未完のマリア-祈りの棄却-

 男はマリアの片腕を綺麗に拭いて土の中に埋葬した。

 柔らかなマリアの腕を、乾燥した大地に埋めるのは少々忍びなかった。

 それでも、これからのマリアの安息を願うにはしかたがない。

 男は手のひらを下に向けることを忘れなかった。

 マリアの手のひらが天を仰ぐ限り、それは永遠に男を守ろうとする意志に思えたからだ。

 男は、そのわずか三日後に彷徨い歩いていた場所で、爆弾あめに撃たれて死んだ。

 簡単にあまりにも簡単にゴミより軽い命は散った。

 男だけを残す選択肢なんて、はじめから存在してはいなかった。

 

 マリアが死んだあの日、誰かの意思で生き残ったわけではない。

 「を約束させる代わりに、国の復興を目指せ」そんなメッセージだったわけでもない。

 マリアと一緒に死んでいようがいまいが、死の期日に大差はなかった。

 それでもたったひとつだけ感謝することがあるならば、マリアの腕を綺麗なままで埋葬してやることができた。

 不思議と怒りや憎悪はなかった、心はただ羞恥心しゅうちしんで満ちている。

 ひとつ気づいたことがある、マリアを綺麗まま男に引き渡したのは、マリアの本当の父親だったのではないか?

 マリアは驚くほど国の垢がついてはいなかった、ひょっとするとあの髭面の人物はマリアを大切に育ててきたのではないか?

 万が一に縋っていたのかもしれない、本物の聖母になることを。

 今では、それを確かめるすべはないけれど。

 

 死した男にどうして意識があるのか?

 それを教えてくれたのはかわからない誰か・・だった。

 唯一神ゆいいつしん、男にそんな絶対的な信仰はない。

 それでもはじめてのあがめるべき存在に出会った。

 男の意思を現世に留めているもの、それは星間エーテルいわゆる魂だ。

 そうなった理由は憐憫れんびん卑下ひげ、そして羞恥しゅうち

 死んでも死にきれないほどの恥ずかしさ。

 胸を掻っさばいて中を掻きむしりたくなるほどの恥ずかしさだ。

 男は妹に守られて助かった、これほどの屈辱はない。

 比類なき羞恥心は憎悪・・を越えた、羞恥によって現世を彷徨う事象はめずらしい出来事らしい。

 魂……。

 そんなものがあるか? それでも万国共通「魂のあり」はのこされた者の心のどころになる。

 身内の死を享受したあとは、いかに遺体をとむらい魂を天へと導くかにある。

 魂の平穏を願い、安息を願い、人は手を合わせる。

 むしろそれは遺された者、自身の心を鎮めるためでもあった。

 マリアの腕をそのままにしておけなかったのも、つまるところそういうことだ。

 瓦礫の中に落ちていた、二本の端材でさえ交差させると十字になった。

 

 それがあるだけで安置のシンボルになる。

 祈りの帰結が棄却ききゃくであっても、十字架に願いを込めずにはいられない。

 願いと魂は同質なのかもしれない。

 願いや祈りの到達点と魂の終着点が同じならば、祈りも願いも届いている?という思考に少しだけ傾く。

 届いてはいるが、応答ができないだけだ。

 

 男が体験したあの出来事をもってしても――たいしたことではない。と言ってのける崇拝者。

 アレがたいしたとじゃないなら、本物の地獄はよっぽどだろう。

 世界にはもっと汚いゴミ箱があるとも教義おしええてくれた。

 

 本心を言えば、男にも多少の猜疑さいぎはあった、あの国よりも汚い世界があるわけがない。

 崇拝者は言った――本物・・の地獄や偽物・・の地獄なんてのはないのさ、地獄はひとつなぎだ。

 ただオマエのいた場所がたまたま、そういう一区画だっただけ。

 崇拝者はすごい、男はただ狭い世界にいたがゆえに考えが及ばなかっただけだ。

 世界にはたくさんの区画じごくがある。

 どこかにあるという島国は、少しずつ心を削りとっていく地獄だという。

 男は俄然興味がわいた。

 崇拝者は男に「ウスマ」と名乗ってほしいと言った。

 ウスマは喜んで受け入れた、名前なんてどうだっていい。

 

 崇拝者は褒美もくれた――それで好きなモノを好きなだけ斬れ。

 ウスマは崇拝者のものになった、そんなことは当然の義務だ。

 ウスマは何度かの転生と殺戮を繰り返す。

 

 いつの間にか雨は止んでいた。

 でも別の場所では、今日も悲鳴の雨と爆弾の雨が降っている。

 あれから、何年のときが経っただろう。

 ウスマはどこかの島国にいた、その地獄には空爆はなかった。

 本当にここは地獄なのか? なんて崇拝者を疑うことはもうしない。

 

 ――人身事故により運転見合わせ中です。

 ――ビルから飛び降りたということです。

 ――ビニールに包まれた、生後間もない赤ちゃんが発見されました。

 ――ともに高齢で、おたがいに介護をしていたということです。

 

 少しずつ心を削っていく地獄の中で、ウスマは強い光を宿した少年に出会う。

 

 ――九久津堂流。

 そう名乗る少年だった。

 

 ウスマはこの瞳を見たことがある、こんなふうなに勝気な目を。

 

 「オマエはマリアを救えるか?」

 「……ん? 困ってるなら。俺でも力になれるかもしれないけど」

 

END

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投稿日:2019年4月9日 更新日: