマホもだけど。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ・7、蛇はぬらりひょんの脳を切り刻んで利用してるかもしれない。

 7番は私の意見なんだけど、みんなはどう思う?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 こんな簡単に【Viper Cage ー蛇の檻ー】の項目が増えてくのか?

 




第215話 排他的上級固有種 ぬらりひょん

 「排他的上級固有種ぬらりひょん」の脳の一部と判明。

 これはいったいなんのことだ?

 俺に、この事前情報はまったくない。

 急にふっと湧き上がってきた謎だった。

 ちなみにエネミーが――ひ。と言ったのは「排他的はいたてきはい」の右側の「」を読んだからだ。

 でも「非」を読めるだけスゲー、まあこの字はアニメなんかでも比較的使われやすい漢字ではあるけれど。

 エネミーの年齢感覚はいまいち曖昧だ、あるところは幼稚だけど、あるところは大人びてる。

 手偏に「非」は「はい」、ぜんぶ通して読めば排他的はいたてき

 排他的ってのは上級、中級、下級以外のアヤカシにつく特別な区分だったはず。

 ざーちゃん、そう座敷童ざしきわらしなんかがその種類に該当する。

 座敷童ってなんだかその響きがイヤだな~。

 いや、座敷童が悪いわけじゃない、ポニーテールの寄白さんが俺を”さだわらし”と呼ぶからだ。

 発音したときのイントネーションが妙に被るんだよな。

 この画面にある判明という言葉? 判明ってことはなにかが判ったってことだよな。

 なんの結果なんだろう?

 そういえば、六角市南南東、郊外にある廃材置き場で発見した”茶色に近い黒と黄色の動物の毛”の正体って判明したのか?

 それともまだY-LABで検査してる最中なのか? って、でもあれ動物の毛だしな。

 動物の種類が判明したところでそれがなんだっつーことなんだけど。

 「美子、雛。あなたたち六角ガーデンでリビングデットと戦ったときに一匹グールが混ざってたって言ったわよね?」

 校長は硬い表情のままだ。

 あっ、俺が九久津の家に行った日にリビングデットと戦ったって言ってた、あの話のことか。

 俺がはじめてコールドスプレーの洗礼を受けた日……しかもあの現場をまさか山田に見られてるとは。

 俺たちが授業中、校長はほとんど保健室で保健の先生をしてる、そして放課後間際に校長室に戻ることが多い。

 山田の行動も注意しながら生活しないとな。

 けど、リビングデッドとぬらりひょんになんの関係が?

 「ああ。腕、単体で私の顔に襲いかかってきた。だよな、雛?」

 「そう。美子の顔スレスレまで腕が飛んできたわ」

 「ってことだ。お姉」

 「私、それが気になってね。教育委員会に報告したあとに、後日、解析部を入れるよう調査依頼をだしておいたの。急がないからお願いしますって」

 「それで?」

 「なんだかんだあったみたいだけど。まあ、それって……」

 校長の口調が弱まった、なにか言いづらそうにしてる。

 それでも校長は寄白さんを前にして口を開く、ここでなにかを隠したとことですぐに見破られるだろう。

 さっきの九久津だってそれを知ってて”隠しごとがある”って言い切ったように思うし。

 「予算的な意味合いのことなんだけど」

 えっ、あっ……そういうのって、無償でやるわけじゃないんだ。

 って当たり前か……シビアだな。

 現実に生きてれば金は使う、けど最近じゃ自販でもコンビニでも電子マネーで済んじゃうんだよな。

 最近、あまり現金で払うこともなくなった。

 ハンバーガーのチェーン店も、コーヒーショップも電子マネー対応の店が多い。

 でも電子マネーって存在してるようでしてない、サイバー空間の話だからな。

 「それでも五味校長がなんとか動いてくれたみたいで」

 「それなら、今日の四階はどうなるんですか?」

 九久津は辺りをグルっと指で一周させた。

 「ああ、これね。このイレギュラーな状況でも四階の備品の破損や破壊に関して当局が予算を組んでるから。こういう特別の日だってあることをあらかじめわかってるのよ」

 ……スゲーリアルだった。

 放っておけば、明日には四階が元通りになってるなんてことはない。

 美術室のドアはもうボロボロ、壊れりゃ、それを修理する人がいてその修理代をだす人がいる。

 「そうですか。もしかしたら繰さんが……自腹でなんて考えが……」

 九久津はそう言いながら、一礼して校長にスマホを返した。

 内容はここにいるみんが確認してるから、もう仕舞っても差支えはない。

 「あっ、ありがと、九久津くん。そこはまだまだ高校生ね。それをやると経理上の問題が起こるから私はやらないわ。穴埋め分をじひで埋めると、どこから出たお金なのかが問題になるし。私がどの立場で出したのかにもよるし。個人、校長、会社社長。仮に修理費が予算内に収まらなかった場合でも、それはきちんと申告するわ」

 校長は、おもいっきり社長業の顔をのぞかせてる、気がした。

 経理、ぜんぜんわからん。

 損をさせないなら、自分の金はなにに使ってもいいんじゃないのか?ってダメなんだよな、その経理上って理由で。

 この話については、九久津はおろか社さんまで呆気にとられてた。

 こうなると俺らもエネミーと大差ない、みんなは黙って校長の難しい話を聞いた。

 あらためて俺らは子供で未成年なんだなって思う。

 校長はまるで一時間分、政治経済せいけいの授業でもしたかのように話した、それを終えると、ふたたびスマホ画面にあった内容のつづきに戻った。

 「それでね。その報告がいまきたの」

 「なんだって?」

 そう訊き返した寄白さんだけは唯一、校長の話を理解してるようだった。

 それもそうか、寄白さんだって前社長の娘だし現社長の妹だ。

 家のなかで、そんな話題のひとつやふたつあるだろう。

 「美子と雛が戦った、花壇周辺の痕跡を解析した結果。グールの脳はぬらりひょんの脳の一部だと判明」

 ど、どういうことだ?

 そんな俺の疑問をよそに、校長と寄白さんの話に割って入ったのは九久津だった。

 「俺は正直ぬらりひょんが”蛇”だと思ってました。人間的な奸計かんけい。そのやりかたは排他的上級固有種である、ぬらりひょんの頭脳に似てるなって思ってました。ぬらりひょんが策略を巡らせて、好き勝手やってる人間に復讐してるんじゃないかと……」

 九久津のなかで、蛇の予想はぬらりひょんだったのか。

 俺のなかでは升教育委員長がぬらりひょんだったんだけどな。

 でも、これで俺の読みは外れた。

 「でも俺の推理は全部崩れました」

 俺と同じで九久津の読みも全部外れたみたいだ。

 「どころじゃないだろ」

 寄白さんが言葉を返す。

 「そう。美子ちゃんの言うとおり。事態はもっと深刻なほうへと傾いた」

 「えっ、美子それってどういこと?」

 「お姉。あれがぬらりひょんの脳なら、ぬらりひょんの体を切り刻んでそれを使ってる奴がいるってことだ」

 「あっ……」

 校長は押し黙った、まあ、俺もだけど、当然、社さんもエネミーも沈黙したままだ。

 「アヤカシの体にそんなことができるのは、魔障医学の知識があるやつ以外には考えられない」

 寄白さんのその言葉で真っ先に浮かんできたのは、只野先生の顔だった。

 でも、それはマッドサイエンティストではなくて、良心的な医師としての顔だけど。

 まあ、魔障医学の知識を持つ者は、すくないなりに世界には、たくさん存在するだろうし。




第214話 後遺症(アフターエフェクト)

 もとのサイズに戻った十字架のイヤリングを手にした寄白さんは、さらに顔を険しくした。

 「九久津。あの風はなんだ?」

 そんな近距離でそこまでキツく言わなくても、ってそれだけ心配してるってことか。

 風って言えばあのモナリザが痙攣けいれんしたやつだ、確かにあれは気になった。

 寄白さんのあまりの剣幕けんまくに社さんもエネミーも校長も、ただ黙ってる。

 「ん……?」

 「私ははじめて見た。あれはシルフじゃないだろ」

 「シルフだよ」

 それでも九久津はいたって冷静だ。

 発する言葉にためらいのひとつもない。

 「違う。私はいまだかつて、あんなに黒く澱んだ風を見たことがない」

 えっ、寄白さんくらいの長い付き合いでも、あのわざを見たことがないって。

 確かに黒み帯びてた、なんつーか、風が濁ってた。

 「本当のことを言え」

 「いや、たまたま、ああなっただけ」

 九久津は眉ひとつ動かさず正々堂々と答えた。

 「九久津。私に隠しごとがあるかないかイエスかノーで答えろ」

 うおぉぉ、寄白さんが核心をついてきたぁ!!

 ストレートにいくな。

 さすがポニーテールのときは度胸が違う。

 「答えはイエス。隠しごとはある。そして俺にだって言えないことはある。それにあの風は確かにシルフだ」

 九久津は九久津でまったく動じねーし、さすがは六角市を守る者たち。

 しかも隠しごとって言い切った。

 って、ここで気になるのはやっぱり社さんだ。

 だよね、そうなるよね、ほんの一瞬ではあったけど、やっぱり心配そうな顔になった。

 いまはもう、いつもの涼しい顔に戻ったけど。

 「理由は?」

 「だから言えないこともある・・・・・・・・・んだって。それにこの言葉を言えばきっと、美子ちゃんは俺に対して口をつぐむしかなくなるよ?」

 「なんだ?」

 「俺は今日、病院を抜けだしてきた。それはつまり、まだ正式な退院の許可がでてないってこと。だから治療の一環で言えないってのが答え」

 ――くっ。寄白さんは口を結んだあとに――まっとうな答えだな。と降参するときのように両手を上げた。

 でもそれは見放したとは違う。

 今回は譲ったそんなふうに俺は思った。

 社さんはまた心配そうに見てる今度はその表情のままだ、それに校長とエネミーも同じだ。

 まあ、この空気感じゃ、しょうがないか。

 イケメン、女子に心配されすぎ、視聴率高けー、占有率高けー。

 「美子ちゃん。わかってくれた?」

 「ああ。わかった」

 「だよね。だって美子ちゃは俺の治療の妨げになることはしないでしょ?」

 九久津はさらに畳みかけた。

 「当たり前だ」

 九久津のほうが一枚上手いちまいうわてか。

 頭のきれるイケメン。

 「そう言ってくれるってわかってた」

 むしろ、そう言うしかないように誘導したような……。

 それでも険悪な感じにはなってない、まだ信頼関係がある。

 それもそうか九久津がなにかを隠してても、それは周囲に心配をかけたくないってことなんだし。

 みんなもそれを理解してるだろう。

 人は誰かを守ために嘘をつくし、人を陥れるためにも嘘をつく。

 嘘も方便ほうべんって言葉もあるしな。

 「九久津その代わり話せるときがきたら言え。魔障に限って言えば後遺症アフターエフェクトってのもある。種類にもよるがあれ・・は厄介だ」

 「うん。わかってる。そこは主治医ともきちんと話すから」

 どうなることかと思ったけど、引き分け的な決着だった。

 あれっ、いま社さんが哀しそうに眉を下げて、九久津から目を逸らした……それは九久津を心配してるのとも違うように思えた。

 正直あの黒い風って、あまり良いものじゃない……。

 わかってるよ、俺のなかのヤツも同じ考えだって。

 校長はなにを思ったのかこんなときなのに、あの派手なスマホをだした。

 そのまま画面の操作をしてる。

 なんでこんなときに?

 この状況でしなきゃならないことってあるか? あっ、社長だから株価とか?

 俺にはよくわからないけど、株って突然、暴落とかあるって聞くし。

 けど夜も株やってんのか? あっ、やってるか翌朝のニュースで株大暴落ってのを見たことがある。

 しかも近いうちに株式会社ヨリシロの株主総会ってのがあるとも言ってたな。

 職業の掛け持ちは大変だ。

 まあ、ほかに急用で連絡する用事ができたのかも、って考えてると俺のスマホが震えた。

 誰だよこんなときに?

 ふつうこんなバッドタイミングで連絡なんてしてこないぞ。

 俺までスマホの操作しなきゃならないハメになった。

 画面を眺めてると、不思議とみんな同じタイミングでそれぞれのスマホを見てる。

 なんだこの状況。

 画面が本体おれに触れろと言うように自己主張してくる。

 だから、俺は俺のスマホのディスプレイをタップした。

 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ああ、そういうことか。

 まさか、さっきのいまで【Viper Cage ー蛇の檻ー】の電子共有ノートが役立つなんて。

 違うな、校長はこれからさき、こういうことに頻繁に遭遇しそうだから作ったんだ。

 【Viper Cage ー蛇の檻ー】に、六つ目の項目が追加されてた。

 あの五体のモナリザも蛇の仕掛けた罠だった可能性が高いからだ。

 負力を強制的にブーストさせたのは、確かにあの藁人形の腕なんだろう。

 でも、それ自体を仕組んだのは蛇だろうって考えは、ここにいる誰しもが思った。

 校長はすぐに「6」番名を追加して、みんなに知らせた。

 だから俺たちは一斉にその画面を眺めてるってことだ。

 蛇……か……。

 いよいよヤバイ相手だってのは理解できてきた、ものすごく用意周到に俺ら?あるいは六角市を攻撃しようとしてる。

 ずる賢く、陰湿に、わずかな隙を狙って……校長が言ってたことそのまんまだ。

 校長がスマホを持ってみんなに目配せしたときだった。

 校長自身のスマホが震えた。

 誰かが【Viper Cage ー蛇の檻ー】に返信のコメントを書いたのか?

 「うそっ……」

 校長が零したその一言に、ブラックアウトしたモナリザを前にしてもなお涼しい顔をしてた九久津の表情が一変した。

 九久津の位置からはちょうどその内容が見えてたみたいだ。

 「……」

 すこしの沈黙があって、九久津が――これ、みんなにも見せていいですか?

 と訊いた。

 校長は言葉なく、ただ、うなずくだけだった。

 校長が黙り込んで、九久津が声をだすなんてどんな大事件があったんだよ。

 九久津は校長のスマホを受けとると、みんなに見えるような高さにかかげた。

 エネミーがさっそく、それを読み上げようとするが、――ひ。と言ったきり漢字が読めずにつまずいた。




第213話  残忌(ざんき)

九久津は額縁に手をかけると、持ち上げるようにして壁からモナリザを外した。

 絵画の表面を眺めてから、上から下へと撫でていった。

 絵を中心に寄白さんと社さんも集まってきて、一緒にその様子をのぞき込んでる。

 校長はエネミーの両肩に手を置いて、俺らの場所から一歩引いた場所でこっちを見てた。

 すこし危険な予感がするからな、このモナリザは。

 社さん九久津に結構接近してるけどこういうときだと、あの、なんつーか、好きとかの感情が薄いっぽい。

 まあ、そんなの意識してたら戦いに身は入らないよな。

 あっ、そうだ社さんに流麗って単語を知らないか訊いてみよう。

 ……と、思ったが、いまはそんな状況ではない、後日にしよう。

 そんなときだった、エネミーもワクワク顔でモナリザをのぞいてるし。

 好奇心旺盛かよ!!

 九久津が安全確認したからか?

 さっきまでは――おっかないアル。って騒いでたのに。

 九久津は一通り表面をなでると、額縁をグルっと裏返しにした。

 心なしか、絵画のうらぶたが盛り上がってるように見えた。

 九久津は左脇に挟むようにしてモナリザを抱えてから、おもむろにトンボをスライドさせてふたを外した。

 簡単にパカっとれた。

 「あっ?!」

 九久津より先に声をだしてしまった。

 絵画を裏返した額縁の裏面には、美容室の床に散らばった髪のような物体がへばりついてた。

 なんだこれ? 散乱どころじゃないな、敷き詰めるって言ったほうがわかりやすい。

 呪いの人形の髪みたいだ。

 「これが原因だ」

 九久津は俺の声なんてまるで聞こえなかったとでも言うように冷静沈着だった。

 なんとなくここでも場数の違いを感じる。

 こんなことは日常茶飯事、そんな日々を送ってきたんだろう。

 まあ、寄白さんも、社さんもだけど、俺とは経験年数が違う。

 「九久津。それに直接触るな」

 寄白さんはそう言うと、手のひらを掲げて触るなのジェスチャーをした。

 そのまま十字架のイヤリングを耳から外す。

 これで寄白さんの耳には左右でひとつずつのイヤリングしかない。

 両耳に一対一のイヤリング、本来これがふつうのアクセサリーだよな。

 呪符と梵字ぼんじのリボンをしてるとはいえ、負力の入ったイヤリングを左右で三つずつするなんて体への負担は大丈夫なのか?

 寄白さんの持つ十字架がどんどん大きくなってく、それはちょうど鸚鵡オウムが入るような大きさになった。

 形も一般の鳥カゴに似てて周囲は布地ぬのじのようなもので覆われてる。

 カゴというか砂漠のなかのテント?

 だが鉄格子のような柵は見当たらない、出し入れ自由?

 「寄白さんのイヤリングにこんな力があったのか」

 不意に口をついてた。

 「そっか。沙田は知らなかったんだっけ?」

 「えっ、ああ知らない。てか死者のときにこの技使ったっけ?」

 「いいや。あのときこれ・・は使ってない。戦闘向きの技じゃないから」

 「へーそうなんだ」

 あっ、そっか、あのとき俺と校長が駆けつけたときにはもう、戦闘が始まってて、イヤリングは残りひとつだけになってたんだ。

 ってことは、あのときはこの技を抜いた五個のイヤリングで戦ってたのか。

 「ちなみに沙田。美子ちゃんのイヤリング、右から一番目のイヤリングがグレア。左から三番目がルミナスとかって思ってない?」

 「えー?! ち、ち、違うのか?」

 「美子ちゃんのイヤリングは、いま持ってるイヤリングを除き、ひとつのイヤリングにつきひとつの技が使えるってルールなんだよ」

 「そ、そ、そうなの?」

 「二人ともうるさい」

 「ごめん、美子ちゃん」

 「はい、すみません」

 反射的に謝ってしまう、俺の下僕センスよ。

 てか、知らなかったー、イヤリングの耳の位置とそれに対応してる技はイコールだと思ってたわー。

 またまた、新たな知識を得ることができた。

 {{オレオール}}

 モナリザの裏で散らばったていた髪の毛のようなものが光包まれていく。

 まるで光の袋でパッケージしてるようだ。

 そのイヤリングはこうやって使うのか。

 「美子。美子がオレオールを使うってことは。それは忌具なの?」

 校長がそう言ってから、一呼吸おいた。

 あの髪の毛のようなものは忌具だったのか。

 「な、なんなの、それ?」

 「藁だ」

 寄白さんが校長の顔を見た。

 その表情はどこか意味深だった、なにかを隠してるわけでもないけど、なにかをはっきり言ったわけでもない。

 そんな俺の個人的、見解。

 「わ、藁……って、じゃ、じゃあまさか」

 校長のその驚きようといったらスゴい。

 やっぱりなにか心当たりがあるのか?

 「そう。あの藁人形だ。この藁はあの藁人形のちょうど腕に当たる部分だろう」

 藁人形……? ……ん……?

 藁人形って確か九久津がバシリスクと戦ってるときに、この四階に出現したんだよな……しかも人体模型がブラックアウトしたあとに。

 それと関連ある忌具。

 モナリザの絵画の裏に隠されてたものは髪の毛じゃなく藁人形の腕をほぐした物だったのか。

 だからあんなに散らばってた、確かに藁の断面は雑だったまるでむしり取ったように。

 「あの藁人形には両腕がなかったからな。私ははっきり覚えてる」

 その藁人形の腕だったものは寄白さんのだしたカゴのなかにゆっくりと吸い込まれていった。

 どことなかくカゴのなかに収納するそんな感じだ。

 それを見届けた九久津は指をパチンと鳴らした、美術室の前で廊下を警戒してたぬりかべの召喚が解除された。

 もう、今回の異変の原因もわかったしとりあえずの危機は去ったって判断か。

 「ま、また裏をとられた……。このやり口って……」

 校長が愕然がくぜんとしてる。

 それほどの出来事だったのか。

 「繰さん大丈夫ですか?」

 社さんのあとに、エネミーも――繰……。と心配してる。

 「時差式じさしきの罠……」

 校長の声が一段と弱弱しくなった。

 だいぶショックを受けたようだ。

 寄白さんが髪を掻き上げ、美術室から廊下を眺めてる、なんとなくその藁人形のが出現した日を思い返してるようだった。

 「どうりで……。あのときあまりにあっさり撤退しすぎだと思ったんだよな。あの日、対処できなかった私のせいだ」

 寄白さんはポニーテールを振り乱して悔しがってる。

 「でも美子。あのときは二条さんが……」

 「いや、二条先生のせいじゃない」

 だからと言って、寄白さんがひとりで背負うことでもないはずだ。

 たしか二条さんって当局の救偉人の人だったよな。

 校長の寄白さんへの配慮も効き目なしか。

 「誰のせいでもないよ」

 九久津はそう言って、うらぶたを戻してからふたたびトンボを留めた。

 寄白さんはそれを受け入れたのか押し黙ったままだ。

 校長の意見もきっと九久津と同じなんだろう。

 「この藁が増幅装置ブースターの役目をしてたんだ。最近の六角市の異変を考えれば、いきなりブラックアウト体のアヤカシが出現してもそれは範疇だと思ってた」

 九久津はまた壁に近づいて、元あった位置モナリザにかけ直した。

 その言葉は俺に向けられてると感じた。

 「でも、さすがにブラックアウトしたモナリザが連続でてくるからおかしいと思ったんだよな。カタストロフィーが起こったわけでもないのに」

 なるほどな~。

 そのことに寄白さんも、社さんも、九久津も、とっくに気づいてたのか。

 完全に経験の差だ。

 ブラックアウトしたアヤカシの固体が多すぎるから、逆に焦らなくてもいいなんて俺じゃ絶対に気づけない。

 ふつうはブラックアウトしたアヤカシが大量にでたら、パニるじゃん。

 エネミーはポカンとしてる、ふふ、エネミーめ、俺と同じだな。

 おまえがいてくれるから俺の取り残された感が薄れてく、あとでもう一個、寄白さん名義のフルーツグミをやろう。

 いや、寄白さんの名前だと、ぶん殴られる可能性があるから、社さんへと名義変更だ。

 なに味をあげようかな。

 「ということでここでひとつ良い報告ができる。さっきまでの異変は忌具が原因だから、美子ちゃんのアヤカシ出現予測の経験則は崩れないってことだ」

 おお!! そっか、今回が特殊なだけだもんな。

 起承転結である段階予測の法則はまだまだ活用できそうだ。

 寄白さんのアヤカシの出現予測は有効だ。

 ……と、思ってたら寄白さんが九久津に詰め寄ってる。

 なにがあった? 九久津なにかしたっけ?

 




第212話 怪訝(けげん)

 静まり返った四階には俺らの息使いだけが響いてる、そこに遅れてピアノの低音が合わさってきた。

 あのピアノはマイペースだな、って言っても俺が肺で呼吸してんのと同じように、当たり前に鍵盤を鳴らしてるだけか。

 あいつの鍵盤とは活動を維持する器官なのかもしれない。

 そういや九久津って、風を使ってから戦闘に参加してない。

 もしかして、俺に経験を積ませるためとか?

 ――あんなにアヤカシを召喚して大丈夫なのかな……。

 校長がなにげなく呟いたことを俺は聞き逃さなかった。

 召喚憑依能力者って召喚のキャパレベルがあるんだよな、それにアヤカシを召喚するときには怪異レベルを計算しながら戦わないといけない。

 さらにアヤカシと能力者との相性の良し悪しもある。

 でも、九久津なら頭でそれを完璧に計算して戦ってそうな気がするけど。

 俺はモナリザの破片と埃をかぶったゴーレムを見てから、なおも校長とエネミーを守ってるぬりかべに目をやった。

 九久津は今日ゴーレム二体、ぬりかべ二体、シルフ、野衾のぶすまってムササビのアヤカシ六体を召喚してる。

 九久津ならそれくらい個体を召喚しても問題なさそうだけどな……。

 けど現状でも、この廊下にゴーレム二体、ぬりかべ二体、野衾のぶすまが存在してるのか。

 シルフはすでに風が通過して消えたからな。

 九久津なら、そんなことは、たいしたことないんじゃないかって思うけど校長からすれば違うのか?

 確かに俺もⅡとⅢを出現させっぱなしは体力が減る、それと同じだとしたら、疲労感は大きい。

 登り階段を全力ダッシュし終わった感じに近い、たぶんこれは俺とⅡとⅢが連動してきたからだろう。

 まあ、校長の心配は無用だと思う、なんだかんだバシリスクの件でちょっとナーバスになってるんだ。

 さっきまで危険な状況だったのに、いまは爽快感と充実感がある。

 体が軽くなったような。

 これからさきも、やってけそうだ。

 「ここまでイレギュラー過ぎるできごとは」

 九久津が誰にともなく言った。

 校長はその声に反応して怪訝そうな表情をいつもの穏やかな顔に戻した。

 相変わらずエネミーは校長にべったりだ。

 「イレギュラーじゃないってこと」

 寄白さんそれを受けて答えた。

 「さすがにここまでやられるとね」

 社さんはなんだか呆れてるように見えるけど、それがなに対してなのかわからない。

 エネミーが社さんへと駆け寄っていった、社さんはエネミーを体の真正面で受け止めた。

 おいおい、お父さんイヤイヤお母さん抱っこ的な状況だぞ。

 「そう簡単に経験則が使えなくなるなんてことはないってことよね」

 校長はエネミーを送り出したときと同じく、両手を広げたままの姿勢で言った。

 エネミーはポカンとしてるのかと思ったら、目を輝かせて、さっきから――カッケー、カッケー。言って社さんの手をブンブン振ってる。

 みんなのバトルに感化されたらしい。

 あっ、また、ちょっと浮いてる、エネミーの飛翔能力、絶賛発動中。

 「あの沙田ですら・・・カッケーアルよ!!」

 ですら。ってなんだよ。

 ここでようやくゴーレムの召喚が解かれて消えた。

 ぬりかべ二体はまだ、校長とエネミーを軸にしたまま、すこし離れた場所に立ってる。

 念のためってことか?

 状況が急展開したときの防御壁。

 「でもどこだろう?」

 校長がそう言うと廊下を見回した、みんなもそれにつづいて辺りを見回してる。

 どういうことだ?

 俺はまた、すこし取り残された。

 まだまだなんのことだか予想できない、さすがに経験不足だ。

 みんなは最小限の言葉だけで通じ合ってる。

 「みんな。どういうこと?」

 だから、訊けばいい。

 「まだわからない。だから俺が確かめる。その場所はもうひとつしか残ってないけど」

 九久津はそう言って、真っ先に美術室の前に立つと野衾のぶすまの背中にそっと触れた。

 狸が化けるような感じでアヤカシがボワンと消えた。

 召喚を解除したからだ。

 当然モナリザの出現でドアはなくなってる。

 野衾のぶすまが消えたいま美術室の入り口はガラ空きだ。

 飛んでったドアは、廊下の端で使い物にならなくなってる。

 右のドアは大きく三枚に割れてるし、左のドアは上の右端が反り返ってる。

 スゲー衝撃で飛んできたもんな。

 社さんの厭勝銭も貯金箱をひっくり返したように飛び散ってて、どこの教室にどんな配置で置いてあったのか、もうわからなくなってる。

 四階はそのまま戦闘の後って感じの状態だ。

 亜空間を応用してなかったら、校舎なんてとっくに崩壊してるな。

 九久津はその場で首を左右に振ってから天井を見た。

 そういえば、今日、四階にきてからも同じようなことやってたな。

 首の角度が上から下へと変わっていく、そのまましゃがみこんで床に手を当てた。

 「なにもなさそうだ……」

 そう言ってからスルっと立ち上がった。

 「俺は今日、四階にきてから見渡せるだけの場所で異変のアリナシを調べた。けどなにもなかった」

 「それで?」

 俺はそう声をかけながら九久津の後方に並んだ。

 「なにもないってことはなにもないってこと」

 そう言ったのは寄白さんだ。

 じゃあ、不審な点はない?ってことですけど。

 と、言葉で言うとぶん殴られそうだから……と、思いつつ寄白さんを見る。

 三つイヤリングを使ったから、両耳のイヤリングの間隔が不均等になってる。

 右耳はひとつ、左耳はふたつの黒い十字架のイヤリング揺れてる。

 「そう。だから原因があるなら廊下じゃない場所よね?」

 言ったのは社さん。

 へーそういうことなんだ、三人がそれぞれ俺に教えてくれてるようだった。

 九久津は美術室のなかへとどんどん進んでいった、俺も同時に後をついて歩く。

 みんなも後につづいてなかに入ってきた。

 美術室の入り口の左右に一体ずつぬりかべが立ってる。

 その位置だと、なんらかの攻撃が廊下から美術室へあってもいったん、ぬりかべが間に入ることができる。

 九久津は美術室に入ったあとほかを見向きもせず、ある所まで進んだ。

 凝視してるのは有名な絵画モナリザだ。

 そう、これが【七不思議その五 飛び出すモナリザ】……の元となる四階、美術室の絵画。

 なにげに絵だけ見ても不気味だよな、怖えーよ。

 表情が怖いんだよな~なんつーか、顔の無機質さが。

 それがブラックアウトしたらあんな表情もなく顔面トゲトゲになるんだから。

 そりゃあ学校の七不思議になるわ。

 




第211話 連携プレー 

 

 {{ツインクル}}

 俺よりも早く、寄白さんが動いてた。

 まあ当然の行動だけど。

 煌くコマが高速で宙を切り裂いてく、コマひとつひとつがモナリザに衝突した。

 五体同時にダメージを与えたけど、仕留めるまではいってないか。

 ある一体は頬であるだろう部分が抉れてる、もう一体は右手が吹き飛んでた、あとの二体は腹の辺りがべっこりと凹んでる。

 ……貫通まではしてない……意外にツインクルって重量級の技だな。

 モナリザはそれぞれに怯んで数歩後退した、いや、九久津の黒い風で動きが鈍ったぶん、後退ってよりは後ろに弾き飛ばされた感じだ。

 ブラックアウトしたアヤカシに痛みなんてないんだろう。

 痛みに反応するような声のひとつもない。

 モナリザは不気味に反撃の機会をうかがってるようにも見えるが、小刻みに痙攣しててそれどころでもなさそうだ。

 九久津の技がまだ効いてる。

 {{グレア}}

 寄白さんは、もう、つぎのイヤリングを手にしてた。

 光の槍が宙に浮く、でも、寄白さんどっち向いてんだ?

 「行け!!」

 寄白さんのグレアが、社さんによって土に囲まれたままのモナリザを貫いた。

 おお?! そっちか。

 あれっ? 気づけば、なんか俺らってイイ感じに連携とれてる?

 まるで土の煙突が崩れるように、閉じ込められてたモナリザごと崩壊した。

 けど土の塊のなかにはモナリザのパーツも一緒に散らばってる。

 社さんに付き添ってた一体のゴーレムは、すかさずトドメとばかりにドスドスと辺りを踏みつけた。

 土もモナリザも地均じならしのように、さらに細かく砕かれていった。

 社さんはというと動きの鈍ったモナリザたちを弦でグルグル巻きにしてる。

 スゲー!! バスケのスイッチプレーみたいだ。

 社さんが自分の手を真後ろに引くと、モナリザはギュウギュウに縛りつけられてミイラ男のようになってた。

 土のほうを寄白さんに任せて、社さんはあの四体を封じたってことか、って、その下準備は九久津の技だけどな。

 これが長年アヤカシと戦ってきた能力者たちの動きか。

 それぞれがそれぞれに考えて動いてる、きっとみんな、いくつかの選択肢を瞬時に選んで行動してるんだ。

 「行け!! ゴーレム」

 今度は寄白さんに付き添っていたゴーレムが、右端のモナリザに的を絞って拳を振りかざした。

 数秒のタメのあとに全力パンチを見舞う。

 ――ぐしゃん。

 そんな音を立てて社さんの弦ごとモナリザは押しつぶされた。

 あいつってすでに頬が抉れてたのにさらに圧死か、毛糸の束を足で踏んだみたいに潰れてる。

 {{レイ}}

 寄白さんは三つ目のイヤリングを手のひらでかざした。

 発光したレーザービームが放たれる、コンサート会場で回転しながら夜空を照らすような光は容赦なく右端のモナリザを撃ち抜いた。

 あいつは右腕のないモナリザだ。

 そいつはそのまま蒸発するように弦ごと消えた。

 残りの二体は俺がやる。

 たぶんこの行動は間違ってないはずだ。

 Ⅱの膝がモナリザの腹部に入った――ドス。っという鈍い音がした。意外と動けるな。

 社さんの弦って、こっちが攻撃のときは威力をそのまま通過させて、逆のときは威力を抑えるような材質だ。

 ほんと戦闘に特化した弦だ、【ドール マニピュレーター】の能力って。

 Ⅲも早めに出現すにこしたことはなかった、先手せんての行動も間違ってない。

 意外だけどブラックアウトのアヤカシでもそこまで恐れる必要はないな。

 俺のなかの弱気が消えてく。

 そもそも能力者が戦闘してる時点で防御力も上がってるんだよな?

 只野先生がホワイトボードに書いたメモにあった。

 俺らは格闘家、ボクサーやレスラーなみの身体能力だって。

 なら俊敏性や攻撃力も防御力も人間的に遙かに優れた状態になってるってことだろう。

 {{暗黒物質ダークマター}}

 せっかくエネミーが名付けたんなら使ってみるか。

 Ⅲの手のなかにはちょうどバスケットボールほどの黒の球体が出現した。

 俺はそれをドッジボールの要領で遠隔操作で投げた。

 結構簡単にモナリザの体の中心に命中した、視力も優れてる。

 奴の体に当たった感覚も残ってた。

 暗黒物質ダークマターが衝突した瞬間、モナリザは飛び散るように消えた。

 あっけない、真野絵音未がブラックアウトしたときもこんな感じだったけど。

 それでも油断大敵、気は抜けない。

 消えそうな暗黒物質ダークマターに向かって、俺はこの位置で右フックした。

 よし、Ⅱのほうも。

 俺はいま二体のを操作できてる。

 混線して絡まるかとも思ったけど、それぞれを独立して操ることができる。

  {{暗黒物質ダークマター}}

  Ⅱの暗黒物質ダークマターを残りのモナリザに向かって投げる。

 ものすごい速さでモナリザに向かって直進してった、と同時に最初に放った消えかけの暗黒物質ダークマターがUターンしてきた。

 やっぱり、なんかできる気がしたんだよな。

 暗黒物質ダークマターの遠隔操作も。

 暗黒物質ダークマターは、そのままモナリザの前後を挟み撃ちにした。

 これが死者の反乱のときにできてれば、寄白さんも九久津もあんな怪我しなくて済んだのに……。

 よしっ!! 完全撃破。

 社さんが弦で巻いてくれてるから、モナリザのトゲを気にせずに戦闘に集中できた。

 これでモナリザ五体をみんなで退治したことになる。




第210話 流麗(りゅうれい)

「さすがにビビったアルよ~」

 ぬりかべの後ろで身を縮めてたのはエネミーだ。

 なんだかんだで、あそこまで凶暴なアヤカシに遭遇するのは初めてだろうし。

 そうなるのもしかたがない。

 てか、エネミーの能力発動してんのか、ちょっと浮いてるけど……。

 ビビったら浮くのか?

 エネミーは身を屈めたままで校長の側に歩み寄る、いや歩んでない。

 飛んだってことにしておくか飛翔能力で。

 ぬりかべはモナリザとエネミーの間で緩衝材かんしょうざいとして常に盾となってる。

 エネミーは校長のもとまで行くと、服の袖をツンツンした。

 「繰。あれおっかないアルよ」

 「そ、そうね。でもみんなもいるし。それにぬりかべが守ってくれてるし。ねえ、エネミーちゃん、そのあざっていまぶつけたの?」

 校長はエネミーの太ももの裏を指さした。

 エネミーはエネルギッシュに動くから、そんな痣のひとつやふたつあるんですよ校長。と俺がここから言っても届かないだろう。

 「これアルか?」

 「そう、その太ももの裏の痣よ」

 「これはもっと前にぶつけたアルよ」

 「そうなんだ。気をつけてね」

 校長はそう言ってエネミーを軽く抱き寄せた。

 エネミーは――わかったアル。とうなずく。

 二人の前で二体のぬりかべは連結して一枚の壁のように、二人をまとめて護衛するポジショニングに変えた。

 「ぬりかべに助けらたアルな」

 「そうよ。九久津くんの召喚能力のおかげ」

 「九久津は良いやつアルな。グミもくれたし。蛇の護衛もしてくれるアルし」

 「それが九久津くんなのよ」

 なんだか九久津、褒め合い合戦になってる。

 モナリザの標準体だったら、エネミーもまだそんな驚かなかったかもな。

 ただ、いきなりブラックアウトはさすがにきつい。

 顔って言っても……もはや目、鼻、口はないし。

 人の形もしてない、ほんとアヤカシって呼ぶのにピッタリだ。

 社さんは人の形をした小さな紙を指で挟むと、トランプをシャッフルするようにしてから空中に放り投げた。

 花が散るように宙にその紙が舞う流麗りゅうれいな仕草で。

 流麗、まるで社さんのためにあるような言葉……。

 流麗……そんな表現を俺は使ったことがないけど思ったことはあった。

 ……なんだ、この言葉って国語の授業で習ったっけ?

 ――流麗って雛ちゃん・・・・っぽいね、これ一昨日、国語の授業で習った言葉なんだけど、さっそく使ってみた。

 この想いもなかのヤツ……国語の授業・・・・・って、学生なのか?

 俺と歳はそう変わらないのかもしれない。

 しかも俺のなかのヤツは社さんを知ってる、いや九久津に対してもときどき感情が変化するし校長に対してもそうだ……いったいどういうことだ。

 ――それってどんな意味ですか?

 えっ、社さんの声が……再現VTRのような感覚。

 誰かの思い出を見てるような、いや聞いてるような。

  ――流麗って雛ちゃん・・・・っぽいね、これ一昨日、国語の授業で習った言葉なんだけど、さっそく使ってみた。

  ――それってどんな意味ですか?

 俺のなかのヤツと社さんとの会話が成立した。

 これはいつかあった出来事なのか?

 なかのヤツはいつか社さんとこんな会話をしたことがあるってことか。

 それとも【啓示する涙クリストファー・ラルム】にはこんな症状があるのか。

 赤い涙を強制的に透明にするなら、それなりの代償を払う必要があるのかも。

 結局、薬ってそういうとだよな。

 あっ、くそっ、いまはモナリザのほうに集中しないと。

 {{六歌仙ろっかせん喜撰法師きせんほうし}}={{土}}

 ……ん……気のせいか?

 社さん、ほんの一瞬だけどもたついたような。

 ふつうの人間じゃ感知できるかできないか程度だけど。

 ってそこに気をとられてる場合じゃねーな。

 社さんも必死に戦ってるんだ。

 モナリザの周囲はレンガを積むように土がどんどんと重なってく。

 それはまるで冬囲いのようで、モナリザはもう土のなかに埋まってた。

 たぶんこれでモナリザのトゲは封じられたはずだ。

 弦を突き破ってくるほどの威力でも、これだけ分厚い土に囲まれてたら、さすがにトゲは飛ばせないだろう。

 俺がほんのわずかにそのモナリザから注意を逸らしたときだった、その土の塊の後方から、ふたたびトマトを裏返した物に無数の針金はつけたような頭部の物体がバタバタと足音を響かせて走ってくるのが見えた。

 なっ?! どうして?

 その足音はさらに増える、ヤバっ、二体、三体、くそっ、まだいるのか。

 四体、五体。

 土に囲まれたモナリザ含めて、ぜんぶで五体か。

 マズいぞ、この状況は。

 美術室からブラックアウトしたモナリザが四体も迫ってきてる。

 九久津は床を蹴り左右の壁を交互に蹴って、天井で体を旋回させた。

  {{シルフ}}

 ちょうど伸身宙返りの逆立ちの状態で九久津はアヤカシを召喚した。

 俺が声をだすよりさきに九久津が反応してた。

 九久津の初動、早えーし!!

 唇がペリっと鳴ったこんなに唇が渇いてる、よっぽど焦ってたってことか俺。

 九久津が廊下に着地したとき、もう風は通り過ぎたあとだった。

 {{野衾のぶすま}}

 九久津が召喚した大きなムササビのようなアヤカシは、その体を膨張させ、そのまま廊下を飛んだ。

 空気を抱えるようにしてフワフワ宙を泳ぎ、美術室の前にスタっと降りると、体を膨らませて、空きっぱなしの美術室の入り口を塞いだ。

 なるほど、モナリザの出口を封鎖すんのが手っ取り早いってことね。

 いま、でてきた四体だけじゃなく、さらに増えるかもしれねーしな、名案だ。

 九久津の召喚した風はじゃなくもやのようになってまだ、辺りを漂ってた。

 けどその靄は前方にいる寄白さん、社さんを明らかに避けてる。

 クリアだった靄はじょじょによどんでいった、靄が黒い。

 いや、黒い風だ……あんな技、初めて見た。

 いままで九久津が使った風のカマイタチは空気を具現化したように白い線だった。

 ……ん?

 四体のモナリザの動きが鈍った、いや硬直してる?

 しかもビクビク痙攣けいれんまでしてる、って思ってる場合じゃねー。

 {{ツヴァイ}}

 {{ドライ}}

 この隙を有効活用しないと、九久津がくれたチャンスだ。