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第199話 Viper Cage ー蛇の檻ー

頼んだ飲み物が、それぞれの目の前に並べられてる。

 このカラオケ店に入ったのは歌うためじゃなくて、人から隔離された場所で会議をするためだ。

 ここで校長が今日の本題を話しはじめた、あっ、さっきのが本題じゃなかったんだ……ってあれは九久津の話が弾んだだけか。

 そもそもエネミーがパフェを食べたいってことからはじまって、今日、校長がたまたま合流することになったんだ。

 俺たちは校長を中心にして、その校長を囲むようにカラオケ特有の硬いソファーに座った。

 飲み物のグラスが汗をかきはじめて結露のようにテーブルを濡らしてる。

 校長はスーパーの試食販売する店員のように自分のスマホをかざした。

 「みんな、この画面見ててね」

 誰ともなく――はーい。って声が重なる。

 まるで高校の授業のようだ。

 校長が持ってるのはいつも使ってるスマホだ、注目すべきは機種本体じゃなく画面のなかにある。

 そこには【Viperブイアイピーイーアール Cageシーエージーイー】というヤケにかっこよさげな単語があった。

 えーと、これはどういう意味だ?って思うのと同時に九久津が一言。

 「直訳で蛇のおりってことでいいですか?」

 「まあ、そうね。Viperヴァイパーは蛇。正式にはクサリヘビだけどそれにCageケージは鳥カゴって意味。う~ん、そうね」

 校長はすこし考えながら画面をタップして、なにかの文字を打ち込んだ。

【Viper Cage -蛇の檻-】

 ”蛇の檻”ってタイトルが加わった。

 「ViperCageヴァイパーケージ。蛇の檻。これを正式タイトルにします」

 それは校長の案で電子共有ノートを新規作成し、蛇についての情報を共有するということだった。

 電子共有ノートとはクラウドシステムとチャットアプリを合体させたようなシステムで当局関係者なら誰でも使えるものをアレンジして使用するということだった。

 アプリからログインすれば書き込みの情報が共有できるうえに、基本的な画像ファイルや音声ファイルなどもアップできる仕様になってる。

 もちろんその添付ファイルも共有できる、つまり一つのファイルをアップロードすれば参加者全員がダウンロードすることも可能だ。

 急ぎのときには文字以外のファイルを交えて会議ができるというメリットもある。

 参加者の人数も校長が制限して、十人以下のグループが参加できるようにした小規模電子共有ノートが【Viper Cage -蛇の檻-】だ。

 じっさいは校長が作ったというよりも、カスタマイズしたというほうが正しい。

 まあ、早い話が、蛇についての情報交換をするクローズドの電子掲示板BBSってことだ。

 校長いわく――そう遠くない日に蛇は各国当局の共通の敵になる。

 このノートをたとえ総務省にのぞかれても、それはある意味当局への情報提供になるだろう。

 それは俺たちにとってもメリットだ、なぜなら蛇の存在を国に認めさせることが蛇、退治への近道になるからだ。

 当局側あっちへの情報源にもなってウィンウィンの関係にもなるだろう。

 まだ存在が確定したわけではないらしいけど、フランス当局の能力者でトレーズナイツの一員であるヤヌダークもその方向で動いてるということだった。

 世界の脅威になるのも時間の問題か。

 そんな気はするけど俺らはまず六角市を守らないと。

 身近なモノが一番大事だ、それこそ俺らに世界なんて大きすぎる。

 そのために各国に当局があるんだろうし。

 【Viper Cage -蛇の檻-】の参加メンバーは校長、俺、九久津、寄白さん、社さん、エネミーの六人、まあ、小さなコミュニティだし、ほかにメンバーもいないしこんなもんだろう。

 エネミーはちょっと心配だけど、しっかりしてるときはしっかりしてるから大丈夫だよな?と思う。

 校長の誘導で、さっそくみんなでアプリを入れて同時にログインした。

 それぞれの表記がこれだ。

 【沙田雅】

 【寄白繰】

 【九久津毬緒】

 【寄白美子】

 【社雛】

 【真野エネミー】

 みんなのフルネームが表記されてる。

 ――多面体だからこそ世界は成立しているんだよ。なんとなく近衛さんの言葉を思いだした。

 人もそれぞれだよなって……。

 ここに名前のあるみんなは、外見から性格までまるで違う、それはそれぞれの能力を考えてもそうだ。

【Viper Cage -蛇の檻-】に誰かが文字を打てば、みんなでその文字を読むことができる、つまりはみんなで同じ画面を見れるってこと。

 いまの若者おれたちが使用する無料通話アプリなんかと違って、当局のサーバーを使用してるからセキュリティもしっかりしてる上に、俺らが編集した内容も公のデータとして応用できるメリットもある。

 どうしてオフィシャルのデータになるのか、それは参加者がみんなアヤカシの関係者だからだ。

 と言っても、まだ当局公認ではなく、あくまで俺らだけの情報共有アプリなんだけど。

 この説明の大半は、校長が言ったことを俺なりに解釈したものだ。

 なんか秘密の部活みたいでドキドキする、これ学生だったらみんな憧れるだろ。

 こういうのでアヤカシと戦ってるって。

 さっそく文字が打ち込まれた。

 【真野エネミー】:このウーロン茶、飲んでもいいアルか?

 ……エネミー。いきなりそれかい!!

 口で言えばいいものを、文字にするって、エネミーならやって当然な気がする。

 いっせいにみんなの笑い声がもれた。

 

 




第198話 リッパロロジスト ――犯罪――

難しい話はまだ終わってないけど、エネミーが飲み物を要求しはじめたから

みんないったんバラけて、それぞれ飲み物を選び、また適当な席に座わり直した。

 昨日バス停で、突然――パフェ。と言いはじめたときもこんなかんな感じだった。

 まあ、そこもエネミーらしいんだけど。

 こういうところがムードメーカーなんだよな、張り詰めた緊張を上手くほぐす、それを計算じゃなく自然にやってのける。

 見かねた校長が部屋の壁に備え付けらた、電話で全員の飲み物を注文してくれた。

 ちょうど集中力も落ちてきたころで、いつものみんなの雰囲気に戻ってた。

 寄白さんとエネミーは座席と座席の間に手を突っ込んで遊んでる。

 うわ~こんな子供いるな~。

 子供ってなんでも遊ぶ物に変換できるんだよな。

 エネミーが椅子の間に手を入れると、寄白さんが上から座席ごと押さえつけて、そこから手を抜けるか抜けないかの遊びをしてる。

 この状況って……俺は忌具保管のフロアゼロにあったカラクリの壺を思いだした。

 忌具保管庫のあのカモフラージュ技術がジーランディア発祥だったとはな、そりゃあ九久津も驚くわな。

 キャッキャッしてるエネミーと寄白さんを横目にして、俺はいつの間にかこの状況を楽しみはじめてた、なんだかワクワクが止まらない、課外授業のような雰囲気に呑まれてしまってる。

 あっ、そうだ、さっそくスマホでリッパロロジストでも調べてみよう、ヤ、ヤベっ、エネミーが俺の手元を見てる、もう遊び終わったのかよ?

 ご、ごまかさないと。

 「ス、スマホのマイクロSDカードの容量がすくなくなってきたな~」

 「なにしてるアルか?」

 また、あの下目づかいだ。

 エネミーにバカにされるわけにはいかない。

 「えっと、いや、マイクロSDの整理でもっと思って。が、画像が多くてさ」

 「エロ画像アルか? 外の貼り紙みたアルか、変態は警察に捕まるアルよ?」

 「ば、ば、お、俺が、そ、そんな、が、画像を保存してるわけないだろ。おっ、あっ、えっと、よ、490バイト増えた。ラッキー」

 「バイト増えたアルか? ここの店長さん喜ぶアルな」

 「そういうバイトじゃねーし。490人も増えたら喜ぶどころか潰れるわ!!」

 なんか話が逸れてった、セーフ!!

 ちょっとキョドりすぎたかもしれないけど。

 どうでもいいテキストファイル消した甲斐かいがあるぜ、まあ、どうでもいいからいいんだけど。

 いや、あれってなんかのときのメモ帳か?

 ヤバっ、て、なに書いてたかぜんぜん覚えてねー。

 寄白さんはエネミーの横でちょこんと腰かけて、頬をふくらませながら足をぶらぶらさせてる。

 壁に貼られた当店限定メニューというのをじっと見ながら、――あれ食べたくてよ。ぼっそとそんな声が聞こえてきた。

 「美子。普段どんな曲聴くアルか?」

 「私はチョピンさんなどを聴くことあります」

 ――聴くことあります。ってほとんど聴かないってことだよな。

 「うちもチョピンたまに聴くアルよ~? シリアスシーンに流れる夜想曲ノクターン第20番は最高アルな~」

 チョンピン? 誰だ?

 シリアスシーンってことはアニメだよなOPオープニングでもEDエンディングでもそんなアーティストは聞いたことがない。

 【A子 feat. B-男 feat. C助 with DJ-D  inspire E美 feat. F太】しか思い浮かんでこねー、やつらのインパクトありすぎる。

 曲名が夜想曲ノクターンってことはクラシックっぽいな、まさかの大穴でワンシーズンってことはないよな?

 案外、アルバム収録曲とかならありえるかも……、あとは俺の知らないアニメか……となるとOVA説、再燃だ。

 「あ~きっとChopinショパンのことだな」

 九久津は寄白さんたちの発音を聞き取りさらに曲名で気づいた、さすがだ。

 チョンピンはショパンか~この二人のことだ、アルファベットをそのまま読んだパターンだろう、またまたシンクロした二人のポンコツ。

 そりゃあ心太ところてん心太しんたになるわ、って思った俺の答えは心太こころぶと……俺もポンコツだったと自覚する。

 あっ、そうだ!!

 リッパロロジストをポンコツじゃないやつに訊けばいいんだ、ここでこそっり九久津にあの疑問を訊いてみようと思う。

 九久津に寄せる信頼感はハンパないぜ。

 よし、エネミーはまだ寄白さんと話し込んでる、いまだ、この隙に。

 「九久津。リッパロロジストってなに?」

 俺は小声で訊いた。

 「……ん? 切り裂きジャック研究科だけど」

 「ああ~だからか」

 納得しすぎて返す言葉もない、切り裂きジャック、またの名をジャック・ザ・リッパーか。

 「あっ、雛ちゃんのことか」

 九久津、気づくの早えーよ。

 なのに社さんの気持ちは……察し。

 「そうだけど。九久津も知ってたのか?」

 「前に雛ちゃん、【シリアルキラーのデスマスク】を追ってたことがあったから」

 えっ、シリアルキラーのデスマスクって、あっ、そっか、だから切り裂きジャック。

 昨日の本……あれも趣味で読んでたわけじゃなかったんだな。

 そういや”ノンフィクション”って書いてたっけ、じゃあ今日の本屋もそれ関連か。

 忌具が動いてるならそれは放ってはおけないよな、飛び降りのときにも黒い絵画があったって言うし。

 ……もしかしたら、あの絵の影響であの黒杉工業の人が飛び降りたのかもしれないし。

 どのみち良い絵ではない、なんたって忌具なんだから。

 「へ~そうなんだ。その単語の意味がわからなくて困ってたんだよ。サンキュー!!」

 「おう」

 別に訊いてヤバい単語じゃなかった。

 こんなことを召喚憑依能力者に言うのもなんだけど、九久津、憑きモノが落ちたように穏やかになったな。

 憑き物が落ちる……これも魔障にありそうだな。

 バシリスクが出現した直前はどことなく殺気立ってた、それがいまは静かな夜みたいだ。

 ――今日の夕方、数式の答え合わせがあるんだ。あのときの九久津の言葉。

 いま思えば怒りを押し殺してたんだな。

 「てか九久津。おまえが休んでるあいだイタリアサッカー界にスカウトされただとか、ノーベル賞の候補になったとか、芸能界デビューするとか短期留学とかって噂が流れてたけど」

 「当局関係者が勝手に流したんじゃないか。って、まあ人の噂も七十五日って言うし」

 ――ああそう、だな。を俺がちょうど言い終えたころ。

 「七十五日ってのはおおよその季節の区切りなんだ」

 えっ、えっと?

 一年が三百六十五日、まあうるうのときは三百六十六日として、それを季節つまり春夏秋冬の四で割れば、ど、どうなる……?

 すぐには計算できないな、暗算じゃムズい、そうだスマホの計算機使おう。

 俺は数字を打ち込んだ、そして計算してでた答えは、およそ九十一日。

 えっと、九久津の計算間違えか?

 「それじゃあ、日数が合わないけど」

 「そのむかし日本の四季きせつ四季しきじゃなくて五季ごきっていう、五つの季節だったんだよ」

 「マジで?」

 「ああ、春夏秋冬のほかに土用どようっていう季節があったんだ」

 九久津はなんでも良く知ってる。

 四季が五つあったって話もなんとなく日本らしい、風情ふぜいとか風流ふうりゅうを大切にするこの国だからこそみたいな。

 「土用って言えばウナギか?」

 「そう。まさに土用の丑の日の”土用”はそれ。土用っては立春、立夏、立秋、立冬の直前約十八日間のことを言う」

 「へ~知らなかった」

 そう言えば俺が転入して数週間後に聞いた”夜に爪を切ってはいけない理由”も目から鱗だったな。

 「ただ現代さいきんじゃ噂なんて、一週間くらいで忘れ去られるけどな。季節のわびさびなんてあったもんじゃない」

 あっ、俺も駅前でソロモン王の柱を見ながら思ったな、世界そのモノの流れが速すぎるって。

 忘れられるスピードが速すぎるんだよな。

 いや、忘れるだけじゃない物事が過ぎ去るスピードそのものだ。

 なにかのスポーツで金メダルを取った人は誰だっけ? 今年になってすぐ流行語候補って言われた言葉はなんだっけ?

 一ヶ月前にあった事件や事故ももう忘れてる、大きな出来事があった、それは覚えてる。

 でもそれを掻き消すくらいにまた事件、事故、事件、事故、つぎからつぎに上書きされてく、誰かに言われれば思いだすけど……。

 そういった悲惨な出来事の絶対数が増えた気がする。

 俺はそれを、そのままを九久津に伝えてみた。

 ――いまは日本の小さな町で起こった事件も事故もネット回線によって瞬時に国民のテーブルに上がるからじゃないか。

 これは日本だけじゃなく万国共通だろうな、統計で言えば、いまは犯罪自体は減少傾向にあるし。

 九久津はやっぱり冷静沈着だ、目の前の景色に騙されない。

 むかしだって世界中で事件事故は起こってたんだ、本来はその地域で収めていたものまで、現代いまは簡単に世界中に知れ渡ってしまう。

 だから、いつもいつもなにかが起こってるように錯覚してたのか。

 それによって傷口をえぐられた人も世論に助けらた人もいる、どっちが正しいか間違ってるかなんて当然誰にも決められない。

 人によっては天使であり悪魔であり薬であって毒でもあるから。

 スマホを手に、人の善意に訴えかける言葉を添え電脳の海に問題提起する、それで明日の事件がひとつ増える、そういうことだ。

 たとえば現代にいま、ジャック・ザ・リッパーが現れたら、何日、世間を騒がせるだろう?

 一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……ワンクールももたない気がする。

 三ヶ月もあれば、そこに新しい事件、事故、災害が起こる季節だってワンシーズン・・・・・・はずれる春なら夏に、夏なら秋に季節は移ろう。

 あの魔障の娘ふくめて、あのグループは四季=ポジションきせつを巡って争ってる、本当はあの娘たちを監督する人が土用ゆとりを与えなきゃいけないのに。

 この世界はこのままで大丈夫なのか? スイーツパーラーのあのガラス窓から見た暗雲を思いだす。




第197話 不可侵領域

六角市中央警察署が配布した【最近市内全域に変出者が出没しています。ご注意ください】という注意書きがここにもある。

 ってことは六角市全体で注意喚起ってことか。

 寄白さんとエネミーがまた俺を下目づかいで見てきた、社さんも俺をチラ見する。

 えっと、社さんまで俺をそんなふうに……と思ったら後ろの九久津を見たようだ。

 そうだよな~恋は盲目って言うし、こんな貼り紙なんて、もはや目に入ってないはずだ。

 校長は――変態、最低。と呟く。

 なんでだか、すこしダメージをくらう、が、俺は断じて変態ではない。

 九久津はノーリアクションというか真顔だ、尾行のほうに気を使ってんのかも。

 俺たちは校長の提案で個室のあるカラオケ店に移動した。

 一般の人が大勢いる場所では話せないことのほうが多いからだ、アヤカシをメインにした非日常な話を周囲に聞かれるのは危険だ、いつ誰にどんなふうに漏れるかわからない。

 ここは個室であり防音設備も整ってて一石二鳥だ。

 いま俺たち六人がいるのは株式会社ヨリシロが運営してる店舗で、俺たちの都合に合わせて融通がきくそうだ、まあ、それも校長のおかげ、あっ、えっと、もちろん校長の妹の寄白さんのおかげでもある。

 カラオケに移動してくる最中に九久津は俺に返信できなかった理由を教えてくれた、それによると九久津を監視してる何者かがいるという、つまりは尾行されてるってことらしい。

 しかもそれは九久津のスマホまで対象かもしれないということだった、だからなんの応答もせずにあのスイーツパーラーにやってきた、場所はあらかじめ俺がメールに書いておいたし、あの店は六角市では有名だし、それにだいたいの集合時間さえわかれば合流するのも難しくない。

 スマホのやりとりが筒抜けになるなんてそんなことあるか?って思ったけど、実際に俺は昼休みその権力ちからを目の当たりにした。

 そう、総務省は俺のログイン情報を握ってた。

 そんな強大な力を持つ組織だ、俺と九久津とのやりとりも簡単に漏れてしまうだろう。

 ただ九久津いわく自分のなにを調べてるのか心当たりはないらしい、あるとすればまだ体調が万全ではないらしくて、謎の症状があるからそのことかもしれないということだった。

 案外、九久津を尾行してるとみせかけて、俺のほうを探ってたりとか? と考える、その場合、九久津をつけてるのは総務省ってことになる。

 近衛さんのくらいすごい能力者だったりしてという考えが過る、けど、その場合、そんな能力者の尾行に気づく九久津もまたすごい能力者という式が成り立つ。

 九久津のポテンシャルが当局の能力者と同等ってのは俺たち高校生能力者にとっては朗報と言える。

 九久津は医師との会話のなかで不可侵領域について話したと言った。

 個室に入ってから、ふたたび不可侵領域について話をはじめる、俺はその話の前に俺の魔障はそんな悪くなかったと告げた、九久津は自分のことのように喜んでくれた、やっぱり良いやつだ。

 可侵領域には世界からさまざまな負力が流れてきてるということだった。

 俺はそんな話は初めて聞いた、って言うよりふだんの生活で不可侵領域の話は、まずしない、危険な場所だから近づくなってだけだ。

 こうこうこういう理由があるから危険なんだって中身の伴った話はしたことがない、それもそのはずだ誰もその理由を知らなかったからだ。

 ――あっ。校長がそう一言、発してから話に加わった、会話の流れはいま校長にある。

 ちょうど良かった、ベストなタイミングって感じで校長は話を弾ませる。

 六角市の不可侵領域には、ジーランディアという人工の島から流れてくる負力が多く含まれてると教えてくれた。

 負力ってのはその辺を漂い世界中に溢れてる、そしてつぎの話が重要だった、不可侵領域はジーランディアから流れる負力の主要経路で六角市はモロに影響を受けるらしい。

 最近、四階のアヤカシの様子がおかしいのもそのせいかもと言うのは校長の仮説だ。

 負力と言ってもアヤカシの起源にあったように動的な負力と静的な負力がある、これはつまり全生命体の負の感情だ、ということは生物それぞれが放つ負力の質が変わってきたってことなのかもしれない。

 天変地異のような災害や地球環境の悪化、人の意識の変化は絶対関係あると思う。

 もしかしたら、もう動的な負力と静的な負力の二つには括れないような負力があったりするのかもしれない。

 ただ不思議なことに、不可侵領域がジーランディアの影響を受けてることは九久津はおろか寄白さんも社さんも知らない新事実だった。

 と言うよりもジーランディアという単語さえ初耳だと言う、寄白さんがその情報をどこで入手したのか校長に訊くと、かなり精度の高い人からの情報提供があったと言った。

 こんなふうにして能力者たちはAランクの情報を知ったりするらしい。

 機密情報はAランクBランクCランクの三段階に分別される。

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 ・Aランク情報は組織上層部のみが知りえる極秘情報。

 主に世界の根幹に関わる情報。

 ・Bランク情報はアクセス権限を与えられた人間のみが、パスワードとIDで組織サーバを介して得る情報。

 他媒体へのコピーは不可。

 ・Cランク情報は、対アヤカシ組織に属する者なら一般で知りえる情報。

 紙媒体での印刷、コピーは可能だが、閲覧後は即時シュレッダー等で破棄すること。

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 不可領域とはそういうことだったのか。

 六角市に生まれた俺たちは子供のころからその名前に馴染みはある。

 いや、六角市に生まれたからには絶対に知ってる場所だ、近づいていけない場所という意味で。

 シシャの噂だって元をただせば不可侵領域の影響だって言われてきたんだ、そうなるとシシャの負の立場である死者エネミーはジーランディアから産まれたようなものか。

 いや、そこは切り離して考えてもよさそうだ、あくまでシシャは不可侵領域の影響で六角市に紛れ込むって噂だから。

 不可侵領域から生まれるわけじゃない……でも、でもだ、四階のアヤカシがジーランディアの影響を受けておかしくなってるんなら、エネミーは大丈夫か?

 あ~大丈夫か……真野絵音未がブラックアウトしたのは蛇の仕業なんだし、エネミーの場合はあくまで寄白さんの負力の受け皿として存在いるんだから、あ、っと、負力の受け皿か……なんか心が詰まる。

 それならエネミーの生まれた意味って、いったい……ああ、いや、いい、もうそんなこと考えるな、エネミーはパフェのクリームを上からかぶりつく面白いやつなんだ。

 ときどき俺をディスりもするし、わけわからん行動もするけど、エネミーはエネミーのままでいなきゃダメなんだ。

 俺はアゴに握り拳を当てながらこの話を聞いてるエネミーを見る、ぜんぜんわかってなさそうだ。

 らしいっちゃ、らしい。

 それでも校長はずいぶん噛み砕いて話したみたいだった、途中で――省略できることは省略するって断りがあったから、俺たちのあいだでそんな話がしばらくつづいた。

 「最後の情報ね。いま国交省がその不可侵領域を探ってるみたい」

 近衛さんたちが? やっぱ俺の読み通り六角市には地下ジオフロントがありそうだ。

 校長の締めの話は大きな希望かもしれない、不可侵領域の負力を地下からも浄化して、あの領域そのものがなくなったら瘴気も減るし、守護山や街の結界に頼らなくてもよくなる。

 当然、アヤカシの数も減ることになる。

 問題はジーランディアからの流れてくる負力の量と浄化できる量か、浄化できる量が上回らないと意味がない。




第196話 秘めた想い

リッパってなんだ? ロロジストってなんだ?

 早く検索してー!!

 結局、ここでパフェを食べたのは寄白さんとエネミーだけだった。

 社さんに訊いたけど、――私は食べない。って一言。

 らしい、じつに社さんらしい、逆に社さんがパフェ食べるイメージがない、私はブラックコーヒーみたいなイメージしかない。

 リッパロロジストがなんなのか直接訊いてみてもいいが、それを訊いていいような質問なのかがわからない。

 ――うわっ?! なにこいつそんなことも知らないの?系の質問だったらハズいし。

 俺も、まあ、こんな状況でパフェなんて食べてられねーってことで頼まなかった。

 いや、ほんとは客の女子たちに見られたらハズいからだ。

 けど寄白さんとエネミーは満足したようで良かった。

 ここは相変わらず人でいっぱいだな、あっ、あれっ?!

 見慣れた顔が……二階にやってきたのは校長だった。

 店員はお盆を脇に抱えて、手の平を俺らがいるこっちに向けた。

 俺らのことを訊いて店員がそれを教えてるってことか、校長は俺らの顔を見つけて手を上げ合図してきたから、手を振り返す。

 そのまま歩いてくるのかと思ったら、手すりに手をかけ下をのぞき込むよう振り返った。

 その角度からでも誰かと話してるのがわかった。

 なんだ? あっ、まさか校長パフェ注文してるのか?

 校長だって年頃の女子だ、その可能性は多いにある、そうに違いない、あれっ?

 校長の背中越しに見慣れた顔がもうひとつ、え、えっ?

 な、なぜだ?

 俺は自分のスマホをタップする、暗転してた画面がパッと明るくなった、だがそこにはなんの変化もない。

 一応、俺への連絡手段になりそうな個所をチェックする、やっぱ着信履歴にもなにもない。

 だよな~俺が見落としたのかと思った。

 ずっとスマホに触れられない状況だと思ってたんだけど違うのか。

 「あー!!」

 エネミーが俺の疑問を上乗せしたようにそこそこ大きな声を上げた。

 そして一言――九久津アル!! と指さした。

 同時に店内の女子大半が九久津に釘付け!!

 イ、イケメン強ーな。

 辺りがざわざわしてる、てかエネミーと九久津はすでに顔見知りなのか?と思ってたら、社さんが急におどおどして体を左右にふってどっちを向こうか迷った挙句、結局その位置ですこし肩を落としてうつむいた。

 ん……??

 どういうこと? いったなにが? どんな関係?

 だって社さんが怪我するまで、九久津とはバディだったんだよな?

 さっぱり状況がわからない。

 校長と九久津は、俺らが座ってるテーブルへとやってきた。

 「九久津。毛先を遊ばせてるアルな?」

 「そう? 俺の毛先ってガチガチに働いてると思うけど」

 九久津意外とやるな、エネミーに対してその受け答えをするとは。

 社さんは前髪のあいだから九久津をチラ見してる、えっ?! うそ?!

 そ、そうなの? そうなのか? 昨日、病院に近づかなったのもそう言うことか、そうだったのか~俺はひとり納得した。

 九久津は社さんの気持ちにそれ気づいてない、イケメンはもてるの法則は正しいが鈍感だ。

 「キミが真野エネミー?」

 「そうアルよ」

 「話だけは聞いてるよ」

 「うちもアルよ」

 なんだ初対面か、ってことは例の儀式を行ったってことだけ耳にしたんだな。

 それもそうか、バシリスクの戦闘のあとにエネミーは生まれたんだから。

 当然、入院してた九久津はエネミーと対面する機会はなかったわけだし、どこかで誰かが引き合わせてなければの話だけど。

 九久津は俺と寄白さんと校長に――迷惑かけた。と一言謝った。

 俺たちは――気にするな。と返した、これで後腐れなしだ。

 そして九久津は社さんにも声をかける。

 「雛ちゃん。あれ・・から会うのは初めてだね」

 「えっと、うん。そう、だね。けど、ほらスマホでは」

 あ、あの、社さんがガチガチになってる。

 こ、これは少女漫画だな。

 九久津気づかないのか? というよりあれか? 幼馴染だから近すぎてなにも思わんってやつ。

 しょ、少女漫画すぎるだろ!!

 「元気だった?」

 「うん。九久津くんはもう治ったの? あの、バ」

 あっ?! 社さんらしくない、いまバシリスクの”バ”が口をついてでたんだ。

 慌てて口元を押さえてる。

 完全無欠っぽい社さんがスゲー身近に感じる、なんかふうつの女子高生っぽい。

 かっこ美人のというのをつけ加えておこう……美人つけたらふつうじゃねーか。

 「俺もうすこしだけど。今日は抜けだしてきた」

 「そ、そうなんだ。あ、あんまり無理しないでね」

 「うん。まあ、病院でずっと黙ってるわけにも行かないし」

 「だ、だよね」

 アニメ好きのエネミーは思わせぶりな表情を俺に見せた。

 いまニヤって笑ったな、ただそれはホンワカした笑顔だった。

 こ、こいつこの瞬間に社さんの想いに気づいたな。

 あなどりがたし鋭さよ、これはアニメが授けし洞察力か。

 エネミー恋愛系アニメもきっちり抑えてるな。

 そういや寄白さんと九久津もそんな間柄だったっけ? 幼馴染という意味でだけど。

 「沙田、返信できなかった理由はあとで話す」

 「あっ、ああ、わかった」

 やっぱメール届いてたのか?

 けど返せない理由があったってことだ。

 九久津の考えることにハズれはないって俺は思ってる、なにか意図があったんだろう。

 「店に入ったところで偶然、九久津くんに会ってさ~だから一緒にと思ってね」

 校長はどうして九久津と入店してきたのかの経緯を話した。

 一緒だったのは偶然か。

 まあ、同じ目的地に向かってきたんだから、そんなこともあるよな。




第195話 先手

店をでた軒先、白と黒のモノトーンのタイルブロック前で繰と戸村は向き合った。

 車道を行き交う車が街のザワメキと重なる、どこかの信号機が機械的な音声で両車線の車を止めた。

 人はカッコウが鳴くような音とともに交差点を渡りはじめる。

 多くの人は片手に掲げた小さな画面を眺めていた、肩と肩がぶつかって謝る人もいる。

 繰と戸村は意識したわけでもなくそんな様子を眺めていた、どこにでもある光景だ、もう誰かのスマホ歩きに驚くこともない。

 戸村はふと視線を落とす。

 「私、花が好きなんです」

  歩道の境界ブロックの間から、顔をだした一輪の花を指さした。

  繰も顔を寄せて見る。

  そこにはなん本かの青紫のヤグルマギクが咲いていた。

  「この花って、最近、街のあちこちで見かけますね」

 繰は見たままのことを言葉にした。

 いま戸村に言われて気づいたけれど、そう言えば最近この花を見かけることが多くなった、なんとなくそう思う。

 秋間際のトンボのように、なんとなく目に入るなくらいに。

 (九久津くんの家の周囲にも咲いてたな~)

  「こんな繁華街にも自生してるようですね」

  「生態系が変わったとかじゃないですか?」

 繰の脳裏に浮かんだのは、当たり障りのない一般常識だった。

  「……」

 繰の問に戸村はなにも答えない。

 (どうしたんだろう、この花が好きだって言ったのに)

 「繰さん。今日は、お時間をいただきありがとうございました」

 戸村は急に繰にお礼を述べると、陰った顔を嘘みたいな笑顔に変えた。

 (聞こえなかっただけかな? けど、戸村さんにこんな感じで接してもらえたら、患者さんも嬉しいだろうな)

 「いいえ。こちらこそ貴重な情報をありがとうございました」

 「蛇を炙りだすなら”ヨリシロの株”をおとりにしてはどうでしょうか? 私、経済はよくわからないですが、株は大きな金額が動くといいますし」

 「やっぱり!! そうですよね。背中を押してもらってありがとうございます。金銭関係のほうから動いてみます」

 (蛇が暗躍する目的はなにか? 私とヤヌとの会話でひとまずだした答えは”金銭目的”だった)

 「はい。応援しています。それとパンケーキごちそうさまでした」

 「情報提供料ってことで」

 繰が目で合図すると戸村は笑顔で会釈した。

 「甘えさせていただきます」

 二人は真逆へと歩いていく、繰は目的のパフェの店へと足を進める。

 (ちょっと遅くなっちゃったかな)

 戸村は歩きながら空の奥でUFOのように散乱する光を見つめていた。

 あんな黒い雲のなかにあってもその光は目立つ。

 ふつうの人間には見えないのに・・・・・・・・・・・・・・やけに光ってる。

 そんな思いを抱え人でにぎわう街に消えた。

 「さあ、早く行かなきゃ。美子なら、きっともうパフェ食べてるわよね~」

 (早く、蛇の正体を突き止めないと。なんせみんなが集まったところに私が顔をだす理由もそれだし)

 繰は店が並んだ繁華街の景色を眺めながらも、頭を働かせる。

 (六角市にいて、最近、急に贅沢になった人物を探してみようかな。そっちからスクリーニングするほうが対象者はすくない。試すだけならいくらでもできる…。う~ん、六角市では広すぎるな、真野絵音未と人体模型をブラックアウトさせたってことは、まずはうちの高校だ)

 繰は、ひとり名案とばかりに手を叩いた。

(そうだ!! 蛇が金銭目的で動いてる仮定なんだからこっちからもアクションを起こせる。……ストックオプション。六角市の教育関係者たちは株式会社ヨリシロの株を付与されることになってる。そこだ)

 六角市は特例として、市民の各世帯主に株式会社ヨリシロの株主優待券が付与される、またある一定数の株を保有者にはストップオクションも付与されていた。

 なかでも教育関係者は福利厚生の一環としてさらに手厚く保護されている。

 つまりは六角市の市民であれば、株式会社ヨリシロの系列店で使用できる商品券や、低額から高額までの現金化ができる有価証券の一種類、つまり株券をもらうことができるのだった。

(なら株主用のセミナーでも開催……となると極道入稿ごくどうにゅうこう

ってことになるな)

 だが繰に空気のようにそっと忍び寄って体を通過するように思考が巡った。

 そして、ふと湧き上がった考え。

(でも、蛇は十年前から暗躍してるんだ。なら、あるていどの年齢制限もかけることができる)

――――――――――――

――――――

―――




第194話 いつものような、また明日。 

 戸村は言いたいことを言い終えると、テーブルの上でおもむろに転がっている、フォークとナイフを手にとった。

 手元のナプキンで刃先をなんどか拭くと、パンケーキの皿を手前に引いた。

 銀色の先端が茶色の膨らみに沈んでいく、戸村はすこしベトついたシロップを絡めて口へと運んだ。

 「うん。冷めても美味しい」

 「戸村さん、どうしてあんな?」

 繰はその疑問をそのままぶつけた。

 なにもあんな遠回りにしなくても、そのまま話をしてくれたら自分だってすんなり話を聞くのにそんな思いがあった。

 「ナイフで脅すような、ことを? ですか?」

 「はい」

 「早く話を進めたかったらと、繰さんの記憶に残したかったからです」

 「私が聞き入れないとでも?」

 「いいえ。繰さんなら私の話を受け入れてくれたとは思います、ですがそれにも時間がかかってしまう。思ってるより事態は深刻です」

 「だからですか?」

 「突拍子もない話をするなら突拍子もない行動をしないと。これを心理学では正常性バイアスと呼びます」

 「正常性バイアス?」

 「人は予期せぬ事態で行動ができなくなってしまうことがあるんです。たとえば有事のときなど周囲の事態を過小評価してしまうんです。じっさいこれによって逃げ遅れてしまうかたも多くいますし。現実のなかに現れた非日常をすぐには受けとめられないんです」

 「あっ、アヤカシが出現した現場に行っても驚くでもなくキョトンとしてる人が

いました」

 「そうです。そんな感じです。私があんな行動をしなくても話は聞いてもらえたとは思います、ですが、いまは”ナイフを突きつけられてまで聞かされた話”そんなふうに心に残ったんじゃないですか?」

 「言われてみればそうですね」

 繰は同意しながら、過去にあった非日常の場面を思い返した。

 「アヤカシを前にしても悲鳴上げて大騒ぎする人って案外すくないんですよね。多くの人は疑問符を浮かべてるんです、この状況はいったいなんなのかって」

 「なんとなく異変っていうのは前触れがあってから起こる。みたいな思い込みがありますからね」

 戸村はパンケーキをさらに細かく切った。

 「はあ、でも戸村さん、そこまで急ぐようなことなんですか?」

 「そこなんですけど、私も確証がないのですみません。ただこの大きくて小さな世界・・・・・・・・・・でなに者かが暗躍してる気がするんです」

 「えっ?!」

 (そ、それって私が思う蛇。戸村さんもなにかの気配に気づきはじめてる。ここで私とヤヌが話した蛇の話をすれば、やつの存在を証明する後押しになるかも……)

 「あの」

 繰はそう口を開く。

(私、アンゴルモアの説明で沙田くんに言ったのに――こんなふうに自分の知らないところで戦っている人がいるってこと。いま、この時間だって誰かが担保たんぽしてくれた、すこしの余暇よかなのかもしれない――。私自身が一週間で頭の片隅に追いやってしまった、いいえ、いま、こんなお店にいるから……なんとなくこんふうに食事してれば、その最中にはなにも起こらないと思い込んでる。神様なら楽しい時間は邪魔せずに見逃してくれるんじゃないかって……)

 「はい、なんですか?」

 戸村は繰の呼びかけに耳を傾けた。

 「あっ、私も戸村さんに似た感覚があるんです」

 「どんな感覚ですか? これはあくまで私の勘なんですけど、でも急がなきゃいけないそんな焦りがあります。繰さんなら理解してくれると思った、ってそれも直感ですけど」

 「最終的には勘に頼るってのもわからなくもないです」

 「よかった。わかってもらえて。明日もまたパンケーキ食べたいな~。あっ、でもダイエットしなきゃ。せめて一週間後かな~」

 戸村はすこしだけはしゃぎながら、またパンケーキを一口頬張った。

 さっきまでとは別の状況のようで、迫りくる緊迫感がまた日常に溶けていった。

 繰は蛇についての話をしようとしたところで腰を折られた形になった。

 (そう、そうよ。こんな日常が突然終わるなんでどうしても実感がない。戸村さんも常にあんなピリついてるわけじゃないのね。ってあんな感じで毎日過ごしてたら体も心も持たないか……)

 「でもね一週間後に世界があるなんて保証はどこにもないんですよ」

 (と思ったけど違う、この人は常に日常と危機感を備えてる)

 「一週間後なら世界はありますよ絶対。一万年後ならわからないですけど」

 (まさか一週間後に世界が滅亡なんて、なおさら考えられない)

 「う~ん。それは人それぞれの感覚ですよね。二週間後にも世界はあるけど九千年後には世界はないっていうのに近いですよね?」

 「そう、そう、そういう感覚です」

 (どう考えても、一週間や二週間で世界がなくなるなんて思えない)

 「きっと、そこに当てはまる数字なんてどうでもいいんですよ。近日中には世界が消滅くなることはないけど、遠い未来に世界はもう消滅いだろうってことですよね」

 「ああ!! それっ!! まさにそれです。戸村さんの考えは違うんですか?」

 「テーブルの上の飲み物に手を伸ばす、その数十秒後に家がない。そんなこともあるんですよ」

 「なにかで被災されたことがあるんですか?」

 「子供のころにね。ほんの数十秒でぶっつりと現実が遮断された。そんなことが……。私の世界が崩壊していった。だからいまのを選んだのかもしれません」

 (戸村さんもなにかを抱えてるんだ)

 繰はこの流れで、ヤヌダークと話した蛇の内容を自分なりにまとめて、戸村に知りうる限りの情報を伝えた。

 上手く伝えられなくてもいい、そんな思いを抱えながら。

 蛇の存在をできるだけ多くの当局関係者に知ってもらう、それが大事なのだから。

 ただ戸村に関しては当局関係者とはすこし距離のある人物という認識だけれど。




第193話 ゾーン・オブ・デス

「現にアメリカのイエローストーン国立公園にだって殺人罪に問われない【ゾーン・オブ・デス】と言われるエリアが存在します。つまり法の抜け道です。法が適用されなければ誰も動かないですからね」

 「さっきのナイフはそういうこと。私がその【ゾーン・オブ・デス】でナイフで刺されても誰も動かない。警察もこないってことですね?」

 「そうです。救護はされるでしょう、けれど罪を裁く機関は動きません。いえ、動くには動きますが州法の違いで矛盾が生じてしまうんです。法なんてのは所詮は人が決めたルールです。古くから使われてるから信頼度が高いくらいに曖昧な」

 「そっか。でもジーランディアそんなばしょなら世界各国のジャーナリストたちが騒いだり、偶然に発見されることもあるんじゃないんですか? ときにジャーナリズムが国家に勝つこともありますよね?」

 「発見されなければいいんです。偶然にさえ逆らったあの場所・・・・はその存在さを許されていませんから。まず、彼等は人工のジーランディア島を創ったあとに周囲の海流から変えました」

「そんなことがで、き」

(いや、科学の力と様々な能力者がいればできるか)

 「海流を変えたのは、どんな潮流ちょうりゅうに乗ろうとも漂流物を島に近づけさせないためです。すべての海流を外向きにしたんです。これによって偶然に流れ着く物は皆無です。つぎに上空からの発見に備えて、島全体を風景に溶け込ませカモフラージュさせました、同時に衛星にも映らないようにもしています、当然地図上にジーランディアは存在しません。このカモフラージュ技術に心当たりがありませんか?」

(えっ、周囲の景色を溶け込ませる技術? あ、あれっ? 私、知ってる)

 「あっ、あります。心当たりあります。九久津くんのです。あの技術は外気温との温度差もなくせるんですよね、確か」

 「そうです。六角市の忌具保管庫はその技術を用いています。というよりジーランディアを隠すための技術をほかにも応用したと言ったほうが正しいですね。優れた

技術はみんなで使う。人類発展のキーポイントです。そこは開放能力オープンアビリティにも通じるものがありますよね」

 「それは間違ってないと思います。人のためになる技術ならばみんなでシェアする」

 「繰さんも人がいいですね」

 戸村はグラスの水を口に含んだ、つられて繰も喉を潤す。

 「そのためジーランディに入島できるのは各国当局の許可を受けた能力者だけなんです」

 「なるほど。なかにはなにが?」

 「そこは私でも・・・わかりません」

 このとき繰は戸村のおおよその立位置を把握した、ジーランディアの成り立ちを把握しているけれど、なかになにがあるかまではわからない。

 つまり入島したことはないのだと、そうなるとそれなりに当局の情報を得る立場でいながらも入島を許されるような役職にはいない、それが繰が見立てた戸村のポジションだ。

 「つまりですね。ジーランディアこそがこの世界の負力の元凶なんです」

 「……多くの負力の発生源がそこだと」

 「はい。そして、これは六角市に関係あることなのですが」

 「は、はい」

 繰は上半身を前のめりにさせる。

 (そっかこれを私に伝えたかったのか……六角市、私たちが生まれた街)

 「ジーランディアの莫大な負力は不可侵領域に流れています」

 「う、うそ」

 「本当です。残念ですがそれは揺るぎない事実です」

 「それは意図的に誰かが流してるとかですか?」

 「いいえ」

 戸村は首を横に振る。

 反射的なその行動は、繰の言葉に本当に反射・・・・・したからにほかならない。

 「ジーランディアの負力は世界中に流れています、が、六角市はその地形ゆえに負力や瘴気を大量に留めてしまうんです」

 (不可侵領域の言い伝えってそれを伝承してたんだ。ってことは産業革命の時代ときにジーランディアが造られ、それと同時期に六角市の不可侵領域ができあがったってことね)

 「だから私たちは不可侵領域のことを曖昧に聞かされてたんですね」

 「だと思います。というよりその事実は知る人物があまりいないからなのかもしれません。現在、国交省が不可侵領域に繋がる場所を地下から探っているようです」

 「あっ?! もし、地下からでも瘴気をじょじょに発散させることができたら、必然的にアヤカシ、忌具、魔障発生の供給源を絶つことができる」

 「そうです。不可侵領域をなくせばアヤカシ、忌具、魔障の絶対数は激減すると思います。人類がいる限り根絶は無理ですが」

 (また繋がってきた)

 繰は戸村の話を整理する。

 ジーランディアの負力が不可侵領域に流れる、いまその瘴気は守護山や結界によって浄化されてる。

 ってことは間接的に、私たちもジーランディアの影響を受けてるってことね、いや世界中の人がなんらかの影響を受けてる。

 アンゴルモアもその莫大な負力によってジーランディアで発露したそう考えれ辻褄が合う。

 負力はアヤカシの源。

 忌具も、魔障に関してもそうだ。

 六角市に絞って考えればシシャ、うちの高校の四階のアヤカシ、それにときどき街にでるアヤカシたち、動き回ってるという忌具、戸村さんの仕事である魔障の治療。

 この世界の輪郭が見えてきた……。




第192話 世界のゴミ箱 

「ええ。そのなかのいくつかは耳にしたことはあります」

 「そうですか。そして、いまこの世界の地軸にはロンギヌスの槍が埋まっています。ロンギヌスを刺したのは、じつはパンゲアの中心だという話もあります」

 「ロンギヌスの神話も知ってます。この世界ができたときに創世のイブが刺したんですよね? あれにはどんな意味が」

 「世界の安定のためとも終焉しゅうえんの引き金とも言われています。ふたたび七つラッパが吹かれるかもしれません。個人的にはそっち・・・の可能性が高いと思っていますけど」

 (カタストロフィー……七つのラッパ……黙示録アポカリプス、天地創造、旧約聖書…………。点が繋がってきた気がする)

 「たとえば首にナイフを刺しても逆に止血される場合もあります。でも引き抜くと大出血を起こします。それと同じでロンギヌスを抜いた場合にどっちに転ぶかは誰にもわかりません」

 戸村は、手を自分の首に当ててジェスチャーした。

 「じゃあ、さっきのナイフは」

 「いいえ、偶然です」

 「そ、そうですか。てっきりそれを表現するためのものだと。それで、ですけど私が知ってるジーランディアは各国の当局の共通のコードネームであること。その当局が示すジーランディアはオーストラリア大陸の東のどこかにある。幻の大陸の一部が沈まずに残っているとか……。あとはアンゴルモアが発露した場所としても有名ってことくらいですね」

 「おおまかな概要はあってます。フランス領ではありますがオーストラリアの東に位置するニューカレドニアはジーランディアの一部だったと考えられています。ただしそれはあくまで本物・・のジーランディア大陸ですけど」

 「本物のジーランディア? じゃあ偽物のジーランディアが? 各国の当局が口にするジーランディアとは偽物なんですか?」

 「各国の当局が言うジーランディアは人工の島です」

 「人工って? 人が創った島?」

 「はい。各国当局がとある島・・・・を示すときに使う共通コードが【ジーランディア】。ジーランディアの由来はそのまま幻の大陸だからというだけです。ですので共通コードが【ムー】でも【アトランティス】でも【レムリア】でも良かったんです」

 「そこにはなにが?」

 戸村は人差し指をだして繰を制止する、繰は話の腰を折らないように受け入れた。

 「……十八世紀の後半、人類は急速な発展を遂げました」

 「十八世紀の後半って言えば、産業革命ですね」

 「そうです。日本でも明治維新があったころです。これを機に世界は近代へと傾斜していきます」

 (良かった、今度は流れに沿った話ができた)

 「私たちはいままさにその恩恵を受けていますから」

 繰はテーブルの上の食器やフォークとナイフを指さしたあと天井の照明を見上げた。

 「ほかにもいろいろ」

 そう言ったあとに、部屋にあるあらゆる物を指さした。

 それだけ人工物が人の生活に根付いているということだ。

 「そうですね。ですがさまざまなものが発展すれば同じくらいそれを妨げるものが出現します」

 戸村も目の前のグラスを叩く。

「それって人生の真理みたいなものですよね?」

「私もそう思います」

 戸村は入店時にスイーツの話で盛り上がったように、しだいに繰と意気投合しはじめた。

 「各国の首脳陣やそれを受け継ぐ国連の幹部たちは反旗を翻すモノの扱いに手を焼いてきました」

 「それはそうでしょうね。近代になるつれ民意というものも反映しなければいけないでしょうし」

 (すこしだけ、株式会社の代表取締役と株主という関係性に似てるかな)

 「そうです。そのもっともたるものが近代法きんだいほうです。このルールはいさかいや犯罪の抑止にかなり役立ちました」

 「武器を使わずにそれができるのも近代ならではですよね」

 「ですが各国のトップは合法的・・・にどんな国の法も及ばない場所を故意に創りだしました」

 「それがジーランディアですか?」

 「はい。各国の法を持ち合わせて合法的・・・治外法権・・・・の人工の島を創ったんです」

 (合法的な非合法地帯を作ったってことか、それが人工の島。通称ジーランディア)

 「でもモンテスキューの提唱した三権分立がそれを……」

 繰がそう言った途端に戸村は黙った。

 「まさか、司法も立法も行政もそこに加担してる」

 「その通りです。いくらそれぞれが独立していようが国家、いや国家上層部の集合体である国連には逆らえないんです。とは言ってもその国連・・・・は世界の人が知る国連・・とはまったく別の組織です」

 (うわ~ヤヌの言ってた国の上層部のゴタゴタって本当なんだ。どころかもっとひどい)

 「そんな」

 「本当です。その国連について私が知りえるのは『円卓えんたくの108人』という呼び名くらいです」

 「『円卓の108人』ですか。円卓とはそれはつまり」

 「はい。アーサー王に仕える円卓の騎士が由来です」

 繰は自分の手のひらをじっと眺めた。

(アーサー王か……私がついさっまでき触れていたのはソロモン王の柱。それにいま話題にあがった産業革命。なんか歴史が一気に私に流れてきた気がする……堂流もよく言ってたっけ歴史の功罪こうざい……光と影。早くから九久津くんに歴史の罪を教えてた、座敷童あのこがどうして誕生したのかも……)

 「じゃあ、その108人は上下関係のない同等の108人ってことですよね?」

 「はい。そうです。国連について、ほかには深く知りません。あと私が知ってることは人工のジーランディア大陸は各国当局の共通コード。なのですが、その内情を知る人物はジーランディアを隠語で呼ぶことが多いということです」

 「隠語?」

 「そうです。【世界のゴミ箱】、そう呼びます」

 「【世界のゴミ箱】そのネーミングだけでも、あまり良い印象はないですね」

 「そうだと思います。ですがその隠語はまさにうってつけの名前だと思います。ジーランディアは各国それぞれがそれぞれに不都合なモノを棄てる場所だからです」

 「じゃあ各国は国に不都合な物を合法的にジーランディアに棄ててきた」

 「そうです。そこには”邪魔な人間”も含まれます」

 「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。ひ、人まで?!」

 「国家に反旗を翻す者から、既得権益を犯そうとする者、さまざまですがどの道『円卓の108人』の意にそぐわない者たち」

 繰は言葉を失った。




第191話 幻の大陸

 

繰は息を飲みながら思った、余計な一言で彼女の魔障専門看護師としてのプライドを傷つけた。

 それはよく考えればわかることだ、一般の看護師にも守秘義務があるのに魔障専門の看護師がわざわざパンケーキの写真を撮って――今日はこれ食べました。なんて写真をUPするわけがない。

 それは自分を含めた寄白家、九久津家、真野家も同じことだと気づくのが遅かったのだった。

 放たれた言葉は取り消すことはできない、そう、言ったことを撤回することなどできないのだ。

  繰は彼女の職業そのものをけなしてしまった、そんな後悔の念を抱く。

 「ほんとにごめんなさい。無意識だったんです」

 「繰さん。ずいぶんと無防備ですね?」

 喉を鳴らして生唾を飲む繰。

 戸村の手首が繰の首の皮膚に一ミリまた一ミリ近づく。

 刃先がほんのすこしだけ皮膚に密着する。

 (つ、冷たっ……)

 ヒヤリとした金属の冷たさは体温でじょじょに生暖かくなっていく。

 「……」

 「私は看護師です。ここでこのナイフをすこしくらい動かして出血させても、応急手当くらいはできます」

 「ほんとにすみません。あなたのような人に……すみません」

 「繰さん」

 戸村は一定のリズムで繰の名前を強く呼ぶことで沈黙させた。

 「……い、いったい、なんですか? そこまで怒ることですか?」

 つい反射的に口を開いた繰。

 「私がこのナイフをあなたに刺して逃げたらどうなりますか?」

 「えっ……?!」

 「一般論で答えてください」

 「き、きっとここの店員さんが私を見つけしだい、救急車と警察を呼ぶと思います」

 「そうです」

 「さ、さっきのことに怒ってるんですよね? 写メ撮るって、私の失言に」

 「あんな一言に毎度毎度、看護師がナイフ振り回してたら、看護師なんて務まりません」

 「じゃあ私を怨んでた。それとも会社? もっとほかの理由ですか?」

 「あなたに怨みなんてありません。むしろ同士・・だとさえ思ってます」

 「同士……? じゃあなんで? まさか株式会社ヨリシロうちの株価が下がってる」

 ――ことな、ら。

 繰がそう言いかけても、戸村はまったく意に介さずに話をつづける。

 「でも、どうして傷害事件で警察がくるのか考えたことはありますか?」

 「はっ? えっ、えっと。だって人に危害を加えたら警察がくるのは当たり前じゃないですか」

 「私が繰さんの首にこのナイフを刺して逃げたならどうして警察がくるんですか?」

 「そのナイフで私が死んだ場合は殺人。仮に死ななくてもあなたは殺人未遂になるからです。日本いや、世界にそういった法律があるからです」

 「そうですね。では、いまこののシュチュエーショーンが、う~ん、そうですね。南米の秘境で行われた場合、日本の警察はきてくれますかね?」

 戸村は拳の力を抜きナイフをぶらぶらとさせている。

 繰はそこで気づいた、戸村にはもう自分に対する殺意などないことに。

 それどころかなにかに対して怒っているわけではないことも、もとより自分に危害を加えるつもりさえなかったことに。

 怨恨を理由に自分を殺そうとするなら、この店に入った時点で人気ひとけのなくなったすきに隠し持った、もっと殺傷力の高いナイフ・・・・・・・・・・・・で刺せばいいだけだ。

 パンケーキを切るナイフなんてのは所詮はそのていどの切れ味だろう、いま首の側で揺れているナイフで確実に仕留めるなら”切る”でななく”刺す”ことが正解だから。

 初動はナイフを振りかざすように持っていなければならない、すぐに突き刺せるように。

 「こないでしょうね」

 「ですよね。南米ですものね」

 「でも私が帰国してから、その事実を日本の警察に言って脅迫された証拠があれば、戸村さんの帰国と同時に日本の警察に逮捕されると思います」

 戸村は首を傾げてから一度うなずき、繰の意見に同調してからナイフをテーブルにコトンと置いた。

 「すみません」

 「戸村さんいったいなにを?」

 「繰さん完璧な答えです。私があなたを呼び止めたのは、この世界は一般の人が思ってる以上に終焉おわりが近いということです」

 「えっ、どういうことですか? というかあなたは何者ですか? 本当に看護師?」

 「ジーランディアについてどのくらいご存知ですか?」

 戸村は繰の問になにひとつ答えなかった。

 それどころか問に対して問で返してきた、だがそこには戸村の真意が見え隠れしていることに繰は気づいた。

 「え、えっと? ジ、ジーランディアですか?」

(ヤヌと話したときに言ってたっけ。いま日本の外務省が調べてるって。やっぱりこの人ただの看護師じゃない。ジーランディアって深く考えたことなかかったな。でもこの状況からするとあの場所ってAランク情報なの、かな? だとしたら戸村さんは自分の言いたいことしか言わないだろうな)

 「そう。ジーランディア大陸です」

(私が知ってる情報はかつて存在した幻の大陸でアンゴルモアの発露した場所くらいってこと。戸村さんの言う終焉おわりが近いって、それはつまりカタストロフィーを意味する? 最近アヤカシの様子がおかしいのもそのせい? それとも蛇?)

 「この世界には過去にあったとされる大陸がいくつかあります。アトランティス大陸、パシフィス大陸、ムー大陸、メガラニカ大陸、レムリア大陸。またこれとは別種ですが創生のときにあった超大陸のパンゲア。ほかには北半球のローラシア大陸、南半球のゴンドワナ大陸があります」




第190話 不意打ち

――すみません、寄白校長。日中は失礼な態度で。あのFAXを送ったのは部下なもので。

 とはいえ、いまの私にはなんの権限もないのですが。

 元六角第一高校の校長・・・・・・・・・・、四仮家が繰に電話をしてきたのはちょうど放課後に当たる時間だった。

 四仮家は現在、総務省の参与さんよという組織図に載らない非常勤ポストにある。

 国立病院の九条がその行方を探している人物でもあり、一条が金銭問題で探りを入れようとしている人物でもある。

 繰はどこか戸惑いげに六角駅を歩いている。

 沙田たちがいる、スイーツパーラーに合流するためだ。

 (……四仮家先生が総務省の態度が悪かったって謝ってくれたから、まだいいとしてもモヤモヤする)

 晴れない気持ちのままで、駅前の柱になにかを探るように手を当てた。

 手のひらにザラザラとした感触を感じながら思いを馳せる。

 (この柱がね~。ソロモン王のヤキン……)

 「あの失礼ですけど、寄白繰さんでしょうか?」

 繰は誰かに自分の名前を呼ばれると、サッと手を引っ込めた。

 無言で柱をさすってるところを見られた、そんな思いがあった。

 「はい。そうですけど、どちら様でしょうか?」

 繰が振り返ったさきには、端正な顔つきの小柄な女性が繰を見つめていた。

 その佇まいは若く見えるけれど、どこか頼り甲斐のある風格を醸している。

 「呼び止めてしまって申し訳ありません。私は国立病院で看護師をしています戸村伊織と申します」

 戸村は膝の前に手を当てて礼をした。

 低姿勢な体を起こしてから、ふたたび、首より上で頭を下げた。

 「えっ、ああ、国立病院の看護師さん」

 とふいに口をついた言葉、そのままのぞくように顔を確認して

 ――ですか?

 と繫げた。

 「はい。正真正銘の看護師です」

  戸村はそう言ったあとに繰の耳元に近づき――魔障専門の。

 と周囲を配慮するように小声でつぶやいた。

 「あっ、専門の。ですか。はじめまして。あの私になにか?」

 繰はまだどこか構えている。

 たったいま挨拶を交わした程度の見知らぬ女性、それも無理はない。

 「お時間よろしければ、お話しでもいかでしょうか?」

 「えっ?」

 繰はまた逡巡する、それは沙田たちのいる場所に着くのが遅くなるからではなかった、この戸村伊織という女性がなぜ、自分を呼び止めて話をしたがっているかということにあった。

 身分を偽ってなにかの勧誘やセールスをするのであれば”国立病院”の名前などだすはずはない。

 なぜなら国立病院は魔障を扱う医療機関であり、一般の人間にはあまり縁のない場所だからだ。

 それこそ、そこの看護師である者が自分を呼び止める理由に心当たりなどなかった。

 九久津のことが頭を過らなかったわけではない、ただし九久津になにかあって、その情報が自分のもとにくるまでは随分と遠回りしてくるだろう。

 ほかの人間を飛ばして、自分が真っ先になにかの情報を知ることは皆無だと思った。

 九久津の容体についてならば、九久津の両親が第一選択肢になるはずだ。

 つぎに思ったのは沙田のことだ【啓示する涙クリストファー・ラルム】が本当はべつの魔障だった場合、あるいは想定よりも重い病状だった場合、そうだったとしてもこれもまた自分が一番さきに知る情報ではない。

 自分が紹介したゆえの責任もあるが、その場合はまず国立病院側で沙田の保護者代理の選定からはじめるだろう。

 一般の疾病とは異なり魔障の場合は親の管理下で治療が難しいからだ。

 ただし両親が魔障への有識者であればこの限りではない。

 それに沙田の日中の状態からすれば、そんなに重症な魔障ではないと推測もできた。

 血の涙を流す魔障を目薬で抑え込んでいるからだ。

 重症の場合なら、升をはじめとした教育委員会で話し合いが持たれた上で自分も同等の立場で、その後の行く末を決めることになろうだろう。

 今朝、升と電話を交わした時点で、その件についてなにも触れてない以上、やはりこの説も否定できた。

 三つ目は昨日、病み憑きを発症したワンシーズンのメンバーについてだ、これについてもこんな道で声をかけて知らせる要件でもないだろうと思った。

 さらに自分を連絡をしてくるにしてもそれは看護師ではなく、診断を下すことのできる医師本人からだろう。

 繰は考え一巡させて、三つの状況を完全否定した上で、いまのこの状況に悪い予感も良い予感も覚えなかった。

 株式会社ヨリシロの社長であり、六角第一高校の校長を兼務する自分に国立病院の看護師がこんな場所で声をかけたのだ、絶対に実のある話があるに違いない、繰は戸村伊織の話にのった。

 そして繰はその賭けに負けた、いま二人の目下にはパンケーキが置かれている。

 「ここのパンケーキ食べてみたかったんです。すみません。しかもこんな個室まで用意していただいて」

 戸村はフォークとナイフを手にしながらそう言った。

 いま運ばれてきたばかりのパンケーキからはほのかに湯気が立っている。

 上にはハチミツとホイップクリームとバターが乗っていて、固形だったバターがドロリと溶けると、パンケーキの端を滝のように流れ落ちた。

 「いいえ。ここはうちの系列店ですので」

 (本当にパンケーキが食べたかっただけ……なのか……な? 私を使えばすぐに入店できるから……とか?)

 繰はいま株式会社ヨリシロの系列の飲食店に戸村と二人、個室にいる。

 それは繰の意志でこの場所を用意した、注文してから、同世代の二人はしばらく、どこのなにが美味しいというスイーツの話題で時間を潰した、いわゆる表向きの会話だ、そしてようやくオーダーのパンケーキが運ばれてきたのだった。

 戸村は第一刀でパンケーキを中央から二つに切った、つぎにナイフの角度を九十度に傾けてて十字に切る、その裂け目にそれぞれハチミツとバターそれにクリームの塊が落下していった。

 「うわ~美味しそう」

 戸村は小分けにされたパンケーキの上でナイフを拭くように表面になすりつけた。

 「そうですよね。戸村さん写メとか……」

 「私は魔障の処置に当たる看護師ですよ」

 戸村はそう言ったあとに、目だけで繰のつぎの言葉を遮っていた。

 ただ戸村の言葉には変なトゲのニュアンスは含まれてはいない。

 またナイフをパンケーキの表面に当てて刃先を擦る、それはナイフについたシロップを落としているようにも見えた。

 「ごめんなさい」

 繰もその意図を汲んで謝ったとき、戸村の笑みとともビュンという音が空を裂いた。

 その笑みは許しの合図ではなかった。

 戸村の目は凛々しく、ただ目の前にいる対象者を映している。

 いまさっきまでパンケーキを切っていたナイフのさきが繰の首筋わずか数ミリの場所にある。

 そこから軽く手前に手を引くだけで首筋には大きな裂傷が作られるだろう。

 戸村は手首の角度をゆっくりと変えた、斜めになった刃先がちょうど垂直に皮膚へと進入する角度だ。

 看護師らしく的確な動脈の位置でナイフがキラリと光っている。

 養護教諭でもある繰はそれが首元にある動脈の位置だと理解していた。

 「……?!」