小説家になろう

絶望ノート:忌具 絶望ノート

――×月14日

「……あんたは、頑張った」

この娘は、なにを言ってるんだ。

「もう、十分だ。だから、私が」

十字架のアクセサリーを掲げてる。

そういう感じのコスプレ?

「気づけ? あんたはもう死んでるんだ」

さっきから、なにを言ってんだ?

ボクは確かに“明日、死んでますように”と願って過ごしていた。

だからって、初対面の女子高生に「あんたは死んでます」って。

自分で死ぬのはいいけど、他人に殺されたくないんだよな~。

「今じゃ意思疎通はできないか。よく聞け? 8日、あんたは映画を観た後に日記を書いた。少し間を置き9日になってすぐに翌日分を書いた。そして、そのまま最終電車に飛び込んだ。8日と9日の日記を読めば文脈が続いてるとわかる」

はっ?! なに言ってんだ、この娘は?

せっかく、連休が続いてるんだから、邪魔しないでくれよ。

「――だから×月9日があんたの命日なんだ」

×月9日?

その日だって、ぼくは、きちんと日記をつけてたんだ。

見返せばわかる。

9日だろ。

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×月9日

休日、家族で公園に行くとかって都市伝説だな。

手に入れたかった未来図が崩れてく。

あ~あ。

もう行くか行くしかないか。

怖気づくな。

行くんだ。

行くしかないんだ。

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9日っていえば。

行く決意を固めた……んだ。

なんの決意?

ボクは、どこに行こうとしたんだ?

「9月10日に通夜、9月11日に葬儀、12日に、あんたの遺骨は実家に戻った」

……ん?

×月9日、“もう行くか、行くしかないか。”

どこに向かった? どこに行った?

そうだ、ボクは六角駅に向かった。

そ、そんな……

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×月10日

今日は一日、寝てた。

見慣れた天井がやけに近い。

ボクの部屋……壁紙ってこんなに白かったっけ?

そう言えば、昨日は六角駅が騒がしかったな。

サビが混ざったような、赤褐色の水が漏れてたから……その影響か?

市民たちが、ザワついてたな。

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“六角駅が騒がしかった”

そうだ、みんなザワザワして、泣き声らや悲鳴が聞こえた。

――これは、ボクが飛び込んだから。

赤褐色の水。

ボクは目の前でボクの血を眺めていた。

もう、痛みなんて感じない。

どこかで、ホッとしていた、もう休んでいいんだって……やっと休めるって。

……今、この娘が言った「9月10日に通夜、9月11日に葬儀」って。

そうか、10日に、一日中、寝てた理由はこれか。

そうだ、ボクの顔には、白い布がかけられていた。

あれは天井じゃない。

布だ、まっさらな布。

“ボク”はもう、“僕”じゃないんだ。

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×月11日

夏のような陽気、久しぶりにかいだ自然の匂い。

木? 草? いや花の匂いか?

今日は残暑がきつい。

ものすごい暑さだ。

いや熱すぎる。

でも逆に頭が冷やされる気もする。

この感覚は……違う。

全てが消えていく感覚。

物理的に無くなっていく感覚?

清々しい。

あ~久しぶりに実家に帰りたい。

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11日は葬儀の日

顔の周りで、花の良い匂いがした。

花の匂いをかぐなんて、子供以来だな、自然の匂いってこんなに心が安らぐんだ。

お見舞いに花を持っていく意味がわかった。

あの匂いは本当に、心が落ち着く。

――暑くて、熱くて、なにもかも消えて、晴れ晴れしたのは

ボクの体が、いや“僕の肉体からだ”が消えたからだ。

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×月12日

やっと休みがとれた。

待ちに待った休み。

実家に戻ってきた。

生まれた家はいい、もう帰りたくないな。

「お疲れさま」「ずっとここに、いなさい」

母の言葉だ。

その言葉に甘えてみてもいいのかな?

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「12日に、あんたの遺骨は実家に戻った」

そっか、それが休みか。

待ちに待った休み……、それは命と引き換えにして手に入れたもの……か。

ボクは、ボクは、人生を降りた。

生き続けることを諦めた。

――「お疲れさま」

――「ずっとここに、いなさい」

優しい声だった。

哀しいくらい。

母さん……ごめん。

ボクは……

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×月13日

実家に帰ってきてからなにもしてない、黙って座ってままだ。

なのに食べ物が勝手に出てくる。

すごい特別扱いだな。

甘味が多い。

疲れを心配してくれてるのかな?

しかもこの歳になって小遣いをもらうなんて。

なんか罪悪感。

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食べ物が勝手にでてくる。

あれは、お供え物……

小遣いをもらうなんて……

あれは、香典の束だ。

……待って、香典……?

なにか思いだすことが、ある……んだ。

「あんたは死んでる。けど、もう、この世にいないってわけでもない。あんたの思念は、この日記帳に入ってるから」

日記帳、ボクが日記帳になったって?

「あんたの死後、日記帳に思念が宿った。だから今は、日記帳の内容とあんたの記憶が混在してる」

えっ?!

ボクは、あの日記帳のなかにいるのか。

「そういうのを、私たちの世界で“忌具いみぐ”と呼ぶ」

ボクは、誰に救いを求めればよかったんだ?

教えてくれないか?

誰に?

希死念慮きしねんりょ。あんたがすがったのは“死”だ」

ボクが、救いを求めたのは……死……。

でも、そうでもしなきゃ、休めなかった。

もう、疲れたんだ、なにもかも。

「いいかもう一度、言う。あんたは8日に日記を書き、そして午前0時を越えてすぐに翌日分の日記を書いた。だから実際は、8日と月9日の時間差はわずか数時間。そのあとは、ほぼ丸一日の空白がある。9日分までがあんたの自筆の文字。10日以降は、あんたの想い。その結果、あんたは日記帳のノートとしてここにいる。正確にはここにある」

どうして、キミは、ボクがわかるんだ?

そうか、六角市は“シシャ”の街。

そういう能力を持つ人がいるとかいないとか聞いたことがある?

キミがそうなのか?

ボクには“シシャ”ってのはなんなのかわからないけど。

ただキミは、ボクの想いを聞きとる“使者”みたいだ。

「だから、私が……楽にしてやる」

ま、待って。

こ、香典にあるんだ。

ボクの絶望が。

なんだろう……?

ああ、音が聞こえる。音だ。

絶望ノート、絶望ノォト、絶望ノオト、絶望の音。

絶望の音だ。

あの独特な歩きかた、靴の踵を引きずる音。

あいつの声だ、あいつの嘲笑わらい声。

……【御香典】 。

【黒杉工業 代表取締役社長 黒杉太郎】

そう、これだ。

ボクの声は、キミに届かないかもしれない、だけど、頼む、頼む。

あの会社だけは、あいつだけは、頼む。

頼む、あいつだけは――

「心配するな。私が、光へと導いてやる」

女子高生は小さな、十字架のイヤリングを掲げる。

{{オレオール}}

日記帳の一頁、一頁には、必要最低限の文字で、日々の苦悩がせつせつと綴られていた。

救いを求めながら、誰にも救われることもなく、自ら命を絶った青年の想いが。

時折、文字に重なるように涙の跡が見て取れる。

外に声(SOS)を上げることもなく、青年はただ、静かに人生を終えた。

そんな絶望が書かれたノートを、女子高生は拾い上げた。

弔うように、優しく、表紙の埃を払う。

「R.I.P。苦しみのない世界に行けるといいな……」

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――――――

―――

――やがて、六角市を震撼させる、事件は起こる。

「なんだ、この殺しかたは?」

「どうすれば、人がこんな細切れになるんだ?」

「身元は?」

「まだです。ただ黒杉工業社長の黒杉太郎くろすぎたろうの可能性が高いかと……」

「正確な判断は、DNA鑑定の結果待ちです」

六角市中央警察の数人の刑事たちは頭を悩ませていた。

(END)

 




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